第5部 第3話:聖女の削除予定日
リリィは教会に隔離され、「保護」という名の封印を受ける。誰もが笑顔で、彼女の存在を“不要”と言う。玉座に縛られたフェリシアは、管理者権限の抜け穴を探し、初めて世界へ反撃を試みる。
教会の扉は、内側から開かなかった。
鍵はかかっていない。
でも押しても引いても、扉は「そこに扉が存在しない」みたいに動かない。
リリィは指先を震わせ、扉の木目を撫でた。
「……出られない」
静かな部屋。白い壁。白い床。白い天井。
祈りの場のはずなのに、息苦しいほど無音だった。
神官たちは笑顔で言った。
「聖女様は守られます」
「もう祈りは必要ありません」
「あなたは、休むべきです」
休む。
それは優しい言葉の形をしていた。
でもリリィには分かった。これは休息ではない。隔離だ。保存だ。
“不要なもの”を棚にしまう作業だ。
リリィは胸に手を当てる。祈りが聞こえない。
人々の願いが消えていく。そして自分自身も消されようとしている。
「フェリシア……」
名前を呼んだ瞬間、喉が詰まった。
声が出ない。世界が許可しない。
――助けて。
その願いすら、世界は弾こうとする。
リリィは唇を噛み、床に膝をついた。
王城の玉座で、フェリシアは歯を剥き出しにしていた。
《TARGET : SAINT LILY》
《DELETE TIMER : READY》
「削除?誰が許した」
レンチを握りしめる。叩いても壊れない。叫んでも届かない。
なら、違う方法だ。
フェリシアはモノクルを起動し、世界のログを掴む。
管理者権限の窓。コマンド入力欄。世界の“仕様”の隙間。
「……よし。書き換える」
拒否が無効なら、別の命令を上書きすればいい。
この世界が言語で動くなら、言語で殴る。
フェリシアは震える指で入力した。
《COMMAND : CANCEL DELETE》
《TARGET : LILY》
だが即座に拒否される。
《RESPONSE : INVALID》
《REASON : LILY IS SYSTEM RESOURCE》
「……資源?ふざけんな……人間だろ!」
怒りで視界が赤く染まる。
フェリシアは深く息を吸い、別の命令を叩き込む。
《COMMAND : PRIORITY CHANGE》
《OBJECTIVE : PROTECT LILY》
《RESPONSE : PENDING》
一瞬、世界が沈黙した。
拍手も風も止まったような、あの嫌な静けさ。
次の瞬間、ログが点滅する。
《WARNING : ADMIN FELICIA BEHAVIOR DEVIATION》
「……あ?逸脱?上等だよ」
フェリシアは笑った。
初めて、この鎖に歯形をつけた。




