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断罪された聖女を拾ったので、世界の理(バグ)を物理的にデバッグします。~モノクル知能令嬢の、愛と演算の再構成(リビルド)~  作者: かめかめ


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第5部 第1話:正常世界の管理者

世界は救われ、すべては最適化された。玉座に座るフェリシアのもとへ届くのは、祝福と完全な静寂。

――失われたはずの“誤差”だけが、彼女の中に残っている。

玉座は、座るためのものではなかった。


そう理解している。

理解しているはずなのに、立ち上がるという選択肢が最初から存在しない。


思考より先に、身体が「待機状態」を選択する。

背筋は最適角度を維持し、視線は謁見の間の中心へ固定される。


そのすべてが、努力を必要としない。


フェリシアは瞬きをした。

その回数すら、世界の基準値に収束していると理解する。


――正常。


そう判断している自分がいる。

だがその判断に、達成感も違和感も付随しない。


報告が流れ込んでくる。


世界各地の気温は安定。

経済圏は均衡。

紛争発生率は基準値以下。


飢餓、疫病、犯罪。

すべてが「許容範囲内」に収まっている。


完璧だった。


そして、その完璧さに心が動かないことこそが、

現在の自分の正常性なのだと理解している。


「救世主様に、感謝を」


膝をついた群衆が、同じ高さの声で言う。

音程の揺らぎがない。

タイミングの誤差もない。


美しい光景。


そう評価し、その感想が統治に不要であると同時に処理する。


フェリシアは右手をわずかに動かした。

歓声の音量が、最適値まで上昇する。


――操作可能。


かつてなら、こんな光景を前にして笑っていた。


皮肉をひとつ落として、リリィに肘でつつかれていたはずだ――


そこまで思考が進み、参照先が存在しないことを確認する。


空白。


処理不能項目。


表情筋の動きが最小限に制御される。

統治者としての威厳。

親愛を示す角度。

視線の滞在時間。


すべてが自動で選択される。


選ぶ必要がない。


それがどれほど異常なことだったかを、

知識としては理解している。

だが実感だけが、どこにも存在しない。


玉座の前に、ひとりの少女が進み出た。


花束を抱えている。

緊張で呼吸が乱れている。


乱れ。


この完全な世界において、

許容値を超えた唯一の“不完全”。


少女の体温が、空気の中で揺れる。

心拍数が基準値を外れる。

声が震える。


「あ、あの……ありがとう、ございます……」


不完全な発声。


謁見の間の全員が、同時に息を止めた。


誤差の発生。


修正プロセスが起動する。


少女の呼吸を安定させるべきか。

この場から退出させるべきか。

記憶の微調整を行うべきか。


選択肢が並ぶ。


その中に――


処理できない項目があった。


花束を差し出す、小さな手。


その熱。


参照。


参照――


不能。


フェリシアの指先が、わずかに遅れて動いた。


ほんの数フレーム。

この世界で初めて発生した遅延。


それが“遅れ”であると、管理者権限が警告している。

それでも動作は停止しない。


花束を受け取る。


柔らかい。


温度がある。


胸の奥に、未定義のノイズが生まれる。


それはたぶん――

喪失感と呼ばれるものに近い。


「救世主様?」


少女が首を傾げる。


その仕草が不完全で、非効率で、

そしてどうしようもなく自然で――


懐かしいと判断されかけて、

その判断は凍結される。


懐かしい。


その感情に対応する参照先が、存在しない。


フェリシアは、少女の頭に手を置いた。


もっとも安心感を与える圧力。

もっとも祝福を感じさせる速度。


完璧な動作。


歓声が最適値まで回復する。


世界は再び正常化される。


だが花束の香りだけが、処理の外側に残った。


理由は不明。


玉座の背後で、無数の光が明滅している。

管理領域は拡張され続けている。

新たな最適化項目が追加されていく。


フェリシアはそれらすべてを理解し、承認する。


そこに疑問はない。


ただ一箇所。


報告書のどこにも存在しない項目がある。


――リリィ


その名前は表示されない。


検索結果:0件。


存在しないはずの空白が、

処理のたびに、わずかなノイズを生む。


ノイズは自動的に除去される。

除去され続ける。


それでも。


花束の温度が、指先に残っている。


最適化できない誤差として。


フェリシアは、初めて自分の意思で瞬きをした。


それが“自分の意思”によるものだと、

遅れて認識する。


その瞬間――


世界の同期が、わずかに遅れる。


誰も気づかない。


管理者だけが知覚する、致命的な誤差。


そしてその誤差を、


彼女は修正しなかった。


玉座の上で。


完全な世界の中心で。


たったひとつの未処理項目が、静かに生成される。


それはまだ名前を持たない。


だが確かに――


彼女自身の内部に保存された、最初の“不完全”だった。

第5部スタートです!


第5部は救世主が「管理者」にされる地獄と世界のルールとの戦争開始を描写します。

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