第4部 第6話:戴冠の静寂
戴冠式。世界は救世主を祝福する。だがその光は王冠ではなく、管理者登録の輪だった。自由の戦士フェリシアを“役割”に固定しようとする完全世界。リリィの手は、もう届かない。
世界の中心には、玉座があった。
王城の大広間。白い光の柱。金の装飾。
祝福の音楽が満ち、人々が跪き、フェリシアの名を唱える。
「救世主フェリシア様!」
「世界を救いし者よ!」
「新たなる王よ!」
フェリシアは口元を歪めた。
「王冠? 重そう。肩こりそう。絶対似合わない」
隣でリリィが小さく笑う。
――笑った、はずだった。
どこか薄い。
体温のない笑顔。
胸の奥がざわつく。
あのとき抱きしめた熱が、もう思い出せない。
神官が厳かに告げた。
「救世主フェリシア。あなたに世界の統治権を授けます」
「……は?」
統治権?
ふざけんな。私は管理者じゃない。殴る係だ。
モノクルを起動する。
《WORLD MANAGEMENT SYSTEM》
《AUTHORITY TRANSFER : READY》
「……やっぱりか」
玉座へ続く階段を上がる。
足が、止まらない。
止めているのに。
“進むことが最適”だと、身体が判断している。
膝の角度が整う。
背筋が伸びる。
視線の高さが固定される。
玉座に座るための姿勢へと、世界がフェリシアを最適化していく。
「……やめろ」
声は出た。
だが反抗として認識されない。
王冠のような光の輪が、頭上に浮かぶ。
祝福じゃない。
登録。
ゆっくりと降りてくる光に、腕を振り上げる。
――振り上げたはずだった。
途中で止まる。
動かないんじゃない。
“動く必要がない”と判断されている。
思考の奥に、冷たい文字列が直接書き込まれる。
《ROLE : WORLD ADMINISTRATOR》
「ふざけ……んな……」
拍手が鳴る。
完璧に揃った拍手。
フェリシアは振り返った。
リリィが手を伸ばしている。
けれど――届かない。
一歩踏み出す。
距離が伸びる。
もう一歩。
さらに遠ざかる。
「来いよリリィ……っ、なんで……なんで触れられねえんだよ!」
あのとき確かに腕の中にあった体温が、
世界の仕様変更で“参照不能”になったみたいだった。
リリィの瞳に涙が浮かぶ。
だが声が出ない。
世界に口を塞がれている。
フェリシアは玉座を睨みつける。
「自由を奪って幸福を与える?……それは幸福じゃない。檻だ」
光が降りる。
輪が、頭に触れる。
拒絶の思考が、静かに整列されていく。
これは拘束じゃない。
“役割の保存”だ。
耳の奥で、誰かの笑い声がした。
女の声。
――エリカ。
その瞬間、理解する。
エリカは敗北したんじゃない。
この席に“保存”されたのだ。
そして今、次は自分の番。
世界が、宣言する。
――【NEW ADMIN REGISTERED:FELICIA】
拍手は止まらない。
完璧な幸福が、処理され続ける。
フェリシアの拳だけが、わずかに震えていた。
フェリシアがついに「管理者」に登録されてしまいました。
第5部は明日の同時刻に公開します。




