第4部 第3話:レンチが鳴らない
異常の正体を探るため街の外へ出たフェリシア。だが森も村も、あまりに静かで壊れるものがない。叩いても世界が鳴らないという事実が、彼女の戦う理由そのものを揺るがしていく。
森は静かだった。
静か――というより、音が途中で切り取られている。
鳥の声が続かない。
葉擦れが消える。
足音さえ、空気に吸われて終わる。
フェリシアはレンチを握り直した。
「……森の空気うめぇ。帰ったら肉だな」
独り言で誤魔化す。
だが胸の奥の違和感は消えない。
「フェリシア!」
振り向く前に分かる声。
息を切らしたリリィが駆けてくる。
「来るなって言っただろ」
「心配で……」
その姿だけが、この世界で唯一“生きて”見えた。
フェリシアは視線を逸らす。
「帰ったら飯にしろ。怖い顔すんな。私が全部終わらせる」
リリィが小さく笑う。
それだけで、胸の奥の何かが戻る。
フェリシアは太い木の前に立った。
「おい木。今は折れる流れだろ」
レンチを振り下ろす。
――音がしない。
衝撃だけが腕に返る。
もう一度叩く。
岩を殴る。
地面を砕こうとする。
それでも世界は沈黙した。
壊れるという“結果”が存在していない。
「……壊れない世界? だったら壊れるまで殴るだけだ!」
魔法演算で腕力を増幅し、全力で叩き込む。
無音。
リリィが息を呑む。
フェリシアは歯を食いしばった。
争いもない。
痛みもない。
悲しみもない。
それは平和じゃない。
停止だ。
「壊れない世界は救えない……救う場所がないってのは、私には地獄だ」
その瞬間、空気が歪んだ。
反射的に空を見上げる。
青のさらに奥。
透明な輪。
こちらを観測する“目”。
背筋に冷たいものが走る。
世界の外側が、こちらを見ていた。




