第4部 第1話:凱旋、そして21.5℃
世界は救われ、英雄は凱旋した。だが祝福はどこか整いすぎていて、戦場の匂いが一つも残っていない。気温は誤差なく心地よく、歓声は波のように揃っていた――まるで、最初から用意されていたかのように。
城門が開いた瞬間、歓声が上がった。
……上がりすぎだろ、とフェリシアは思った。
タイミングが揃いすぎている。拍手の間隔も、声の高さも、花吹雪が舞う位置まで妙に正確で、戦場から帰ってきたばかりの身体にはその“綺麗さ”がやけに引っかかった。
普通はもっとぐちゃぐちゃになる。
泣きながら笑う奴がいて、抱きつくタイミングを間違える奴がいて、酒瓶を落として割る音がして――そういう雑な熱が渦になるのが凱旋ってもんだろう。
「フェリシア様ぁぁぁ!!」
「救世主!」
「神殺しの英雄!」
元気だな、こいつら。
レンチを肩に担いだまま、フェリシアは適当に手を振った。
そのとき白い塊が視界に飛び込んできた。
「フェリシア!」
受け止める。
軽い。細い。あったかい。
――生きてる。
リリィの髪が頬に触れて、ようやく胸の奥の強張りがほどけた。
戦いが終わった実感なんてものは、勝利の瞬間には湧かなかったくせに、こいつの体温を抱きとめた今になって遅れてやってくる。
「……無事か」
「はい……はい……っ」
泣きながら頷くリリィの頭を、乱暴に撫でる。
「お前が無事ならそれでいい。他は全部ついでだ」
自分で言っておいてなんだが、顔が熱くなる。
リリィが真っ赤になって黙り込むのを見て、フェリシアはわざと空を見上げた。
空は青く、雲はゆっくり流れている。
――流れ方が、一定すぎる。
風が頬を撫でる。
暑くも寒くもない。
戦場帰りの空気ってのは、もっと重いはずだ。血と焦げた匂いが混ざって、肺にこびりつくような温度をしているはずなのに。
「……なあリリィ。今日、暑いか?」
「ちょうどいいです。すごく過ごしやすいですよ?」
だよな。
過ごしやすい。
完璧に。
祝宴が始まっても、その違和感は消えなかった。
並べられた料理はどれも見た目が整いすぎていて、味は悪くないのに妙に印象が薄い。
「……神の肉の方がまだパンチあったぞ」
そう言った瞬間、周囲がどっと笑った。
――同時に。
喉の奥が冷える。
笑い声の高さまで揃っている。
舞台だ、これ。
祝ってるんじゃない。
“祝福が再生されている”。
そのとき、視界の端に一瞬だけ光が走った。
――【SYSTEM:STABILITY 100%】
「……は?」
瞬きをすると、もう消えている。
モノクルを叩いても反応はない。
幻覚?
いや違う。
第3部の最深部で見た“あの層”と同じ感触だ。
現実の皮一枚下で、何かが動いている。
フェリシアは無意識にリリィの手を探していた。
触れる。
柔らかい指が、ぎゅっと握り返してくる。
そこだけ温度がある。
そこだけ生きている。
「……この世界、静かすぎる」
救世主の名を呼ぶ声が広場を満たす。
揃った声。揃った笑顔。揃った熱量。
平和だ。
誰がどう見ても。
でもフェリシアの知っている平和は、こんな無菌室みたいなものじゃない。
もっと汚くて、うるさくて、面倒で――だから守る価値があった。
「平和ってのはな……」
誰に言うでもなく呟く。
「もっとぐちゃぐちゃしてるもんだろ」
拍手が鳴り続ける。
完璧な周期で。
その中心で、フェリシアは理解した。
戦いは終わっていない。
ただ、敵の形が変わっただけだ。
視界の奥で、もう一度だけ文字列が瞬いた。
――【WORLD ADJUSTMENT:COMPLETE】
頬を撫でる風は、21.5℃から一ミリも動かなかった。
第4部スタートです!
フェリシアの「豪快さ」と「勘の鋭さ」。リリィとの糖度。そして不穏ログ。全部入りです!
ここから怒涛の展開!お楽しみに!




