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悪役令嬢だった私は五年前の双子の妹として転生したので姉を陰から支えます  作者: 月雅


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第9話「真実の輪郭」



「弟の背後に、誰かいる」


ハンスがその噂を持ってきたのは、晩餐会から三日後のことだった。


エドワード第一王子が、調査を始めている。アルヴィン殿下がどうやってセレスティナの不正を暴いたのか。誰が情報を集めたのか。


私は離れの窓辺に立ち、その報告を聞いていた。


「殿下は、どこまで調べているのですか」


「まだ初期段階のようです。ですが、時間の問題かと」


時間の問題。


私の存在が、エドワード殿下に知られるのも。


「ハンス。姉の様子は」


「ヴィオレッタ様は、晩餐会以来、お部屋に籠もりがちです。セレスティナ様の一件で、衝撃を受けていらっしゃるようで」


姉も、あの場にいた。聖女だと信じていた女が、実は詐欺師だったと知った。その衝撃は、小さくないはずだ。


「分かった。下がっていい」


「畏まりました」


ハンスが去った後、私は窓の外を見つめた。


影として生きる。それが私の選んだ道だった。けれど今、その道に限界が見え始めていた。



翌日、アルヴィン殿下から呼び出しがあった。


王都の外れにある屋敷。殿下の秘密の拠点。私はハンスの手引きで公爵邸を抜け出し、その場所へ向かった。


「来たか」


殿下は書斎で待っていた。いつもと変わらぬ姿。けれど、その目には真剣な光があった。


「殿下。お呼びでしょうか」


私は頭を下げた。


「エドワード兄上が動いている。知っているな」


「はい」


「俺の情報源を探っている。いずれ、お前にたどり着く」


私は黙って頷いた。分かっていたことだ。


「提案がある」


殿下が椅子から立ち上がった。私の前に歩み寄り、立ち止まる。


「俺の側近として、表に出ろ」


私は顔を上げた。


「表に、ですか」


「ああ。お前の正体は隠したままでいい。だが、俺の協力者として、公に認められた立場を持て。そうすれば、兄上が調べても、俺の側近としてしか見えない」


側近。王族の名代として振る舞う権限と義務を持つ立場。


「殿下。私は、存在しない人間です。公式には死産として届けられた。表に出れば——」


「身分は俺が与える」


殿下の声は、静かだった。けれど、その静けさには揺るぎない決意があった。


「王族には、身分を問わず側近を任命する権限がある。お前が誰であろうと、俺がお前を側近に任命すれば、それが正式な身分になる」


私は言葉を失った。


表に出る。影ではなく、光の中に立つ。それは、私が避けてきた道だ。


「……考えさせてください」


「時間はない」


「分かっています。けれど——」


私は殿下の目を見た。


「姉に、真実を話すべきかどうか。それを考えたいのです」


殿下の眉が、わずかに動いた。


「ヴィオレッタ嬢に、お前の存在を明かすのか」


「分かりません。まだ。けれど、このまま隠し続けることが正しいのかどうか」


沈黙が落ちた。


殿下は私を見つめている。その目に、何かが揺れていた。


「お前は、優しいな」


「殿下」


「姉を守るために、自分を消そうとしている。けれど同時に、姉に嘘をつき続けることに罪悪感を感じている」


私は答えなかった。答えられなかった。


「俺には分からない。お前がどうすべきか。だが、一つだけ言える」


殿下が私の目を見た。


「お前が決めたことは、俺が守る」


その言葉に、胸が震えた。


殿下が私を守ると言っている。存在しない人間である私を。影として生きてきた私を。


「殿下」


「何だ」


「なぜ、そこまで」


「理由が必要か」


殿下の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「お前は、本物だ。政治的な能力だけじゃない。お前という人間が。だから、俺は——」


殿下が言葉を切った。それから、視線を逸らした。


「とにかく、考えろ。答えは急がない。だが、いつまでも待てるわけでもない」


私は頷いた。



離れに戻ったのは、夕方だった。


私は机に向かい、羽根ペンを手に取った。けれど、書くべき言葉が見つからなかった。


姉に真実を話すべきか。


私が双子の妹であること。ずっと離れに隠されていたこと。助言書を書いていたのが私であること。


全てを明かせば、姉はどう思うだろう。


姉のこれまでの功績が、実は私の知識に支えられていたと知れば。自分の力ではなかったと知れば。


姉は傷つくだろう。自分を偽っていたと感じるかもしれない。


けれど、このまま隠し続けることも、もう限界だった。エドワード殿下が調査を続ければ、いずれ真実は明るみに出る。そうなる前に、私から話すべきではないか。


私は窓の外を見た。


アルヴィン殿下の言葉が、頭の中で響いていた。


「お前が決めたことは、俺が守る」


殿下は、私を信じてくれている。私の能力を。私という人間を。


影として生きてきた私を、光の中に連れ出そうとしてくれている。


私は——。



「リーネ様」


ハンスの声が、思考を中断させた。


「何」


「ヴィオレッタ様が、本邸の侍女を問い詰めていらっしゃるようです」


私は振り返った。


「何を」


「助言書のことを。差出人不明の書簡が、どこから届いているのかを」


心臓が跳ねた。


「侍女は、何と」


「知らないと答えたようです。ですが、ヴィオレッタ様は納得していらっしゃらない。筆跡を調べると、おっしゃっているとか」


筆跡。


私の筆跡を、姉が調べようとしている。


「姉は、気づいているのか」


「おそらくは。助言書の筆跡と、何かを照合しようとしているのかと」


何か。それは何だろう。私は姉に手紙を書いたことはない。けれど——。


「ハンス。離れには、私の書いたものが残っているか」


「……はい。リーネ様が幼い頃に書かれた、練習用の紙が」


私は目を閉じた。


姉がそれを見つければ、全てが分かる。助言書の筆跡と、私の筆跡が一致することが。


「姉は、いつ離れに来るか分からないか」


「分かりかねます」


時間がない。


私は立ち上がった。


「ハンス。姉に、伝言を届けてくれ」


「伝言、でございますか」


「ああ。私から会いたいと。話したいことがあると」


逃げることはできない。もう、隠し続けることもできない。


ならば、私から真実を話す。姉に全てを明かす。


それが、正しいかどうかは分からない。けれど、今の私にできるのは、それだけだった。

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