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悪役令嬢だった私は五年前の双子の妹として転生したので姉を陰から支えます  作者: 月雅


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第8話「崩れる聖女」



王宮の大広間は、蝋燭の灯りで満たされていた。

デビューから四ヶ月と一週間。晩餐会の夜が来た。


私は給仕の列に紛れ、壁際に立っていた。姉の社交界デビューの夜会と同じ装い。誰の目にも留まらない、地味な使用人の姿。


晩餐会は既に始まっていた。長いテーブルを囲んで、王族と高位貴族たちが着席している。


国王陛下が上座に。その隣に王妃。エドワード第一王子は父王の右手側に座り、その傍らには姉がいた。淡い青のドレスが、蝋燭の灯りを受けて輝いている。


アルヴィン殿下は、テーブルの端に近い席だった。放蕩者として軽視されている立場を反映した席順。けれど今夜、あの席から全てが覆る。


セレスティナは、エドワード殿下の斜め向かいに座っていた。白いドレス。清楚な佇まい。聖女にふさわしい装い。


仮面だ。全て、仮面だ。


晩餐は滞りなく進んでいた。料理が運ばれ、杯が交わされ、会話が弾む。私は壁際から、その全てを見つめていた。


いつ動くのだろう。アルヴィン殿下は、いつ証拠を出すのだろう。


答えは、デザートが運ばれた直後に訪れた。



「父上」


アルヴィン殿下が立ち上がった。


広間が静まった。普段は存在感を消している第二王子が、国王に呼びかけている。誰もが驚きの目を向けた。


「何だ、アルヴィン」


国王の声は、退屈そうだった。放蕩者の次男が何を言い出すのかと、そういう響き。


「お耳に入れたいことがございます。この場にいる全員に関わることです」


「話せ」


「セレスティナ・ヴェルト嬢について」


広間の空気が、一瞬で変わった。


セレスティナの顔から、血の気が引いていくのが見えた。けれど、すぐに表情を取り繕った。控えめな微笑み。聖女の仮面。


「私が、何か」


セレスティナが立ち上がろうとした。けれど、アルヴィン殿下の視線がそれを止めた。


「座っていろ。話は俺がする」


王族の命令。セレスティナは従うしかなかった。


「父上。セレスティナ嬢の聖女認定には、不正がありました」


ざわめきが広がった。エドワード殿下が立ち上がりかけた。


「アルヴィン、何を言っている」


「兄上は座っていてください。証拠は全て揃っています」


アルヴィン殿下が懐から紙の束を取り出した。私が渡した、あの証拠だ。


「神殿への多額の寄付。認定の直前に行われた、ヴェルト男爵家からの献金。没落した男爵家が、どこからその金を用意したのか。調べました」


殿下が紙を国王に差し出した。近衛騎士が受け取り、国王に渡す。


「領地の鉱山採掘権を売って得た金です。聖女の称号を買うために」


国王が紙を見ている。その表情は読めなかった。


「さらに、神殿の記録があります。聖女認定の儀式に立ち会った神官の証言。セレスティナ嬢が認定にふさわしい条件を満たしていなかったにもかかわらず、最高神官が認定を強行した記録です」


「嘘です」


セレスティナが叫んだ。仮面が剥がれかけていた。


「私は、何も。神殿が私を認めてくださったのです。不正など——」


「証拠がある」


アルヴィン殿下の声は、静かだった。けれど、その静けさが、かえってセレスティナの声を圧倒していた。


「神殿の金庫番が証言している。ヴェルト男爵家からの献金を、最高神官が個人的に受け取った。その金は神殿の記録に残っていない。私的な賄賂として処理された」


広間が静まり返った。


セレスティナの顔は、もう血の気がなかった。仮面が完全に剥がれていた。恐怖と、怒りと、絶望が入り混じった表情。


「エドワード殿下」


セレスティナがエドワードに縋るような目を向けた。


「殿下、お助けください。私は、本当に——」


「兄上」


アルヴィン殿下が遮った。


「あなたは、この女を庇いますか。不正で聖女の称号を得た、詐欺師を」


エドワード殿下の顔が強張った。


「証拠が本物かどうか、まだ分からない」


「では、確認すればいい。神殿に問い合わせれば、すぐに分かります。今夜中にでも」


沈黙が落ちた。


エドワード殿下は、セレスティナを見た。セレスティナは、何も言えなかった。弁明の言葉が出てこないのだ。証拠が本物だから。


「陛下」


アルヴィン殿下が国王に向き直った。


「ご裁定をお願いいたします」


国王は、しばらく紙を見つめていた。それから、顔を上げた。


「セレスティナ・ヴェルト」


国王の声は、冷たかった。


「聖女の称号を剥奪する。ヴェルト男爵家には、王都からの退去を命じる」


セレスティナの顔が、崩れた。


「陛下、お待ちください。私は——」


「黙れ」


国王の一言で、セレスティナは黙った。


「不正で得た称号に、価値はない。お前とお前の家族は、七日以内に王都を去れ。二度と、宮廷に足を踏み入れることは許さない」


判決だった。王族の言葉は、法的効力を持つ。覆すことはできない。


セレスティナは、その場に崩れ落ちた。泣き声が漏れた。けれど、誰も助けなかった。



私は壁際から、全てを見ていた。


セレスティナが、近衛騎士に連れ出されていく。白いドレスが、床を引きずっていた。聖女の仮面は、完全に剥がれていた。


前世で私を陥れた女。讒言と策略で、私を断罪に追い込んだ女。


その女が、今、全てを失って去っていく。


胸の奥に、何かが込み上げてきた。達成感。解放感。そして——。


虚しさ。


なぜだろう。復讐を果たしたはずなのに。セレスティナを追い落としたはずなのに。


胸の棘は、消えなかった。



広間では、まだざわめきが続いていた。


エドワード殿下の顔は、強張ったままだった。自分が信じていた聖女が、偽物だった。その事実を、受け入れられないでいるようだった。


アルヴィン殿下は、席に戻っていた。何事もなかったかのように、杯を手に取っている。


姉は、呆然とした表情で座っていた。何が起こったのか、まだ理解できていないようだった。


私は壁際から、姉を見つめた。


姉は無事だ。セレスティナは追い落とされた。姉を陥れる計画は、もう実行されない。


けれど——。


エドワード殿下の目が、アルヴィン殿下を見ていた。その目には、疑念があった。弟が、どうやってこれほどの証拠を集めたのか。誰が、弟に協力したのか。


いずれ、調べ始めるだろう。アルヴィン殿下の情報源を。そして、私の存在に——。


私は身を翻し、広間を出た。


今夜は、これで十分だ。セレスティナは追い落とされた。姉は守られた。


けれど、戦いは終わっていない。むしろ、新しい戦いが始まったのかもしれない。


私は使用人用の通路を歩きながら、考えていた。


エドワード殿下。前世で私を断罪した男。彼は今夜、自分の判断力に疑問符を突きつけられた。信じていた聖女が偽物だった。その事実は、彼の誇りを傷つけたはずだ。


因果応報。


前世で私を見捨てた者たちは、少しずつ、報いを受け始めている。


私は離れへ向かった。夜は、まだ長い。

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