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悪役令嬢だった私は五年前の双子の妹として転生したので姉を陰から支えます  作者: 月雅


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第6話「聖女の仮面」



セレスティナ・ヴェルトとは、一体何者なのか。


私は離れの机に向かい、これまで集めた情報を整理していた。デビューから三ヶ月と一週間。アルヴィン殿下との会話から一週間。殿下の申し出はまだ保留にしているが、セレスティナについて調べることは始めていた。


没落男爵家の令嬢。神殿で「聖女の兆し」を認定され、宮廷に招かれた。清楚で控えめな振る舞い。貧しい人々への施し。


全てが、作られた姿だった。


前世の記憶がある私には分かる。あの女の本性を。計算された謙虚さ、演じられた優しさ。そして、その裏にある野心を。


けれど、記憶だけでは証拠にならない。


私は窓の外を見た。曇り空。雨が降りそうだった。


アルヴィン殿下は、セレスティナの聖女認定に不正があったと言っていた。神殿への賄賂。没落男爵家が、どこからその金を用意したのか。


その証拠が、殿下の手にある。


私は一人では、それを手に入れることができない。ハンスの情報網では限界がある。公爵家の使用人という立場では、神殿の内部まで調べることは不可能だ。


殿下の協力が、必要だった。



翌日、私は殿下に会いに行った。


場所は、王都の外れにある古い屋敷。殿下が密かに使っている拠点だと、前回の会話で聞いていた。ハンスの手引きで公爵邸を抜け出し、馬車を乗り継いでたどり着いた。


「来たか」


殿下は屋敷の書斎で待っていた。従者の姿はない。本当に、一人だった。


「殿下。お時間をいただき、ありがとうございます」


私は深く頭を下げた。


「堅苦しいのは抜きだ。座れ」


殿下が椅子を示した。私は躊躇いながらも、腰を下ろした。


「申し出について、考えた」


「ああ」


「殿下の協力者になることは、まだ決められません。けれど——」


私は殿下の目を見た。


「セレスティナについて、調べさせてください。殿下の諜報網を借りて」


殿下の眉が、わずかに上がった。


「協力者にはならないが、情報は欲しい、と」


「……はい」


「虫のいい話だな」


殿下の声には、怒りはなかった。むしろ、面白がっているような響きがあった。


「だが、いいだろう。お前の能力は本物だ。セレスティナを調べる過程で、俺の役に立つこともあるだろう」


「ありがとうございます」


「礼はいい。その代わり、条件がある」


「条件」


「調べた結果は、全て俺に報告しろ。お前が単独で動くことは許さない」


私は頷いた。それは、当然の条件だった。



殿下の諜報網は、私の想像以上に広かった。


王都の商人、神殿の下級神官、貴族の使用人。様々な立場の人間が、殿下のために情報を集めていた。放蕩者を装いながら、密かにこれほどの組織を作り上げていたのか。


「セレスティナの聖女認定について、詳しく調べてくれ」


殿下が指示を出すと、三日で報告が届いた。


報告書を読む殿下の隣で、私も内容を確認した。


「聖女の兆し」の認定。それは神殿の最高神官が行う儀式だった。清廉な心、神への献身、人々への慈愛。それらを備えた者に与えられる称号。


だが、セレスティナの認定には、不自然な点があった。


「認定の直前に、神殿に多額の寄付があった」


殿下が報告書の一部を示した。


「寄付者の名前は伏せられている。だが、金の出所を辿ると——」


「ヴェルト男爵家に繋がる」


「ああ。没落した男爵家が、どこからこれだけの金を用意したのか」


私は報告書を見つめた。


「借金、ですか」


「違う。もっと汚い話だ」


殿下が別の紙を取り出した。


「ヴェルト男爵家は、領地の鉱山採掘権を売っていた。買い手は、王都の大商人。だが、その商人の背後には——」


「誰が」


「分からない。まだ調べがついていない。だが、相当な権力者だ。没落男爵家を操り、聖女を作り上げ、宮廷に送り込む。何かの目的があるはずだ」


私は考え込んだ。


前世では、ここまでの背景は知らなかった。セレスティナが讒言で私を追い落としたことは覚えている。だが、その背後に誰かがいたとは。


「この証拠だけでは、セレスティナを追い落とせない」


「ああ。寄付と認定の関係を証明できなければ、不正とは言えない」


「もっと直接的な証拠が必要です」


「分かっている」


殿下が立ち上がった。


「神殿の内部に、協力者がいる。そいつを使って、認定の記録を調べさせる」


「記録」


「聖女認定の儀式には、記録が残る。最高神官の判断理由、立ち会った神官の証言。その中に、不正の痕跡があるはずだ」


私は頷いた。


「時間がかかる」


「どれくらい」


「二週間。それ以上は待てない。セレスティナの動きが、加速している」


姉への讒言。エドワード殿下への接近。前世と同じ道を、あの女は歩んでいる。


「分かりました。二週間、待ちます」


「ああ。その間、お前は動くな。余計なことをすれば、セレスティナに気づかれる」


殿下の目が、私を捉えた。


「お前の正体を守るためでもある」


私は頭を下げた。



離れに戻ったのは、夜遅くだった。


ハンスが扉の前で待っていた。


「リーネ様。お戻りなさいませ」


「ただいま」


私は部屋に入り、椅子に腰を下ろした。


セレスティナの証拠。あと二週間で手に入る。


手に入れたら、どうする。


姉に渡すか。アルヴィン殿下に渡すか。それとも、自分で使うか。


姉に渡せば、姉の功績になる。これまで通りの方法だ。けれど、姉はそれを使えるだろうか。政争の渦中に、姉を巻き込むことになる。


殿下に渡せば、殿下が動く。私は影のまま、表に出ずに済む。けれど、それは殿下の協力者になることを意味する。


私は窓の外を見た。


闘争に巻き込まれていく。自分の意志とは関係なく。


姉を守りたい。それだけだったはずなのに。


気づけば、私は宮廷の権力闘争の渦中にいた。アルヴィン殿下という、危険な存在の傍に。


不安がある。けれど、同時に、別の感情もあった。


復讐への手応え。


セレスティナを追い落とす。前世で私を陥れたあの女を、今度は私が。


その感情は、暗くて、冷たくて、けれどどこか心地よかった。


私は目を閉じた。


あと二週間。証拠が手に入るまで、待つしかない。

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