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悪役令嬢だった私は五年前の双子の妹として転生したので姉を陰から支えます  作者: 月雅


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第4話「影の献上」



姉は今、何を考えているだろう。


私は離れの窓辺に座り、本邸の方角を見つめていた。デビューから二週間。最初の助言書を送ってから三日が経つ。ハンスの報告によれば、姉はあの書簡を読んだらしい。けれど、その後どうしたかは分からない。


捨てたかもしれない。差出人不明の書簡など、不審に思うのが当然だ。


私は机に向かった。二通目の助言書を書かなければならない。たとえ一通目が無視されていたとしても、続けるしかない。


羽根ペンを取り、紙に向かう。今度は北部国境の情勢について。来週の夜会で話題になるであろう内容だ。



三日後、ハンスが報告を持ってきた。


「リーネ様。ヴィオレッタ様が、侯爵家の夜会に出席されました」


「それで」


「……見事なお振る舞いだったと」


私は顔を上げた。


「詳しく」


「北部国境について、伯爵夫人と議論をなさったそうです。的確なご意見で、周囲から称賛を受けたと」


胸の奥が、熱くなった。


助言書を、使ってくれた。


私の書いた知識を、姉は自分のものとして披露した。そして、成功した。


「他には」


「エドワード殿下が、ヴィオレッタ様のお傍におられる時間が長かったと聞いております」


エドワード殿下。姉の婚約者にして、前世で私を断罪した男。


あの人が姉に関心を示している。それは良い兆候だ。婚約者として、政治的会話のできる令嬢を評価しているのだろう。


「ありがとう、ハンス」


「恐れ入ります」


ハンスは頭を下げ、部屋を出ていった。


私は窓辺に立った。


うまくいっている。計画通りだ。姉の評価は上がり、エドワード殿下との関係も良好。このまま続ければ、五年後の断罪を回避できるかもしれない。


けれど。


胸の奥に、小さな棘が刺さっていた。


姉の成功。姉の称賛。姉の幸福。それらは全て、私が書いた助言書のおかげだ。私の知識。私の経験。私の——。


違う。


私は首を振った。


これでいい。姉が成功すれば、それでいい。私は影だ。表に出る必要はない。姉の功績として差し出す。それが、私の選んだ道だ。


棘は消えなかった。けれど、私はそれを無視した。



デビューから二ヶ月が過ぎた。


助言書は定期的に送り続けた。政治、外交、各家の力関係、社交界の暗黙のルール。五年分の記憶から、姉に必要な知識を選び、分かりやすくまとめて届けた。


姉はそれを活用した。


夜会のたびに、姉の評価は上がっていった。政治的見識のある令嬢。王太子妃にふさわしい知性。そんな評判が、社交界に広まり始めた。


ハンスの報告を聞くたびに、私は安堵した。


同時に、胸の棘は少しずつ大きくなっていった。



「リーネ様」


ある日の夕方、ハンスが深刻な顔で部屋に入ってきた。


「どうした」


「エドワード殿下が、ヴィオレッタ様を公の場で称賛なさいました」


それは良いことのはずだ。けれど、ハンスの表情は暗い。


「何があった」


「殿下は、ヴィオレッタ様の政治的見識を高く評価されました。『王太子妃として、これほどふさわしい方はいない』と」


私は黙って続きを待った。


「ただ……セレスティナ様が、その場にいらしたと」


セレスティナ。


「彼女は何を」


「何も。ただ、微笑んでいらしたと」


微笑んでいた。


私は目を閉じた。あの女の微笑みの意味は分かる。計算している。観察している。姉の急激な成長を、不審に思っている。


「セレスティナは、姉の変化に気づいているか」


「……おそらくは」


「どこまで」


「それは分かりかねます」


私は窓辺に歩いた。


セレスティナは愚かではない。演技の才能があり、他者の欲望を見抜く目を持っている。姉が急に政治的見識を身につけたことを、不自然に思わないはずがない。


けれど、証拠はない。助言書の存在を知る者は、私とハンス、そして姉だけだ。姉が誰かに話さない限り、セレスティナには分からない。


「姉は、助言書のことを誰かに話しているか」


「いいえ。ヴィオレッタ様は、助言書の存在を秘密にしておられるようです」


当然だ。自分の知識ではないことを知られれば、評価は地に落ちる。


姉は賢い。助言書を活用しながら、その存在を隠している。私の思惑通りに動いてくれている。


けれど、それは同時に、姉が私に依存しているということでもある。


助言書がなければ、姉は元の状態に戻る。政治的会話に弱い、美しいだけの令嬢に。


私は姉を守っている。けれど、姉を自立させているわけではない。


「ハンス」


「はい」


「私は、正しいことをしているのだろうか」


口に出してから、後悔した。こんな弱音を、使用人に聞かせるべきではない。


けれど、ハンスは静かに答えた。


「リーネ様がなさっていることは、ヴィオレッタ様のためです。それは間違いありません」


「……そうだろうか」


「少なくとも、ヴィオレッタ様は以前より幸せそうに見えると聞いております」


幸せそう。


その言葉に、胸の棘が少しだけ和らいだ。


「ありがとう、ハンス」


「恐れ入ります」


ハンスは頭を下げ、部屋を出ていった。


私は机に向かった。次の助言書を書かなければならない。来週の夜会で、姉が必要とするであろう知識を。


羽根ペンを取り、紙に向かう。


姉のために。姉を守るために。


私は影だ。消えゆく存在だ。けれど、それでいい。姉が幸せなら、それでいい。


そう、自分に言い聞かせながら、私は書き続けた。



窓の外が暗くなっても、私は書き続けた。


蝋燭の灯りが揺れる。羽根ペンが紙の上を走る。五年分の記憶が、知識が、指先から流れ出ていく。


姉の功績として。姉の知識として。姉の力として。


私は何も残らない。残してはいけない。


それが、影として生きるということだ。


胸の棘は、消えなかった。けれど、私はそれを抱えたまま、書き続けた。

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