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悪役令嬢だった私は五年前の双子の妹として転生したので姉を陰から支えます  作者: 月雅


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第3話「見抜く者」



「待て」


その声に、私は足を止めた。


夜会の広間を抜け、使用人用の通路に入ったところだった。人気のない廊下。蝋燭の灯りが、壁に揺れる影を作っている。


振り返ると、アルヴィン第二王子が立っていた。


「殿下」


私は深く頭を下げた。膝を折り、視線を床に落とす。王族に対する使用人の礼。


「顔を上げろ」


命令だった。私は従うしかない。


顔を上げると、アルヴィン殿下の青い瞳が私を捉えていた。先ほどの広間で感じた視線と同じ。観察し、分析し、値踏みする目。


「先ほどから気になっていた。お前、本当に使用人か」


「はい、殿下。グラティア公爵家にお仕えしております」


「嘘だな」


私は息を詰めた。


「使用人は主人の動向を把握している。だが、主人を観察はしない。お前がしていたのは観察だ。それも、ヴィオレッタ嬢だけでなく、セレスティナ嬢まで」


この人は、あの短い時間で、私の視線の動きまで追っていたのか。


「恐れながら、殿下のお見間違いかと存じます」


「見間違いではない。俺の目は確かだ」


アルヴィン殿下が一歩近づいた。私は後退しなかった。ここで逃げれば、余計に怪しまれる。


「公爵家の使用人にしては、目が違う。立ち方も違う。それに——」


殿下の視線が、私の顔をなぞった。


「顔立ちがヴィオレッタ嬢に似ている」


心臓が跳ねた。


「公爵家には、表に出ていない人間がいるのか。隠し子か。それとも——」


「殿下」


私は遮った。無礼だと分かっていたが、これ以上踏み込まれるわけにはいかなかった。


「私は、ただの使用人でございます。お嬢様に似ているとおっしゃるなら、それは光栄なことですが、私には身に覚えがございません」


沈黙が落ちた。


アルヴィン殿下は私を見つめている。その目には、確信があった。私の言葉を信じていない。けれど、それ以上追及するつもりもないようだった。


「面白い」


殿下が呟いた。


「お前が何者か、俺は知らない。だが、ただの使用人でないことは確かだ」


私は答えなかった。答えようがなかった。


「いいだろう。今は見逃してやる」


殿下が踵を返しかけた。けれど、すぐに立ち止まり、肩越しに私を見た。


「だが、覚えておけ。俺はお前を見つけた。これからも見ている」


その言葉を残して、アルヴィン殿下は廊下の向こうへ消えていった。



私は壁に手をついて、呼吸を整えた。


見抜かれた。


完全にではない。私が「双子の妹」だとまでは気づかれていない。けれど、「公爵家の隠し子」という推測は、真実にかなり近い。


アルヴィン第二王子。


放蕩者を装っているが、あの観察眼は本物だ。私の動きを、視線を、顔立ちまで分析していた。あれほど短い時間で、あれほど正確に。


危険な人物だ。


けれど同時に、疑問も浮かぶ。なぜ、放蕩者を装う必要があるのか。あれほどの観察眼を持ちながら、なぜ宮廷で存在感を消しているのか。


考えても答えは出ない。今は、姉のことを優先しなければ。


私は使用人用の通路を抜け、屋敷の裏手へ向かった。ハンスが待っているはずだ。



離れに戻ると、ハンスが扉の前で待っていた。


「リーネ様。お戻りなさいませ」


「ただいま」


私は部屋に入り、使用人の装束を脱いだ。ハンスが用意してくれた普段着に着替える。


「首尾はいかがでしたか」


「姉の弱点は把握できた」


私は机に向かい、紙を広げた。


「政治知識が足りない。外交の基礎も、各家の力関係も理解していない。社交術は完璧だが、踏み込んだ会話になると対応できなくなる」


「それは……お嬢様の教育係の責任かと」


「教育係のせいではない。公爵家の令嬢に、政治を教える習慣がないだけだ」


私は羽根ペンを取った。


「これから、姉に必要な知識をまとめる。問題は、どうやって届けるか」


「リーネ様が直接お会いになるのは——」


「できない。私は存在しない人間だ」


ハンスは黙った。その沈黙の中に、苦渋があった。


「だから、別の方法を考える。匿名の助言書として届ける。誰が書いたか分からない形で」


「それは……」


「ハンス。あなたなら、姉の部屋に書類を届けることは可能か」


ハンスは数秒、考え込んだ。


「私が直接届けることは難しゅうございます。ですが、本邸の侍女に頼むことはできます。『差出人不明の書簡が届いた』という形であれば」


「それでいい」


私は頷いた。


「姉が受け入れるかどうかは分からない。けれど、試す価値はある」


私は紙に向かった。まず、東部領の関税問題について。侯爵夫人が質問していた内容だ。姉が答えられなかったあの質問に、どう答えるべきだったか。


羽根ペンが紙の上を走る。五年分の記憶が、知識が、指先から流れ出ていく。


これは姉のためだ。姉を守るためだ。


けれど、心のどこかで、別の声が囁いていた。


本当に、姉のためだけか。


私は首を振った。今は考えない。考えている暇はない。


セレスティナは既に動き始めている。姉が政治的会話に弱いことは、あの女も気づいているはずだ。そこを突いてくる。五年後の断罪に向けて、少しずつ、確実に。


負けない。


今度こそ、負けない。



夜が更けても、私は書き続けた。


蝋燭の灯りが揺れる中、羽根ペンを走らせる。政治、外交、各家の力関係。王家の派閥。貴族間の婚姻関係。商家との利害。


全てを書き記す。姉が必要とするであろう、全ての知識を。


アルヴィン殿下の言葉が、頭の隅に残っていた。


「俺はお前を見つけた。これからも見ている」


あの人は、何を考えているのだろう。なぜ私に興味を持ったのか。単なる好奇心か、それとも別の目的があるのか。


分からない。けれど、今は考えない。


私の目的は一つ。姉を守ること。


そのために、影として動く。姉の弱点を補い、姉が避けるべき罠を示し、姉が握るべき機会を作る。


全て、姉の功績として。


私は紙に向かい続けた。窓の外が白み始めるまで、ペンを止めなかった。

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