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悪役令嬢だった私は五年前の双子の妹として転生したので姉を陰から支えます  作者: 月雅


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第2話「仮面の夜会」



シャンデリアの灯りが、広間を金色に染めていた。


私は給仕の列に紛れ、壁際を歩いた。ハンスが手配してくれた使用人の装束は地味で、誰の目にも留まらない。それでいい。今夜の私は、影でなければならない。


姉の社交界デビュー当日。一ヶ月の準備期間は短かった。体力をつけ、離れから本邸への抜け道を確認し、使用人たちの顔と名前を覚えた。ハンスの協力がなければ、ここまで来ることはできなかった。


広間の中央に、人だかりができていた。


姉がいる。


ヴィオレッタ・グラティア。公爵家の嫡女にして、今夜の主役。淡い紫のドレスが、シャンデリアの光を受けて輝いている。


美しい。


私は——かつての私は、あのように笑えていただろうか。社交界の華として、誰からも羨望の眼差しを向けられる存在。それが姉の、そして過去の私の立場だった。


「ヴィオレッタ様、本日のドレスもお似合いですわ」


「まあ、ありがとうございます」


姉が微笑む。完璧な角度。完璧な声音。けれど、私にはわかる。あの笑顔の奥に、緊張がある。


侯爵夫人が話しかけた。


「先日の議会で、東部領の関税について議論がありましたでしょう。ヴィオレッタ様はどのようにお考えで?」


姉の笑顔が、一瞬だけ固まった。


「わたくしは……そうですわね、父が適切に判断してくださると信じておりますわ」


曖昧な返答。侯爵夫人の目に、かすかな失望が浮かんだ。


やはり、そうだ。


姉は美しい。気品もある。けれど、政治的な会話には対応できていない。公爵家の令嬢として、王太子の婚約者として、それは致命的な弱点だった。


私はその場を離れ、広間の反対側へ移動した。


人垣の向こうに、見覚えのある姿があった。


セレスティナ・ヴェルト。


男爵令嬢でありながら、「聖女の兆し」を認定されて宮廷に招かれた女。控えめな白いドレス。伏し目がちな瞳。清楚で儚げな佇まい。


だが、私は知っている。あの仮面の下に何があるかを。


「セレスティナ様は、貧しい人々への施しを続けていらっしゃるとか」


「いいえ、わたくしなど……ただ、できることをしているだけですわ」


周囲の貴婦人たちが感嘆の声を上げる。セレスティナは恥ずかしそうに俯いた。


計算された謙虚さ。完璧な演技。


五年後、この女は姉を——私を追い落とす。讒言と策略で、「悪役令嬢」の汚名を着せて。


まだ動き出したばかり。けれど、もう宮廷に入り込んでいる。


予想より早い。


私は姉の様子を観察しながら、夜会の流れを追った。姉が誰と話し、どのような反応をされているか。どこで言葉に詰まり、どこで切り抜けているか。


必要な「教育内容」が、少しずつ見えてきた。


政治知識。外交の基礎。各家の力関係と利害。それらを姉に伝えなければならない。ただし、姉自身の功績として。



広間の隅で、私は壁に背をつけて息をついた。


一時間以上、動き続けていた。この体はまだ弱い。足が重い。


「珍しい目をしている」


声がした。


私は反射的に顔を上げた。


男が立っていた。黒髪に、深い青の瞳。王族の正装を纏っているが、どこか崩した着こなし。


アルヴィン第二王子。


心臓が跳ねた。


前世でも、この人物のことはほとんど知らなかった。放蕩者として有名で、宮廷での存在感は薄かった。第一王子エドワードの影に隠れ、政治の表舞台には出てこない人物。


なぜ、私に声をかける。


「殿下」


私は深く頭を下げた。使用人として、王族に対する最大限の礼。


「そんなに固くなるな。俺は気楽な次男坊だ」


砕けた口調。けれど、その目は笑っていなかった。


「公爵家の使用人か?」


「……はい」


「にしては、目が違う」


私は息を詰めた。


「給仕の動きをしていない。誰かを観察している。それも、かなり真剣に」


「恐れながら、殿下のお見間違いかと」


「そうか?」


アルヴィン殿下が一歩近づいた。私は後退できなかった。背後は壁だ。


「お前、本当に使用人か?」


その問いに、私は答えられなかった。


沈黙が流れた。アルヴィン殿下は私の顔をじっと見つめている。観察するような、値踏みするような視線。


「殿下、こちらにいらしたのですか」


別の声が割り込んだ。近衛騎士だろう、正装の男がアルヴィン殿下に歩み寄った。


「ああ、少し息抜きをしていた」


「陛下がお呼びです」


「わかった」


アルヴィン殿下は私から視線を外した。けれど、去り際に小さく呟いた。


「また会おう。面白い目をした使用人」


その言葉を残して、王子は人混みの中へ消えていった。



私は壁に手をついて、呼吸を整えた。


見抜かれた。完全にではないにせよ、異質だと気づかれた。


アルヴィン第二王子。放蕩者を装っているが、あの観察眼は本物だ。


危険な人物かもしれない。


けれど今は、姉のことを優先しなければならない。


私は再び広間を見渡した。姉はまだ貴婦人たちに囲まれている。笑顔を浮かべているが、目の奥に疲労が見える。


必要な教育内容は把握した。政治、外交、各家の力関係。それらを、どうやって姉に届けるか。


直接会うことはできない。私は「存在しない」人間だ。


ならば、別の方法を考えなければならない。


私は夜会の喧騒の中、静かに計画を練り始めた。


姉を守る。そのために、影として動く。


アルヴィン殿下の視線が気になったが、今は考えないことにした。あの人物が何者であれ、私の目的は変わらない。


セレスティナは既に動き出している。


時間がない。

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