第2話 序列最下位の魔導学院
大きな扉を押し開けると、そこは想像以上に華やかな魔導学院の講堂だった。天井は高く、魔法陣が浮かぶガラス窓から柔らかな光が差し込む。空気には魔法の香りが漂い、学院の生徒たちの期待と緊張が入り混じっている。
エリス・サンドフォード(偽名:エリナ・サンド)──元侯爵家次女の身分は隠し、平民として序列の低い生徒として学び始めた。入学初日、配布された座席表に目を落とすと、彼女の名前は最下位グループに記されていた。
「ふふ……まあ、当然ね」
エリスは自分を奮い立たせる。才能があることを、誰もまだ知らないだけだ。
講師が講堂の中央に立ち、低い声で宣言する。
「今日から君たちは、この学院で魔導を学ぶ。序列や家柄は関係ない。力こそが評価される──」
それでも、隣の席の貴族生徒たちは冷ややかな視線を送る。
「見ろよ、下位グループか。平民め」
「何様のつもりだ、序列も知らずに……」
胸がぎゅっと締めつけられる。しかし、エリスは顔に笑みを浮かべ、静かに答える。
「……そう見えるなら、せいぜい楽しんで」
最初の授業は、魔力測定と基礎魔法の実習だった。
魔力を正確に制御することが求められるが、序列下位の生徒たちはすぐにミスを重ね、講師から叱責される。
その中で、ひとりの剣士見習いが声をかけた。
「君、手つきが違うな」
剣士見習いのリオ・カスティール──身長は高く、屈強そうだが、目の奥には柔らかさがあった。
「……少し、慣れているだけです」
エリスは素直に答える。
さらに、薬師志望のセリーナ・ラフィールが近づき、手元の薬草を差し出す。
「混乱を抑える鎮静草、必要なら使って」
そして、誰もが気づかない静かな存在──謎の転校生カイ・レンヴァルも、遠くからエリスを観察していた。表情は読めないが、その視線は鋭く、何かを企んでいるようだった。
学期初の小規模試験が行われた。内容は「精密魔法制御」──小型の魔法陣に正確に光のエネルギーを注ぐ課題だ。
エリスは力を抑えつつ挑戦したが、序列の低さと初めての環境の緊張で、思わぬミスをしてしまう。
「……こんな、はずじゃ……」
彼女の魔法は半分しか制御できず、光は暴走して机を飛び越え、近くの生徒たちを驚かせた。
講師が眉をひそめ、厳しい口調で告げる。
「エリナ・サンド、力はある。だが制御もまた、魔導士の本質だ」
周囲の貴族生徒は嘲笑し、エリスの心は一瞬、折れそうになった。
しかし、リオが肩を叩く。
「大丈夫、次は上手くいく」
セリーナも微笑む。
「焦らないで、誰だって初めはそうよ」
仲間の言葉に、エリスは小さく頷く。悔しさと誇りが混ざり合う感覚──それは、これからの戦いへの、最初の火種だった。
夜、寮の窓から星を見上げるエリス。
侯爵家で味わった屈辱、追放の孤独、そして仲間との初めての絆が交差する。
「……必ず、私の力を証明してみせる。誰にも負けない、最強の魔導師として」
異世界での自由な生活──そのために、最初の一歩を踏み出した瞬間だった。