プロローグ第1章 「二つ名は『赤眸の射星』、ジャッカルと罵られた少女エージェント」
弾倉を改めて確認し、間髪入れずに射撃の為に姿勢と呼吸を整える。
ツインテールに結った黒髪の動きで、戦場を吹き抜ける風の流れを的確に把握しながら。
そうして銃把をしっかり握って照準を合わせたなら、後は静かに引き金を引くだけ。
何しろ今までの十六年間の人生において、何度となく繰り返してきたからね。
その動作パターンは全身の運動神経に完璧に刻まれているんだ。
高二にして佐官階級の特命遊撃士となった今では、もはや私こと吹田千里を構成する一部と言っても過言ではなかったね。
「アッハハ、食らいなよ!」
空気を引き裂く鋭い銃声に、鼻腔を刺激する香ばしい硝煙臭。
どちらも身体にシックリ馴染んだ感覚だったし、尚且つ至って心地良い物だったの。
そしてその次の瞬間に確認する事が出来た戦果もまた、今まで通りに私を満足させてくれる素晴らしい物だったよ。
「ぐっ…!」
「がっ!?」
断末魔の短い呻きを漏らして身体を仰け反らせた二人組が、無様にも吹っ飛んでいく。
眉間に黒々と穿たれた風穴から、まるで間欠泉のように鮮血と脳漿とを盛大に吹き出しながら。
そうして力なく横たわる肉塊と成り果てた敵兵に駆け寄った私は、無防備な首を思い切り踏み潰してやったんだ。
こうしてトドメを刺してやれば、後顧の憂いもなく安心して戦えるって物だよ。
「よし、それでは…」
通常ならあり得ないおかしな方向へ首を傾けた醜い肉塊と、靴裏から伝わる骨の砕ける音と独特の感触。
それらの成果への満足感もそこそこに、私は主目的に取りかかったんだ。
すっかり血の気が失せて青ざめた顔に、どんどん体温の冷めていく身体。
常人ならば怖気と吐き気を催す屍達は、今の私にとっては貴重な獲物だったの。
「う〜む、コイツらもか…さっき仕留めた連中の持ち分が殊更に少なかった訳じゃないんだね。」
死体が着ている戦闘服の各所を漁りながら、私は舌打ちを繰り返していたんだ。
拳銃は安物のデッドコピーだし、軍用ナイフの切れ味もちょっと心許ない。
オマケに予備の弾倉も手榴弾も必要最低限って有り様だもんね。
こんな貧弱な装備で戦っているだなんて、敵兵とはいえ惨めで可哀想になっちゃうよ。
これなら我が人類防衛機構の特命遊撃士養成コースに在籍している小学生の子達の方が、遥かに充実した装備を持っていると言えるだろうね。
とはいえ相手が敵である以上、同情する気になんかなれないんだけど。
「兵員個人の携行している弾薬の量だけを見ても、やっぱりテロ屋風情の台所事情は私達みたいな正規軍と比べて厳しいんだ…人類防衛機構っていう盤石の組織の正規兵として戦えるって、とっても幸せな事なんだね。」
そうして少佐階級の特命遊撃士としてのパーソナリティに改めて感謝しながら、私は敵兵から奪った弾倉と予備の拳銃を満州服の内ポケットにしまったんだ。
背後に迫りつつある敵の気配に、最大限の警戒を払いながらね。
「畜生!偽王女の奴、ここにいやがったか!」
「コイツ、我々の仲間の銃と弾薬を…この死体漁りのハイエナ女め!」
どうやら私が死体から武器弾薬を略奪していたのが、余程に頭へ来たみたい。
憎悪に満ちた怒号から数秒遅れて轟いたのは、軽機関銃のリズミカルな銃声だったんだ。
「へえ、薄汚いテロ屋風情の癖に友達思いなんだ…だったら返してあげる!」
そう吐き捨てながら皂靴の爪先で死体を蹴り上げると、私は姿勢を低くしながらダッシュを仕掛けたの。
たとえ弾丸雨注の戦場であっても、何処へ飛んでくるかが分かれば何て事はないんだよ。
そんなの分からないなんてのは、平和ボケした民間人だけに許された甘えだね。
それだったら、分かるようにしてやったら良いだけの話じゃない。
「あっ!コイツ、仲間を盾に!」
咄嗟に動く標的へ銃口を向けてしまった敵兵が声を上げた時には、もう遅かったの。
何しろ肉弾戦が可能な距離にまで、私の接近を許してしまったのだから。
「よし、貰った!」
そこから先は、言わなくても分かるよね。
要するに、分捕ったばかりの弾倉が早速役に立ったって訳だよ。
しかもヘッドショットで仕留めた訳だから、無駄撃ちもなかったね。
「それ、もう一発!」
そうして事切れた敵兵の脳天を振りかざした銃把で粉々に叩き割り、私の闘争本能は心地良い程に高ぶっていたの。
やっぱり実戦ってのは、こうでなくっちゃいけないよね。
そして次の瞬間には、私は更なる高揚感を満喫する事が出来たんだ。
「おっ、良い物持ってるじゃない!貰っちゃうよ、君の生命と一緒にね!」
脊椎と首を踏み砕いてやった敵の骸に笑いかけながら、私は目的の品を手に入れたの。
この両手にかかる重みと存在感は、実に頼もしい限りだよ。
そしてその実力と真価を確認する機会は、間髪入れずに訪れたんだ。
「いたぞ、アイツだ!」
「アイツ一人の為に、複数の小隊が壊滅したのは本当か?!」
軍靴の響きと怒号が入り混じった大音声を聞いていると、もうワクワクしちゃう。
これから起きる事を考えちゃうとね。
「さあ、お客さん達!派手に踊っちゃってよ!」
大挙して現れた哀れな獲物達に、私は軽く笑いかけたの。
そうして奪い取ったばかりの軽機関銃を構えて、薙ぎ払うように掃射してやったんだ。
「ガアッ!」
「ゲフッ!」
間断なく鳴り響くリズミカルな掃射音と、合間にアクセントとして挟まれる敵兵共の不揃いな断末魔。
この戦場ならではの極上の音楽を最後まで享受出来るのは、奏者である私ただ一人。
何とも贅沢な話だよね。




