ニセモノが聖女を演じた結果
「偽聖女エリシア、よくもいままで我々を騙してくれたな――」
「そんな……何かの間違いです! こんなことがあるはずが……っ」
王宮の大広間で、王子の前に跪く少女がいた。
長年聖女として国に仕えてきたエリシア――彼女は粗末な白いドレスで、蒼白な顔で震える唇をかみしめ、王子の冷酷な言葉を必死に否定しようとする。
「お願いします、もう一度試させてください――」
エリシアが再び力を使うも、『聖なる審判』の結果は変わらない。
「そんな……」
王子の持つ聖女判定のためのオーブは、何の反応も示さない。一筋の光すらも宿さない。
それは彼女が聖女でないことの証左となる。
「もはや王国にお前の居場所はない。聖女の称号を剥奪し、国外追放とする!」
エリシアは何かを言おうとしたが、声になっていない。
混乱し、どうすればいいかわかっていないのだろう。
大広間内の貴族たちがざわめいていた。
そんなはずはない、と信じたい者たちもいるだろう。
――聖女の奇跡の力を使って、贅沢に溺れていた貴族たちは。聖女が偽物だったとしたら、その力が使えなければ、自分たちはいったいどうなるのだろうと混乱しているだろう。
ヴェルニカ――エリシアの妹は、その光景を見てほくそ笑んでいた。
そして、満を持して大広間に足を踏み入れる。豪奢なドレスに身を包み、金色の髪を揺らしながら、堂々と。中にいた全員の視線が、ヴェルニカに注がれる。
「――お姉様、みっともないわよ」
「ヴェルニカ……?」
戸惑うエリシアの視線を受け、ヴェルニカは微笑む。
そして王子の元まで歩み寄り、当然のように『聖なる審判』に力を注ぐ。その瞬間、オーブは眩い光を放った。
「――これからは、わたしが本物の聖女よ。お姉様、長い間お疲れさまでした」
驚きに目を見開く姉を見下ろしながら、ヴェルニカは静かに笑う。王子の腕に指を絡ませながら。王子は驚く様子もなく、むしろ当然のようにヴェルニカを見つめ、笑っていた。
「長い間わたしの力を搾取して、本物の聖女のように振る舞ってくださいましたね」
「ヴェルニカ……あなた……」
「あの頃のわたしは幼かったから、お姉様にすべてお任せしてしまいましたけれど……これからは、わたしが聖女です。皆様、ご安心ください」
貴族たちに向けて宣言すると、彼らは安心したように表情を緩ませた。
ヴェルニカはエリシアに向き直る。
「お姉様、騎士を一人付けますので、国外で自由に過ごしてくださいね」
――そうして偽聖女とされたエリシアは、たった一人の護衛騎士だけ連れて国外に追放された。彼女を惜しむものは誰一人いなかった。
◆◆◆
ヴェルニカが新たな聖女となり、王国は歓喜に沸いた。
(まさか、こんな簡単にいくなんてね)
ヴェルニカは喝采を聞きながら、笑顔のまま内心で呆れていた。
この国は聖女が生み出す奇蹟の力――神聖力で支えられている。
それが清浄な水を湧かせ、豊富な作物を実らせ、魔族を近寄らせず、特殊な葉と一緒に加工すれば幸福感を得られる練香を作れる。
聖女という、一人の女性に依存する歪な国――それがこの国だ。
だというのに、人々は聖女を心からは敬わず、貪り、利用する。長年酷使されたエリシアはボロボロだった――……
美しかった髪は色褪せ、痩せこけ、時に血を吐いていた。
(お姉様は、そんな扱いをされていい人間ではないのよ)
幼い頃、エリシアの奇跡の力によって死の病から救われた時、ヴェルニカは決意した。
――今度は自分が姉を助けるのだと。
ヴェルニカは何年もかけて協力者をえながら、聖女の力について調べた。神聖力を保存する方法。その活用方法。そして何年もかけてこっそりと姉の神聖力を集めた。
そしてそれを聖女が祈りを捧げる『祭壇』に設置し、無事稼働することを確認した。
――ここまで、五年かかった。
更に年月をかけて垂れ流される神聖力を集めた。
そして同時進行で、男性の好む髪型や化粧、服装、所作を何年もかけて磨き続ける。
そしてある日、王子の視線が自分に注がれていることに気づいた。
それを確認後、最後の仕上げに『聖なる審判』に使われるオーブを差し替える。聖女の力にではなく、ヴェルニカの魔力に反応するものに。
――そして、王子に囁いた。「私が本物の聖女なのです」と。
神聖力のストックは、一年ほど持つ予定だ。
ヴェルニカはその間に協力者たちを国外に逃がした。
――もうこの国は終わりだから。聖女を食い物にして堕落しながら存続する国、消えた方がこの世のためだから。
協力者たちの持つ技術は、きっと他国でも役に立つ。
――そうして一年を待たず、運命の日が訪れる。
王族も、貴族も、庶民たちも、聖女の奇跡を当然のものとして乱用したことで、神聖力のストックはあっという間に尽きた。
人間の欲望というものは、本当に果てがない。
作物は枯れ始め、水には泥が混ざり、練香も作れなくなった。更に、魔族が結界の外から押し寄せ始めた。
そしてついに貴族たちがヴェルニカのところに押し寄せる。
「聖女様! なぜ奇跡が弱まっているのですか?」
「このままでは、国が滅びてしまう!」
ヴェルニカは祭壇にもたれかかりながら、くすくすと笑う。
「ようやく気づきました? わたしが偽物だということに」
――本物の聖女を追放したことの愚かさに。
◆◆◆
――偽聖女ヴェルニカの処刑は即日決まった。
偽聖女を殺せば、新しい真の聖女が現れるはずだと、誰もが信じているようだった。
ヴェルニカは焦らなかった。『聖なる審判』を行える本物のオーブは破壊している。もう、哀れな聖女は現れない。
ヴェルニカは何も語らぬまま、処刑の日を待つ。
その日は、よく晴れていた。
まるで神々の祝福のように、青空が広がっていた。
広場には民衆が詰めかけ、罵詈雑言を溢れさせていた。
貴族や王族たちは、少し離れたところから恨みのこもった眼でヴェルニカを見ていた。
そして、ヴェルニカは処刑台に立たされる。
手を後ろ手に縛られたまま、観客たちの前に跪く。ほくそ笑みながら。
(――これが、わたしの勝利)
処刑人がヴェルニカの後ろに立つ。
「聖女の名を騙った罪、ここに裁く!」
処刑人が剣を振り上げた、その時――
鈍い、音がする。
ヴェルニカは身を固くしていたが、いつまでもその瞬間は訪れない。
そっと目を開けると、観衆たちも何が起こったかわからないように呆然としていた。
次の瞬間、ヴェルニカの手枷が斬られて両手が自由になる。
その勢いのまま前に倒れかけたところを後ろから抱えられ、そのまま抱き上げられる。
黒髪黒目の精悍な騎士の顔が、すぐ近くにあった。
「――ラグナス?!」
追放された姉エリシアにつけられた、たった一人の護衛騎士。
そして、ヴェルニカの最初の協力者。
「――出るぞ」
「――ちょっと?」
処刑人たちは気絶して倒れていた。
民衆は呆然としている。
都を守っていた城壁の一部が派手に破壊される。
「もしかして、魔族?」
「それは既に掃討してある。あれは、エリシアが率いる制圧軍だ」
ラグナスは何でもないことのように言いながら、ヴェルニカを抱えたまま広場を駆け抜ける。
「あなた、お姉様に計画を話したの?!」
抱えられながら声を上げると、ラグナスは息も乱さず答えた。
「彼女は最初から気づいていた。君が、姉のためにやったことだと」
「――――ッ」
「逃亡先の国で王子に見初められ、君を助けるための軍を動かした」
「……さすがお姉様。この国はもう本当に終わりね」
他国に占領されるか、都ごと滅ぼされるか。
追放した真の聖女に滅ぼされる――とてもいい終わり方だった。
「助けてくれてありがとう。でもここで置いていって」
偽りの聖女は国と共に滅びるべきだ。
多くの人々を騙し、国を滅亡させたのだ。新たな場所に行っても罵られるに決まっている。自分への罵詈雑言は聞き流せるが、それで姉やラグナスたちに迷惑をかけるなんて耐えられない。
「それはできない。多くの協力者たちが、君を待っている」
「……そんな……」
「そして俺はもとより君の騎士だ。君の命令であろうと、もう二度と手放すつもりはない」
「なによそれ……」
目に涙が浮かぶのを感じながら、ヴェルニカはラグナスに抱き着いた。
「――よく、頑張ったな」
「…………」
優しい声に胸が震え、とうとう涙腺が崩壊する。
これからは、聖女でも偽聖女でもない日々が、きっと待っている。
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