モヤっとした話
※少し差別的な言葉を聞いた話です。その言葉を書きたくないので、ぼかします。ちゃんと聞いた言葉をハッキリ書いた方が、私の受けたショックが伝わるのですが、悪い言葉って誰かが真似しそうじゃないですか。
その言葉を無かったことにするのがダメ、って言い分もあるのですが、今回は、皆さんも私と一緒に、何なんだ、その言葉って!って、モヤっとして下さい。
歳をとる、という事は、素敵な事であると同時に。恐ろしい事でもあるな、と思います。
親戚のおばあさん(90歳代)と話をした時の事です。
おばあさんは、息子を、この歳になってから亡くしました。おばあさんの歳が歳ですから、息子もそれなりの歳です。まだまだ生きて頑張れたよ、早かった、と周りは思うけれど、早すぎて切ないほどではありません。ただ、順番が違うから、そこは切ないよね。
おばあさんにとっては、大事な息子が亡くなったので、それは、それは、きっと、心の中が騒めいているのでしょうね。
ウチは、その親戚のおうちに、お葬式には行かなかったので、ちょっと幾らか包んで、仏壇を拝みに行かせてもらったんだったかなあ。
おばあさんの家の近くに独立した息子は、奥さんも亡くなっていて、子供はもう外に出ていて、無人のおウチ。おばあさんと、もう1人の息子とで、管理していて、鍵を開けてもらって、遺影があるところで、ちょっとテーブルに座って。皆で、お話しました。
亡くなられた方の話をしみじみするのは、遺された者たちの弔いの仕方であるでしょう。
おばあさんは、とても元気で、その頃も畑をやっていたりするほどだったので、お喋りも闊達でありました。
亡くなった息子の自慢話です。
よくできた息子だったと。
こんな事をしていた。立派にお勤めした。話していると、それを呼び水に思い出されるのでしょう、口を挟む間もなく、おばあさんは、自分の思いのままに話をします。
うん、いや、元々自分の話を、聞いている人の応えを待たずに、バーって話すおばあさんだったかもしんない。勢い。
息子は、勤めあげた後、こんな事もした。
おばあさん:
「(差別用語 知的障がいの子らをさす言葉)たちの施設で、色々お世話したりもしたんだよ〜。」
私:
「……!?」
話の流れで、息子が、他者のためになる公務員として、立派に勤めて退職してからも。そういうハンデのある子たちに真摯に関わって頑張ってきた、できた息子だったんだ、人格者だった!という、いい話ではあるものの。
その、差別用語どうなの。
サラッと言われたし。
「待って待って、(差別用語)はないでしょう。今は、そういう言葉を使わないんだよ、おばあさん!」
とは言えない雰囲気でした。そして勢いのある喋りは止められない。何度も(差別用語)を言うのです。
ものすごくモヤっとした。
90歳代のおばあさんからしてみたら、彼女の時代、田舎では、その言葉は、特になんでもない、当たり前の言葉だったのでしょう。だけど、その事自体が、昔はそう言ってたんだな、っていう、差別の視点があった事を感じさせます。
おばあさんに、今はそう言わないんだよ。と言えたら、モヤっとしなかった。
だけど、90歳代のおばあさん。
もう、多分、こっちの話を聞く、なんていうか余白っていうのがない、お年寄りです。そして、価値観の認識を、今からでも改めてくれるのか?それを、その、やっつけの、たまにしか会わない、遠い関係の私たちが、できるのか!?
と言ったら、やっぱり出来ませんでした。
日本人的に。
うんうん、あー、そうですねぇ、そうだねぇ、うんうん、息子さん凄い人だったねぇ、早く逝っちゃったねえ、うんうん、と。
めっちゃ頷きながら、心の中でモヤっとしているしか、なかったのです。
くっ。こういう時、勇気が足りないと思う。
思考としては、思うのです。
高齢者だからって、新しい言葉や、今の時代に沿った、障がいがある方たちへ、他者への見方を学ぶのは、もう無理なんじゃん、て諦める事は。私たちの方の、傲慢なのでは、怠慢なのでは、勝手な決めつけなのではないか。
でも、やっぱりこうも思う。
年寄りは、もう、しょーがねーな。諦めてこちらが受け入れる。流す。
歳をとるのは恐ろしい事です。
自然に、自分が生きていた真ん中の時代には、何でもなかった言葉や概念が。今、時代が新しくなればなるほど、それは社会が進化しているからともいえるのですが、それってダメじゃん!になっている。
おばあさんの事を言うけど、私だって、きっと、将来は色々と今から取り残されるのです。
老害って言うけど、自分がそうならない、いつまでも柔軟に、新鮮な学びを、周りから吸収して成長し続けられるか。どこかで、立ち止まってしまわないか。気持ちはあっても、身体も心もしんどく、いつしか新しい見方を取りこぼしていって古くなる。
きっと、全てに対応はできないのです。自分が思ってもみなかった所で、それダメ!がある。怖い。
だけど、きっと。
「年寄りだから、しょーがねーなー。」
という、ちょっとこちらも差別的で下に見ている感じはありますが、その分、甘く見てくれる、ってやつが、あるのかなぁ……。
あんまりキツキツに、突き詰めちゃうと、雰囲気がトゲトゲしちゃって、正しいかもしれないけどそれはどうよ、という事もあり……。だって私たちは生きているのだから。
その人の生き方にもよりますが、ずっと、ゴウッと燃えて正しさに戦って生きたい、って人ばっかりじゃなくて、ある程度で、ほどほどで、毎日穏やかに幸せに、そんな時間をもって、それなりに生きたいじゃないですか。
うん、モヤっとするのです。
このモヤっとは、多分、ちょっとずつじゃないと、解消されないのです。孫とかが、「ばあちゃん(差別用語)は、ねーだろ。」とか軽く言ってくれる、とか、必要だと思います。
若い者の方が、若い見方をできるでしょう。だけど、年寄りはダメよな、おじさんおばさんはダメよな、若者は分かっちゃいねー、と。
その世代世代だけで固まって理解し合わない、ってのは、なんか、社会の進化、良くなった所が、広がっていかない感じがあります。
それなりにほどほど関わりつつ、だけど、激しすぎもしない、緩やかな関わり合い、が、あると良いなあ、なんて思います。学びは上の世代から降りてくる事も、下の世代から伸びてくる事も、あると思う。
理想はそうだけれど、同時に。
あー、だから人は、老いて死ぬのかもしれぬ。
と、私は思っちゃったりもしました。
全てを若返って新しく学ぶ事は出来ない。どこかで、停止してしまう、滞ってしまう、日常をやっていく、淡々と、静かに、終息していく。
それで良くなってしまう。生きていくだけで、大変なのだから。
だから新しい人に生まれてほしく、そして、古い者は終わってゆく。
分からない年寄りは死んじゃえよ、という話ではなくて、伝わると良いんですが、良く言うよね、バトンタッチだって。そんな感じ。
モヤっとを抱えたまま、生きていけるようになると、次の時に、少しだけ、違う事ができるかもしれないから、頑張ります。
もう一つ、モヤっとした話。
ご近所のおばあさん(90歳代)と話をしていて、彼女が言いました。
「ウチの前の通りを、そこの会社まで歩いて通っている人がいるんだよね。家族と歩いててさ。」
「あー、それは私かもしれないですねぇ。」
その会社に勤めているし、散歩がてら家族が良く迎えに来たり、送ってくれたりしていた。今はしませんが。
「あれだよ、(差別用語 知的障がいの人を指す言葉)だよ。家族がついてってるけど、最近は、一緒じゃないね。私は近所の事、良く知ってるんだ。」
うん。
私です。私ンチの事です。
おばあさんは、当の本人に、噂話として、こんな人がいるんだよ、と言ってきた。
私は知的障がいではなく、精神障がい者ではありますが、あれだ、そうだよね、別に、どんな障がいですよとご近所中に言った訳じゃありません。それでいて、無職で症状があった時には、独り言をぶつぶつ言いながら、外をウロウロしてたりしたんですから、そりゃあ、ご近所では。
「あの人は、普通の人ではないね。」
といった話になるでしょう。
でも、そっか、そーか。
(差別用語)か。
噂話って正確じゃない、アテになんねーな。と少し思ったし。
自分の中で、(差別用語)と思われていた、というのが、何かモヤっとします。
それは、知的障がいの方を、私も差別しているのではないか?私の方がまともだと思っている気持ちがあって、下に見られた的な気持ちか!?
と、自分の中さえも、モヤモヤとします。変なプライド、嫌だな。モヤ。
家族が「散歩がてらだよ〜。」とか言いつつ、送ったり迎えに来たりも、当時、私がちゃんとした社会人じゃないみたいで、実はモヤっとしていた。認められてない感があったのです。でも、私は大人である。
「私がナメられるだろ!」的に、多分少し家族の心配と、あとは家族の散歩気分に付き合えない余裕のない自分は嫌で、まぁ、しょうがないよネ、と。
それは、行き帰り、家族と過ごす時間としても、まあ、良い機会でもあり。十何年か後には、あの時、一緒に過ごせたな、と思う時間でもあり。
色々と感じていて、結果として。
思春期のように、家族、ついてくんな!なーんて、言えない私であったのです。
おばあさん、(差別用語)はねーぜ。
という、その言葉への、忌避感もあるし。
親戚のおばあさんの時に思ったような、あー、ここで。
「それ、私ですから!」ニッコリ
と言えたら、モヤっとしなかった。
だけど、ニコニコして、そうなんですかぁ、的に、黙ってしまいました。そして他の話をフって流してしまった。
うん、そのおばあさんも、人の話をちゃんと聞く余白は、なさそうだったよなー。高齢者の方、自分が喋りたい事を言うのに一生懸命で、人の話が入らない、って事は良くあります。喋りたい。とにかく、言いたい。聞いてない。それでも会話が成り立っている。あるあるです。
うん、勇気が欲しい。
とにかく私は、モヤっとして、そして、それを言ってしまえればモヤっとが残らなかったのに、何故言えなかったのだ。という事は、まああります。
だからエッセイに書くのだろうし、自分の中に残って、後々まで、どうするべきだったかな、こうならハッピーだったのでは、と考えられる事もあるのかな。物語にも、昇華する時もある。現実で、少しずつ、何かできる時もある、と信じたいです。
そして、その常に曖昧な途中の状態であるのが、この私、竹美津、であるのでしょう。
またモヤっとしたらお伝えします。
いいモヤっとがありますように。




