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物語は誰のものか


このエッセイを書くにあたって、他の物語を書かれる方の、読者の方との距離感のスタンスを、どのようであっても批判する気持ちはないし。

また、物語に、こうじゃない?ああじゃない?と感想などを寄せる読者の方にも、全く、どうするのが正しいんだ!などと答えを押し付けるつもりはありませんので、まず初めにそれをお伝えしておきますね。


逆ハーエンドということは。という短編を書いた際に、嬉しい事に思ったより沢山の方に読んでいただけて、反応もいただけた訳なんですが。

その際に、色々と、こうすると良いんじゃない?というご指摘などを頂きまして、それには、私の考えで、なるほど、と思う所は、うんうんと変更したり。変えたくないなー、と思う所は、そのままにさせてもらいますね、と穏やかにやり取りをしたりもし、ちょっと物語自体も、自分以外の視点から、ブラッシュアップできたとこもあるかなー、なんて思ったりもしました。


他者の意見て、本当、めっちゃ読まれてる作者さんでもなければ、そうそう頂けないんですよ。反応がないとこに書いてるのは、本当、自分に潜り込む修行みたいになってくるので、そりゃあ批判は頂きたくないですが、なかなかいつも嬉しくて。

本当のところを言えば、ご指摘を受けて直すのとかは、面倒だよー、自分で書き上げた段階でそれがベストだよー、自分のやりたいようにやりたいよ〜、って気持ちもあったりするけど。どうせなら他者の意見も飲み込んで、まるっと自分のものにしてやれ!的な、荒々しい野望が自分の中にもありまして。


だって、書いて他者に見せてる段階で、どなたかにその方の思うように、各々判断されてる訳なんでね、ちょっとでもトクしたい、何かがそこにあればいい、みたいな。


その後、自分が読者としてwebを彷徨っておりまして、作者と読者の関係も、色々あるんだなあ、と思った次第です。

ある作者の方が、色々反応いただいて、でも、物語のあれこれは自分で舵取りをしますね(概略)、と書かれていたのをちょっと見て、多分、物語を書く事の責任みたいな事を、他者に転化しないで、揺れず自分に一本芯を持って描かれるって姿勢に、おおおおお!とちょっとしびれました。

webだと読まれる方の年齢層も、若い方からご年配の方まで、性別もご職業も、経験も、それぞれな方が色々いらっしゃって、目の前に人を対している訳ではないから、人となりを判断できる情報が少ないままに、ワンアクションが気軽にできてしまいます。

だから、本当に色々な、自分の気持ちに沿う、良いだけ、ではない反応が、それも、明らかに悪質な訳ではなくて、でも、読者の方の気持ちが、その方個人の視点で、作者の方には、ぽん、といきなり届いていると思うんですよね。

確かに、いちいちそれを気にして、そうだねそうだね、と揺れていたら、物語は崩壊してしまうのかもしれません。


書いてる本人には、物語のその先にどうしていこうか、とか、ここはこうするのが自分の表現としてしっくりくる、とか、書きたい事が色々あって。その筋道は、どう生きるかみたいな、沢山の中から、これだ!と自分で選んだものだから、あれこれ揺れたら自分のものじゃなくなっちゃう、なんて事もあるのかも。


私はそこがそんなには芯がしっかりしてなくて。詰めていくようなつくりの物語を今、書いている訳でもないので、飲み込んで昇華しようなんて大それた事を密かに思っている訳だけど、大人気で人の声の多数の圧に晒されたら、多分、ひえええ〜!としょぼしょぼなっちゃうかもしれません。

そう、今の、それほど注目度が高い訳でもなく、ほどほど読んでいただけてる、っていう快適な位置だから、そんな事言ってられるのだ。


物語は誰のものか。

ある人はパーソナルなものだと言い、他者にどうこうできないものだと言う。


私は……、それもその通り、と思うけれど。

webで書いている、という事もあって、読者と作者の関係は、もう少し干渉し合って半々くらい?3対7くらい?でも良いかなあ、なんて、自分に関しては、思います。

これ、それぞれの作者さんで違って良いと思うので、あくまで私は。


紙媒体の書籍ならば、キッチリ個人で作り上げる、で良いのでしょう。文字量に制限もあるし、その中での山谷の組み立てもある。読者の方が、全て気軽に反応しているとは言わないけれど、書く時は色々な事を考えてそうなっている、って事があるので、ご指摘いただいてもそのようにはできない、なんてのは普通にあると思います。


でも、修正がいつでもきいて、文章量も制限が広くて、今の反応を反映するwebでの物語なら、やっぱり媒体が違うなりに、それに合った物語の書き方ができて、利点も欠点も、作者の方の思うように。

それには、少し、物語の作者と読者と、携わり方の関係の比率を変えても面白いかなあ、って思います。


ある作者さんの、web連載の物語を、面白く読んでいて。それが紙媒体の書籍になったものが、webにリニューアルされて拝読させていただいた事があるのですが。

あれ、なんか、初出より勢いが失われてないか?面白さが減ってない?パロディの遊びがまろやかになってない?確かに、書籍版の方が整っているんだけど。


と思った事があります。

書籍には書籍の、つくり込む良さがあるんだけど、最初にweb版初出の方を読んでいた、出会いの驚き、面白さも関係してるでしょうが、私にはちょっと、あら〜、ってしょんぼりと思えたりもしたのです。勿論私の主観であって、その方の書籍の面白さを否定する訳でもないんだけど、比べたら私はweb版の方が好きだった。とりとめもない、整っていない、勢いのある、ギリギリ各方面著作権に抵触しない遊びのある、その物語を。


今、私が、そちらで遊べる方法を気に入ってるのだ、というのもあるかもしれませんね。

自分自身はビビりなので、著作権に抵触しないように気をつけて、ハラハラしながら腰引き手探りで色々書いてるんで、他の作者さんにどうこう言えるもんじゃ決してないのだけど。読者としての私って、勝手なものなのです。


紙媒体で、本を、どこかの出版社で出すとなった時、物語のあれこれを、こうした方が、ああした方が、って出版社の方とあれこれするのかなあ、と想像します。

私自身はそういう経験は全くないし、賞に応募したけど受かるとも全く分からなくて、原因不明の午前中のだるさなんかもあって、そんな未来は不遜なのかもしれないんですけれども。

でも、そういう事があったとして、物語の運転席に座っているのは、私な訳ですよね。


色々と反応いただいて、揺れたとしても、それを取り込んで昇華するも、ご意見は受けるけれども自分の書きたいやり方を崩さないと決めるのも、私の責任。最終的な物語の責任は、作者にあります。


だから、読者と作者の関係は、webだったら3対7かな、で、でも最終決定は私がします、が今の無理ない私のしっくりくる感じですかね。


揺れても大丈夫になるには、体幹がしっかりしてないといけません。

揺らがないのではなく、揺らいでも崩壊せず、いい方向にいく、って、それはそれで、しっかり芯がある、個性がある作者さんの素晴らしさとはまた違った方向で、腹に力のいるものなのかも。

いや、むしろ力を抜いて日々、繋ぐように、ベストじゃなくベターを書くのもやり方かもしれません。短編を書く時と連載を書くやり方も違いますよね。

渾身の力を振り絞るのは長続きしないので、休み休みとか、その都度ギュッとするとか、今日はこれでいいかぁ、なんて日も、作風と物語によっては、ありかもしれません。なんせwebは簡単に修正できるのと、常に前に前に、欠落があっても物語を紡いでゆくのが勢いとなる媒体でもあると思うから。


物語は誰のものか。

私のものでもあり、あなたのものでもあります。私も読者なので、キラキラと心の中に溜めておく宝物のような、他の作者さんの物語を思う事もあります。それは、私が書いた訳じゃないけど、私の中では、私のものだもんね。


読者と作者の関係は、それぞれの星の数ほど、多様で、本人たちが了承するなら、そして何か悪い事に関係してなければ、自由であってかまわないかと思います。

ただ、その作者さんが、どこまで何を許してくれるかは違うので、そこは最終的に責任をとるのは作者さんであるからこそ、読者は、こうじゃなきゃダメ!と押し付けたりは、しないで欲しいなぁ、とは思います。感想とは違いますよ?こうじゃなきゃダメ!は。何か感想が言いづらくなるのも好きじゃないので、こうだと良いなぁ。こうだと悲しいなぁ、とか、素敵だなぁ、とかは全然ありで、詳細に指定するんでもなければ、こうであってほしいよーって感想は言ってもいいんじゃないでしょうか。


物語は、全てが思う通りにはならないけど。それが気持ち良ければ、受け入れてもらえるし、すごく嫌なら読んでもらえない。試されているけれど、即斬!みたいなのは、読者の人に対しても、作者の人に対しても、ちょっと悲しいのです。


私は病があったりもしたので、読む物語は、良し悪しとは違ったところで、これダメ、これは良い、ってのが結構あった時期があって。

その時は敏感なので、ちょっとした物語の味の中での棘が、受け入れざる痛みに感じられました。

楽しみである読書が我慢大会になるのは嫌なので、今も、暴力的なものや、悲惨なものは、ダメだったりします。

でもこれって不思議で、ある方の物語の中での悲しみや、暴力的表現は大丈夫で、ある方のはダメだったり、同じ作者さんのものでも大丈夫なものとダメなものがあります。

色々読んで読みかけだったり、ダメだったのが時間がたつと良かったりも。


それって、全部、その物語のゆえなのか?といえば、自分の中の何かに、上手くしっくりくれば読めちゃうし、そうじゃないなら読めなくてダメ、となって、何というか、その物語のどこを受け入れるかダメかの判定は、読者自身に因があったりもします。

それを全部作者が、どうにかできませんか、と言われたら、無理だ、となりますよね。

客観的な意見も個人的な意見も、まぜこぜになってくるのが、物語への反応なので、いや、個人的な意見も面白かったりするけど。むしろ面白いけど。

大勢の中で、揉まれながら、自分を表現していく、というのを、作者の人は、他の多数の自分を表現する人と同じように、やっていく。

距離感が今までより近いのがwebで、だからできる事があるのかなー、そうしたいなー、って思います。


願わくばそれが圧倒的な数で押し寄せてねじ伏せるものではないといいな、とか、針のように刺すものでないといいな、とかは思います。

普通に生きてて、面倒な事も困った事も、自然とある世の中なのだから。

ちょっとくらい、色々な人とのやり取りが、自分の予想通りじゃなくても、最終的にうまいこといけば、万々歳じゃないかなあ、って私は緩く思っています。


という事で、感想やご意見をいただいたら、嬉しく思うし、私が書きたい方向じゃなく反応を頂いても、そうかそうか、と自分にしっくりくる範囲で、これならどうだ!と工夫して変えたり、第3の案を出したりして、大きな括りの中では取り入れた、って事にしようと思います。


物語、読者と作者は3対7。

全てにお応えはできませんが、もし、反応いただけたら、いつでも嬉しく思っています。

(反応しないけど静かに日々読んで下さってる方も嬉しく思っています。webだと読者数が日々分かって便利ですよね。)


















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