川の思い出
昨今ではあまり子供たちは川遊びをしないらしいのですが、地元には川が流れて親しまれており、昔人な私は子供の頃から良く、そこで遊んだものです。
今日は川にまつわる思い出を、取り留めもなく書きたいと思います。
地元は田舎であり、川としては上流にあたる方でありましょうか。
子供の頃は、現代のように、川が汚いなどの気持ちは全くなかったと記憶しています。
川での遊泳は、父曰く、大変気をつけなければならないものであり、急に深く、流れが速くなる場所があって溺れるんだ、と言い聞かされておりました。なのでもっぱら、遊びといっても遊泳ではなく、浅瀬での遊びです。
川原で石をひっくり返すとサワガニがいるものです。
甲羅をガシッと人差し指と親指で掴めば、ハサミでつねられる事もなく持つ事が出来ます。
サワガニは食べることができるようなのですが、子供の頃、食べるために獲ったのではありません。ただ、捕まえるのが楽しかったのです。
川の流れが緩い所に囲いをつくって、そこにカニを集めたりしましたが、持って帰ることはなく、最終的には逃していた、と記憶にはあります。もったいないね。
ご近所の大人に、食べられるんだよ、唐揚げとかで、って教えてもらって、ええ!?って思った記憶があります。なのに一度もウチでは食べなかったな。酒飲みがいなかったから、アテにする、という発想が家族になかったからかも。
また、川には雑魚と呼ばれる魚がいました。ウグイじゃないかな、と薄らした記憶で思うのですが、大きくはない魚なのに今検索すると大人の手のひらにバーンと大きなものの画像もあったりするので、合ってるかは分かりません。雑魚は、子供の手のひらにギュッと掴めるくらいの大きさのものが多かったのです。オレンジの線が綺麗で。
雑魚は食べました。
良く、ハラワタをとるお手伝いをしたものです。
包丁で、腹の所にピーッと切り込みを入れて、親指をグッと尻尾側から突っ込み、背骨に沿ってコリリリ、とハラワタをこそげ出すのです。
魚には浮袋があり、その半透明な白さや、ハラワタのヌルッとしつつもしっかりした感触、背骨のコリっとした感じ、そして生き物を解体し食べるために綺麗に洗う、鮮やかな生命の手応えは今も覚えています。
私は大人になってからも料理をしますが、食べるために獲物を整える、というのは一種の快楽があります。
料理そのものも楽しい事なのですが、獲った獲物を整える、というのは、猟奇的な気持ちよさ、というのでは全くなくて、ハラにしっくりくる、落ちるというか、何というか楽しみです。
これが唐揚げや天ぷらになって、生きていたものが、獲った事で自分の糧となり、ほくほくと嬉しい……難しい事を考えていた訳ではない子供の頃ですが、それが自然の恵みってやつなのかもしれません。
だから私は雑魚のハラワタ取りは、割と好きだったし、魚ってこんな中身なんだなぁ、とか確かめながらの作業に興味もあり、後ろめたさは全くありませんでした。
家族2などは、父がどっかで鯉を捕まえてきた時に、新聞紙に包まれて水から出て長いのにパクパク口をして生きているその様子が、何とも可哀想だと、鯉こくをつくった結果に大人になってもゲンナリしていたので。
子供の頃からの田舎暮らしだからといって、住む者のそういう生き物と食物への感受性は、本当にそれぞれかと思います。実際、私が子供の頃も、子供仲間のうちで、雑魚のハラワタ取り気持ち悪いからイヤだ、という子もいましたしね。
私はそういう意見に反発を覚えていましたっけ。獲ったのに食べないとか、気持ち悪いとか、ダメだろ!と思っていたし、その処理ができる自分は正しいと思っていた気がします。気持ち悪いとか、ケッ!って感じです。
大人になってみれば、まあ色々な子がいるよね、気持ち悪い子もいるよね、それぞれでヨシ!と思いますが。それでも、自分の中で、獲った獲物を解体するのは正しい、という気持ちは、今もあります。多分、目が冷たいんでしょうが、生き物を殺して食べるために整えるなんてのは、どこかにピシャンと切り替える、冷静な観察する部分がないと出来ない気がします。
良いとか悪いとかじゃなくです。
そういう気持ちが育ったのは、おそらく父の教えであったでしょうか。あとは今、理屈として頭に整理されてるのは、テレビや書物などの情報の影響かな。
実践と経験と情報の学習で、私の生命には、小さな事ではありますが、山川の自然のものを獲って食べる、豊かだと感じられる営みが、自然と共に心の底に刻まれています。
故郷の山川に対する愛着、育まれたものに関して深く感じたのは、精神の病を得て、地元に帰ってきて、あー息ができる、とホッとした時。私には帰る所がある、と強く思いましたね。
故郷は一度出ないと、その良さはなかなか凡人には分からないです。
雑魚は小さい方が美味しいのです。大きくなると、太い背骨が食感の邪魔になるからです。天ぷらにしても、今の豊かな食生活からすれば、そんなにめっちゃ美味い、ってもんでもないんですが、楽しく美味しく食べた記憶があります。
父は投網で良く雑魚を獲っていました。
手で投げる投網って、ちょっとコツがあります。ちゃんと整えて腕にかけて、そぅーれのエイっとなるべく広げるように体を捻って網を投げる。上手くいくとそれは綺麗な円状に網が広がります。
父は釣り好きで、若い頃は山に入ってイワナやヤマメを獲っていたそうなんですが、近所の川には流石にまだ上流気味とはいえ人の生活圏付近なので、それらの清流に住む魚はいませんでした。
父は暇があれば山に釣りにでも行きたかったんでしょうが、子供がまあいっぱいいたため、子供や家族を置いて、しかも金銭的に貧しいのに仕事に暇をつくって山奥の川に釣りに行くという事はしてませんでしたね。偉い。
父の自営業は、定期的な仕事の休みってなかったのですよ。もらえる仕事がない時に、働かないと食ってけないんだけど焦ってもしょうがないから、近所の川で子供を遊ばせながら、投網や雑魚釣りしたくらいでしたね。
そう、雑魚釣りは父に習いました。
竿と糸と錘と浮きと針。
餌は、その辺の石っころをひっくり返すと、細かい砂利を身に纏って石裏にへばりついている虫がいるので、それをムシっとして、砂利の袋から取り出して針に付けます。
ダメな人はそういうんもダメなのかもしれん。虫食った魚食うみたいな。私は気にしませんが、だって食べる前に処理する時、洗うじゃん。
都会派の人がいたらごめん。
田舎者は都会派の良さも分かるが、田舎の、虫とか、かぶれるボーボーの草とかの、自然の都合が良いばかりじゃないゴワッとした所がヤダって言われたら、かもねーだよねー、って言うしかないな。良いとこもいっぱいあるけど。
皆、自分の合ってる所に住めたら良いんじゃん、って今は思う。
釣りは静かに、魚のいるポイントにポチャ、と針を落とします。
投網と違って釣りは、掛かった時、手に魚の、くっ、ビビビ!という手応えがある所が、人の狩猟本能を刺激して快楽なのだと思います。
嬉しいもんねえ。
父が釣りをこよなく愛し、晩年アユ釣りにハマっていて。花の咲く群生地や、そういった観光地に、花なんぞ何が面白いもんか、と言って、他の家族の、綺麗だから素敵じゃん、みたいなブーブーに、ケッて感じで山川に親しんだあの感じは、男の狩猟本能快楽全開であったように思います。ちょっとひねくれてんだよね。少し私にも遺伝?影響?しています。
男が女が、ってあまり言うのは昨今ナンなのですが、個人差があるよということは重々承知しつつ、やっぱり家族親戚内でも、男女ってその行動や考え、嗜好傾向に違いがあるよね。あー、父は、狩猟をする男なのであるなぁ、と他の家族たちの違いとともに、ウンウンと思った記憶があります。とにかく釣り好きだった。あの、掛かった手応えが、たまらないらしかった。嬉々として子供たちに長っ話をしてたのを思い出します。
山のきのこや、山菜も獲ったし、昔人だから余計にそういう本能は、分かりやすく昔からの知恵としても、発揮しやすかったかもしれません。
子供の頃は、遊園地や遊び場へ外出など、家族で連れて行ってもらえる事が、まず無かったことに不満があったのですが、大人になってみれば、色々遊んでくれたよなぁ。学んだ事も色々あったな、って思います。
そんな川に、大人になると、まあ行かなくなるんですよね。子供がいるから出来ること、って沢山あるんだと思う。子供がいると川に行く。
お子さんがいるご家庭の方たちは、きっと子育てのご苦労もあるのだとは思います。現実は良いことばっかじゃない。
だけど、キラキラと輝く宝石のような宝物は、子供たちとの時間を共有する事でいっぱいあって、大人が世界を、子供の視線も感じながら愛しく再認識するための、大切な時間がそこには隠れているんだろうなぁ、って思います。
子育て中は必死だろうけど、やっぱりそれは、幸せの匂いがする。
他人である私に言われるべくもない事ではありますが、羨ましいなぁ、という、ほのぼのとした気持ちとちょっぴりの嫉妬コミで、子供たちとの時間を、もらえる事になった大人たちは、大切にしてね、って、ほんと、よそごとながら思います。甥っ子や姪っ子と接するのでさえ、嬉しい大変で上手くいかなかった私なので、偉そうな事は言えないんですが、今、子供のいない家族で生活していると、枯れてるなぁ、って思いますもの。夏も花火とかやんないし。
一度、やってみるかい!?って家族2に言ったら、年寄りと中年だけで花火して何が面白いんだ!火の始末も厄介だし煙は出るし!と夢のない事を言われて拒否られました。つまんなーい、あーあ。
子供がいないと出来ない事って沢山あるんだよー。
とにかく子供がいないと川へは行かない。
大人になり、私は家を出て、精神を病んで帰ってきて、あぁー家で寝てるだけで、夜、虫の声が、カエルの鳴き声が、木々の葉ずれの音が、フクロウのホーホー声がする。昼、草のサワサワする音も、鳥の声も。遠くの電車の音。早朝の鳥の鳴き声など、おしゃべりりりり!って感じで盛んです。田舎は音がします。ざわざわと生命の煩い音がいっぱいします。空気も違う。
病んでいるとめっちゃ敏感なので、物凄く感情の振れ幅が大きかった時があります。何でもない故郷ならではの事で、涙が出そうに胸が熱いのです。
一人暮らし、頼る所もなく、窓も少なくて閉鎖的なお部屋で、緑も少なくて、私には向いてなかったんだなぁ、って思いますね。呑気ものが都市で住むには、ちょっとスマートさや向いてる気性が足りなかった。それが分かって良かったと思います。
病で故郷に熱くなって、状態はふにゃふにゃで、陰性症状が出ていなかった時、川に行きたい、と思いました。
川に行ってないよな。懐かしい川に。
仕事もその頃してなかった私は、家族がほっといてくれた事もあって、自由に出掛けられました。
そうだ、川、行こう。
季節は長袖の厚めのシャツを着る季節でしたね。川では、子供の頃、岩と岩をぴょんぴょん飛んで、平らな所が少ない上流気味な川辺を自由自在に動き回った。
と、思って、子供の頃はここ飛べたなぁ、って岩を、飛んだ。ちょっと無理か?と思ったけど、飛びたかったんだ。
ドボン。
ふわぁ、と川の水は冷たく、身体は抵抗もなく沈みます。そこは川の流れも激しくない淵で、しん、と私は水を味わいました。落ちたなぁ、と。
溺れはしないですよ。そんなに深い川じゃないです。自分としては、故郷の川を味わったなぁ、子供の頃は飛べたのに、岩の位置も動いてたかもだし、あの頃より身体能力が劣ってるんだな、とちょい寂しく、失敗失敗、くらいの感じでしたが、帰ったら迎えてくれた家族に、びっしょり濡れた寒い季節の大人の私。不審だよね。
めっちゃ驚かれました。
一度一人で行ったら、そこそこどんな感じか満足したので、そう、私の故郷であり世界の再確認行為でもあったのでしょうね。二度言うけど、大人になって川に夏でもないのに落ちると、周りはめっちゃびっくりするよ。ごめん。
それから時間が経ち、姉の子、甥っ子や姪っ子たちと遊べる余裕が、きっと少しはあったんだろうなぁ、夏の季節、私は近所の川に甥っ子姪っ子を連れて行くね、って父と母に言いました。
なんか父と母は、渋い顔。
何でよ。私たちは、散々川に遊ばせたじゃん。何なら、一人で行ってくるねも全然平気だった、子供の頃。
しかし、私引率、という不安要素もあったのかな、と今なら思うのですが、父が後から追いかけてきて、川で楽しそうに蛙に石を投げて殺戮しようとした甥っ子を(うん、私はもう少しほのぼのとした遊びを想像していた。小ちゃい子って、ちょっと残酷ですよね)、帰りたくない遊びたいじゃない、と叱り、川は危ないからダメ!ってすぐに連れて帰りました。甥っ子頭叩かれた。私のせいか、ゴメンと思った。
何故?なぜ川ダメ?今の子に川ダメ?
と私は不満だったのですが、私が不安要素だったのと、自分の子供を昔のやり方で川に遊ばせに行かせるのと違って、今の川遊びに慣れてない子を。そして、責任が自分たちだけじゃない預かり子、孫である子供たちを、特に小さくてやんちゃな甥っ子を、川に連れて行くのは、その時代になると危険でダメな事だったのでしょう。川は、遊べる場所じゃ、なくなったのです。
甥っ子や姪っ子は、ゲームで。体験ではなく、知識としてトンボの名前を知っていましたっけ。
現実は知らないうちに変わっていきます。私はいつも置いていかれて、自分の認識と齟齬ができた時に、何故?とそれを、ぐにぃと押しつぶされたように思うのですが、それが気付きってやつなのでしょう。
気付きとは、パッと良い事思いついた、ってやつばっかりじゃないのです。
弟夫婦と姪っ子が、実家に顔を見せにきたよ、って時も、その時の私の状態は多分そんなに症状が高く出てる時じゃなく、落ち着いていてだと思うのですが、遊ぶ所もそんなに近くにないし、奥さんと小さい娘ちゃんを、やっぱり川を見に行こうと何故か話の流れでなって、連れて行った事があります。
その時は家族2もいたんだったかなぁ。怒られる感じではなかったのですが、帰ってから、弟の奥さんが、川に行ったよ、綺麗だったよ、って弟に言ったら。
「水を触った手を洗いなさい、あんなドブ川。」
と言ったのでした。
ええー!?
あんなに遊んだじゃん!?子供の頃!?ドブ川!?
子供の頃、水がふわふわ川底から湧き出ている所があって、私なんてそこの水一度飲んだ事もあったよ!?
弟の認識と私の認識の違い。
凄くびっくりしたけど……よく考えた。
私んち、生活排水を下水道とかで、都会みたいにどこかに集めてる水路が繋がってる訳じゃないよね。詳しくは知らないけど、それは、きっと、そしてうちの近所のお家たちも、排水は、川に、繋がって、いる……?
ううぅぅうう?
川は、私の郷愁を呼び起こす、愛着のある場所です。けれど、現実には、やっぱり、そうか、そんなに、綺麗な場所じゃなかった……んでしょう。
昔の私たちが、川に親しんだように、現代の私たちが川には親しめないのも、仕方のない事なのかもしれません。
川には今も、雑魚がいるのでしょうか。サワガニはいるのでしょうか。
人が遊ぼうと、遊ばなかろうと。
川はそこにあり、水が流れて、私の思い出も、ちょっとしょっぱくなりましたが、悪かった事だとは思い切れません。
川の音や水の匂いは、きっと死ぬまで愛しく思うと思います。
未来のここ、住んでいる地元は、川がもっと綺麗になって。
一人暮らししてた時の近所の、都市の川と違って、今でも別に汚れてる感じはしない川だけど、諸々の下水処理などがちゃんとなって。
川遊びを大人も子供も楽しく出来る、そんな場所になったら良いなぁと思います。
そうなれば、私の川遊びの思い出も、綺麗に昇華できるんじゃないかな、なんて。
ところで、ある時、テレビで川に遊びに行った現代の少年たちが、石をドボンとどれだけ遠くに投げられるか(確か)競争をしてたのですが。
そこは石で水切り遊びだろ!!
と思った大人は私だけじゃないと思う。
水切り遊び、都会の若者は、した事ないんかなぁ。もしした事があったとしても、きっとテレビの制作側の人が、水切りだろ!ってしなかった、って事は、テレビとしてありがちだから若者のセンスでそうなったのか、それとも制作側から知らなかったのか……。
遊びも遊ぶ人がいないと失われていくので、寂しいなって気持ちがしますね。
まあ、遊びも変化していくので、変わるなとは言えないけれど。
そんな川の思い出でした。




