84 人生の先輩として
「なっ……! 貴様! 何をふざけたことを言っている!?」
騒ぐジャック氏を私は無視する。
物理的な妨害は、リシャール様が防いでくれるから心配していないわ。
「最も苦しむべきはリヴィア様ではありません。ファティマさんも同罪ですが……。死んだのであればそれまで。しかし、そこには生きた『標的』が居ます。彼を除外して、他の者を攻撃するのは……八つ当たりに過ぎないのでは?」
私はコテンと首を傾げた。
「黙れっ! ノーラ! もう行くぞ! こんな小娘の言葉など耳に傾けなくていい! 所詮は領地を放り捨てて逃げた、貴族としての責任感のない奴だ! 私たち公爵家の責務も、苦労も何も知らないで馬鹿げたことを!」
騒ぐジャック氏。流石にうるさいけれど。
「……ジャック」
「ノーラ、早く」
「黙りなさい」
「ぐっ……!? だ、だがノーラ……!」
「最後まで、黙っていなさい。王妃様が繋いだ対談の場です。それとも貴方は王族に盾突きますか? 今も黙して語らない。即ち、エレクトラ・ヴェントの発言を無言で許している王妃様の意向を察することも出来ませんか?」
「う……ぐ……そ、それは、しかし……」
「黙って、いなさい」
「う……ぐぅぅぅ」
ノーラリアさんに勝つことが出来ず、私を睨みながら座るしかないジャック氏。
「当然、決断するのはノーラリア夫人です。私はその決断をさせることは出来ません。ノーラリア夫人の『心』が選択することです。ですから、私が言えることは、あと少しだけ」
「……何かしら?」
私はノーラリア夫人に微笑みかける。
「ジャック氏は、自分勝手な振る舞いでカールソン男爵領に手を出しました。即ち、他家の貴族に喧嘩を売った。それも不当な理由でです。それが公爵? 本当にそれでいいと思いますか? その結果がこの会談です。かつて『たかが男爵夫人』だった女が王族を動かし貴方たちを呼び寄せた。もちろん、ここから貴方たちに圧力を掛けるのは難しいでしょう。ですが、やってやれないことはない。喧嘩を売る相手を間違えただけとも言えます。それでも貴族としては最下層の男爵夫人さえ、侮れば公爵家の喉元に『剣』を届けることも可能だと示しました。であれば、誰であろうとも侮るべきではない。それを分かっていない者がランス王国の公爵を名乗るのですか? それを許すと?」
「……ぐぅぅ」
私の言葉にジャック氏が唸り声を上げる。噛み殺さんばかりだ。
「彼は公爵として不適格なだけでなく『父親』としても最低です。それがリヴィア様の性根を捻じ曲げた原因。彼の至らなさの証明となるでしょう。そんな者が次代の公爵の親のままでいると? ノーラリア夫人。家門にもたらす悪影響をお考えください。彼は、自らの娘を、地獄に突き落としたようなもの。彼のしたことは間違いでした。私の知る限り、何もかも間違えています」
そして。私は。
「最後に、これだけは言わせていただきます。ノーラリア夫人、私は別に元夫を『許して』はいなかったと思いますよ? というよりも、許したのは『後』のことです」
「……後?」
ニコリと笑って。
「ええ。だって。私、元夫とは『離縁』していますから」
そう言った。
「ノーラリア夫人、これは王妃様の言い方の受け売りですが。『人生の先輩』としてのアドバイスをさせていただきます」
「……はい?」
「『不貞をした旦那』に『離縁を求める』って、意外と気分がいいものですよ? これは経験した私が言うから本当のことです。間違いありません。不倫男なんて切り捨ててヨシ!」
胸を張って、そこを言い切った。それから。
「あと、ついでに新しい出会いもあるかも……」
と、付け足しておいて。私はリシャール様に視線を向けた。
「────」
ノーラリア夫人は、絶句したように私の顔を見つめて。それからリシャール様にも視線を移して。
そしてジャック氏と王妃様にも目を向けてから。
「……、……ふっ」
「の、ノーラ?」
「ふふ、ふふふ……あはっ、あはははははは!」
ノーラリア夫人が大きく、笑った。堪え切れなかったというように。
「の、ノーラ! まさか、まさか……」
「あはは、はは、ふふ……そうね。そう。貴方は『経験者』なのだもの。経験者の言葉には、真摯に耳を傾けなければ」
「ノーラ!!」
ノーラリア夫人の虚無のようだった目に輝きが宿ったような。
憑き物が落ちたような……そんなものを感じた。
「参考にさせて貰うわ、エレクトラ・ヴェント。それで? 流石にもう言いたいことは言い切れたの?」
「はい、ノーラリア夫人。最後までご清聴ありがとうございました」
「そう。では、ダンスパーティーを楽しんでらっしゃい。私はまだサラと話したいことが出来たから」
「……はい。そのように。では、王妃様。御前、失礼させていただきたく」
「ええ、いいものを見せて貰ったわ。聖エレンさん。パーティー、楽しんでいってね」
うん。終わりだ。言いたいことは言い切れた。そして、やり切ったと思う。
ここから先の選択肢を選ぶのはノーラリア夫人だろう。私がこれ以上、口を出すことはない。
「なっ、ま、待て! 待ってくれ、ノーラ! たかが子爵家風情の者の言う言葉を真に受けるなんて! ありえないだろう! 我々は公爵家なのだぞ!?」
「あら。子爵家であっても尊敬すべき人生の先輩でもあるわ。ええ、何事も。経験者の言葉を軽んじてはいけない。それは鉄則よ、ジャック」
「待て! 早まるな! この……! ふざけるなよ、ふざけるな! この……!」
「ああ、そちらの。クラウディウス卿?」
激昂するジャック氏を無視して、ノーラリア夫人は私ではなくリシャール様に声を掛けた。
「はい、公爵夫人。何でしょうか」
「……その右腕、エレクトラさんに治して貰ったのね。申し訳ないことをしたわ。今更で遅いけれど。貴方に慰謝料を送りたいの。受け取ってくれるかしら?」
あ。ノーラリア夫人は、その件も把握しているのか。
それは意外だった。私とリシャール様は互いの顔を見合わせる。
「……もう治っているので構わないのですが」
「ケジメよ。ファーマソン家の落ち度であることは変わりない。受け取るのが嫌なら、そのまま寄付をしてくれてもいい」
「……そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「ええ。そうしてちょうだい。そして、これだけは言わせて。聖騎士リシャール・クラウディウス卿。貴方を手放したことは、ファーマソン家最大の失態だったわ。貴方には、ゆくゆくは我が家の騎士団長を任せたかった。もうそれは叶わないけれど。どうか、元気で過ごしてちょうだい」
まぁ。なんて嬉しいことを。
「……ありがとう存じます、公爵夫人。袂は分かちましたが、ファーマソン家の更なる繁栄を願っております」
「ええ、ありがとう。二人とも、迷惑を掛けて申し訳なかったわ」
最後にノーラリア夫人からの謝罪を受け取って。私たちの対談は終わりを迎えた。
こうして彼らと『決着』を着けられたのだ。




