82 ファーマソン公爵夫妻との対談④
「……痛いところを突かれました。確かに獲物を横取りしたという理屈では敵いませんね」
「そう。それで、貴方の言いたいことは終わったかしら」
「いいえ、まだ。本題には入っていませんから」
「そう」
ノーラリア夫人の表情は変わらない。まるで、この程度のことは日常茶飯事。何の痛痒も感じない、取るに足らない出来事であると。そう示すように。
「続けましょう。確かに民のことを考えるならば、貴方が正しい。オルブライト夫人がカールソン家に入り込み、その財政を正していなければ……当時の二人があれからどうしていたか怪しいところがあります。一応、私もその点について手は打っていましたが」
「……それで?」
私はこくりと頷き、続ける。
「獲物を横取りした点で、貴方を責めたいのとは違います。いいえ、理由には挙げたのですが。私が言いたいのは『その先』です。私がリヴィア様に報復をしていたなら。それは、きっと別の形になっただろうということ。……リヴィア様は、幼稚な精神を持った子供でした。最初から私が相手であったならば、彼女をもっと……正してやれたかもしれない。彼女は『子供』だったから」
「……それこそ私が慮る理由にはならない。先に言ったように、リヴィア氏がどのような人格を持ち、どのような環境で育っていようと『やったことに変わりはない』。そして、そのままでは多くの被害を拡散した可能性も高い。それは誰より貴方が分かっているのではない? メイリンから聞いたのでしょう。リヴィア氏の貴方に対する執着心と、その横暴で、歪んだ振る舞いを」
「ええ、そのこともまた事実です」
私はノーラリア夫人の言うことを受け入れる。
「私が被害者であり、彼女を糾弾し、報復を行うのは私でありたかった。そして、私であったなら、別のやり方を取って彼女に報復し、その道を正してやれた。そうすることで、私は……そう。やはり、この言葉を使います。『納得』をして未来へ歩み出せたでしょう。どこまでも個人的なこと。感情的なこととなります。私は納得して、これらの問題を解決に導きたかった」
「……そうね」
そう。これは理屈ではなく、感情の問題。故にノーラリア夫人に対しては弱い主張。
簡単に覆せてしまう主張となってしまう。ジャック氏が相手とは大きく異なる。
「だから、逆に問います。ノーラリア夫人、『何故』ですか?」
「……何故?」
「リヴィア様をあのように責め立てた理由。女性にとって人生で最も輝かしい時を台無しにした。それをした理由が、まさか私に今語ってくれたように彼女が『有害』であるからが理由だと? そうすることが『正義』であると。それが理由で、あのようなことをしたのだと? そうであるならば、やはり私は、そのやり口に疑問を持たざるをえません。はっきりと申し上げます。私は……、個人的に結婚式というものは、理想的であって欲しいと願っています。それを他人、しかも自分にとって害となった人物のものであったとしても。台無しになんてして欲しくなかったのです。それが子供のような女性ならば尚更。身寄りのない出自の、そういう子供であったのなら尚更。いつか私の子供や、私の知っている子供が、そして女の子が……結婚式を台無しにされるなんて、凄く『嫌』です。だから、私は貴方のやり口がいけ好かないと感じました」
「……貴方、前の旦那と結婚式を挙げていたかしら?」
「いいえ、挙げていません。結婚式を挙げる前に例の王命が下り、元夫は戦場へ出ていきました。……王命が下ったタイミングが悪く、結婚式を挙げることを諦めたんです、私たち。それは……まぁ、正直なところ大きくショックは受けていました。今まで口にはしていませんでしたが」
「……そう」
そう。ノーラリア夫人のやり口が、ただただ『個人的に』思うところがあるだけなのだ。
報復とはいえ、そのやり口はどうなのかと。
ましてや、それはノーラリア夫人の報復対象であるべきではない人物だったのだ。
「ノーラリア夫人。ですから『何故』ですか? 何故、リヴィア様の結婚式を台無しにしたのですか?」
「……別に台無しにしてはいないわ。彼らはきちんと結婚出来ているじゃない」
「それを本当に、私の問いへの返答としますか? 先程までの貴方の、理路整然とした反論からは程遠く思います。理屈が通ることであれば、ノーラリア夫人は先程のように反論出来る能力があるにも拘わらず、です。それは結局、貴方の『答え』ではありませんか? あの行為は……ノーラリア夫人の『個人的な感情』に基づくものであり、けして『大義のため』が理由ではない、と」
私の言葉は、ノーラリア夫人に少しは刺さったようだ。
「……はぁ」
ノーラリア夫人はそこで、深く。深く溜息を吐いたのだった。
 





