81 ファーマソン公爵夫妻との対談③
さて。ジャック氏に言いたいことは言えただろう。次は。
「ノーラリア夫人。よろしいですか?」
「……次は私ということね、聖人様」
相変わらずノーラリア夫人は無表情。ジャック氏が言い負かされても知ったことではないというように。或いは、彼に関する情報の多くを遠ざけている、とか。
「実は、貴方に対しては本当にどう思えばいいのか。曖昧だったのですよ。貴方自身から私は害されたことはありません。むしろ、オルブライト夫人という『防壁』を用意され、私が充実した生活を送る手助けにさえなってくれたと思います」
「…………」
「今回、こういった話をする機会を作るに当たって、リュースウェル公爵夫人から忠告されました。それは必要なことなのかと。そして覚悟はあるのかと。あるのならば、それはどういう動機であるのか。私にとって強大なはずの存在に弓引くような真似をするのは、蛮勇ではないのか、と」
あの問答は必要なものだったと思う。
「……それで。貴方は覚悟を問われて尚、ここに居る。では、その貴方の理由は何?」
「はい。リュースウェル夫人、カタリナ様には私、こう返しました。『私の獲物を横取りした』と。貴方のやり方がいけ好かない、と」
「……随分と『軽い理由』に聞こえるわ。民のためと謳ったジャックへの糾弾に対して、そちらは貴方個人の感情ということかしら」
「ふふ、手厳しいですね」
ノーラリア夫人はジャック氏とは違い、一筋縄ではいかない。
それは、ひしひしと伝わってきた。でも、私がここで引くことはない。
たとえ恐ろしい存在が目の前に居るのだとしても、私の隣にはリシャール様が居る。
なら、どれだけだって勇気は湧いてくるというものだ。
「ええ、私が貴方に対峙するのは、言いたいことは酷く個人的なこととなるのです。どうしたって。少なくとも先程のように民を理由には出来ません。他人のための言葉ではありません」
「……そう。聞く価値があるといいのだけど。時間の無駄でなければいいわね」
それでも私の言葉は止めない、と。価値のない言葉を紡げば、きっと呆れられるだけだろう。
ノーラリア夫人にとっての私の価値がなくなるだけ。
そうなれば、二度と私の言葉は彼女に届くまい。
「ノーラリア夫人。貴方は、私の獲物であるリヴィア様に手を出しました。あの結婚式で、貴方は別に私のために動いてくれたワケではありません。オルブライト夫人もそう。結果的に、私の報復を代わりにする形になった。……だけど、私はそのことに納得がいっていない」
「……貴方の納得など私が知る必要はないわ」
ピシャリと私の言葉を遮るように断言するノーラリア夫人。ええ、分かっていますとも。
「ふふ、まぁ聞いてくださいませ。ノーラリア夫人。リヴィア様が不貞を働いた相手は、私の元夫です。貴方の、ではありません。故にリヴィア様に対しては、私が報復を行うべきだったのです。被害者である私が納得のいく形で。そうは思いませんか?」
「…………」
ノーラリア夫人は少し首を傾けて、白を切るような態度を取る。
「そうかしら? 彼女が、既婚者に言い寄るような最低な人間であることには変わりないわ。であれば誰の手であろうと思い知らされるべきだと思うわ。貴方は色々と彼女の人格や育った環境を慮り、気を遣ってあげているみたいだけど。どんな育ち方をしようと、どんな人格であろうと、結局は『やったことには変わりない』。私はそう思うわ。そして彼女は許されるべきではなかった」
ノーラリア夫人は毅然とそう言い切った。厳しい言葉。
「エレクトラ・ヴェント。誰もが貴方のように優しくはいられないし、寛容でいられるワケでもない。リヴィア氏が既婚者に言い寄り、その妻の座を奪ったことは事実。また彼女は長い間、そのことに罪悪感など抱いていなかった。いえ、言葉では抱いていたのでしょう。でも、その行動が伴っていなければ、罪悪感も、謝罪も何の意味もない。彼女は害悪だった。それを私が『駆除』してあげたの。貴方は獲物を横取りしたように言ったけれど。そうじゃないでしょう? 貴方が手を回すのが遅かっただけ。それこそ貴方が手をこまねいている間に、カールソンの領民が苦しい思いをしていたら、どうしていたの? 自らの至らなさを理由に他人を責めるのは感心しないわよ、エレクトラ・ヴェント」
民を理由に。私の至らなさを責め返すか。
……やっぱり一筋縄ではいかない相手だなぁ。これが本物の『敵対した』高位貴族。
まだまだ序の口だろうに。その迫力は誰よりも凄まじく感じた。
彼女にこれ以上の言葉を届けるには、やはり……勇気がいることだった。




