79 ファーマソン公爵夫妻との対談①
「エレンさん、手を」
「はい、リシャール様」
リシャール様のエスコートで馬車から降り、王宮に用意されたパーティー会場へ向かう。
その途中、話を聞いていたらしい王妃様の使いが私たちを、他のパーティー参加者たちとは違う方へと誘導してくれた。
カタリナ様とエルドミカ様は、リュースウェル家の馬車に乗って、私たちとは別に会場入りする予定だ。セルモニカ公女は既に王宮に移り、準備されているはず。
「こちらでございます、聖エレクトラ様、聖騎士クラウディウス卿」
「……中には、もう?」
「はい、既にお待ちでございます」
「そう。ありがとう」
まさかの私たちの方が後。遅れて入っていくなんて、公爵夫妻に対して不敬だろう。
王宮使用人にノックをして貰い、部屋の中に声を掛けて貰う。
「──来たようね。どうぞ、お入りなさい」
この声はサラティエラ王妃? どうやら、ただファーマソン夫妻が待っているのではないようだ。
開かれた扉の中へ、リシャール様と共に歩み出す私。
そこには、やはりサラティエラ王妃が居た。そして……一組の夫婦が。
「……誰だ?」
開口一番、白髪交じりの黒髪にリヴィア様と同じルビーのような赤い瞳をした、中年の男性貴族……ジャック・ファーマソン氏がそう呟いた。
私のことを認識していないらしい。剣技大会で顔を見せたはずだけど?
ああ、あの時はリヴィア様の方を気にしていたのか。ノーラリア夫人だって隣に居ただろうに。
「ご挨拶申し上げます、サラティエラ・フォン・ランス王妃」
私たちは、まず王妃様に挨拶をする。王妃様は鷹揚に頷き、私たちを受け入れ、そして着席を促した。私とリシャール様は、ファーマソン夫妻の対面に座る。
「…………」
ジャック氏の隣に座る貴族夫人。赤い髪に灰色の瞳をした、気品を備えた女性。
威圧感のようなものも感じるけれど、表情は凪いでいる。視線には輝きがないような、虚無感を携えていると感じた。でも、気力がないわけではない。
王妃様と共にあるこの空間でも毅然とし、背筋を伸ばしていた。
ノーラリア・ファーマソン公爵夫人。王族の血を引く、本来の公爵。王妃に次ぐ気高き女性。
彼女が、そうか。
「ノーラリア、ジャック。彼女が先頃、聖人に列席することになった聖エレクトラ・ヴェント嬢と、教会から聖騎士の称号を得た上級騎士爵、リシャール・クラウディウス卿よ」
王妃様の紹介を受け、私たちは彼らに自己紹介と共に挨拶をする。
「お初にお目に掛かります、ファーマソン公爵夫妻。エレクトラ・ヴェントでございます」
「リシャール・クラウディウスです」
私たちの挨拶を受けて、ノーラリア夫人は無反応。ジャック氏はフン! と鼻を鳴らして見下してきた。なんというか存外、小者感が凄いわね、リヴィア様のお父様。
「……それで? 貴方が私たちに用事があると聞いたわ。わざわざ王妃を通してまで」
「はい、ノーラリア夫人。本日は貴方たちと話したくて私が機会を設けていただきました」
「ハッ! 聖人などに選ばれたと言っても形だけのことだろう? 教会のプロパガンダを受けて、自分が偉くなったとでも思っているのか?」
「…………」
ジャック氏が何故かそう突っかかってくるのだけど。これはアレね。小者というより余裕がないのだろう。だから誰にでも八つ当たりしたいのかもしれない。
「何とか言ったらどうなんだ!」
私は、この場で一人だけ猛るジャック氏を見ながらコテンと首を傾げてみせる。
「……私の名を聞いて、最初に出て来る発言がそれなのですか? ジャック・ファーマソン公爵」
「はぁ?」
本当に何も分からない、思い至らないという様子のジャック氏に、私は表情を凍てつかせ、そして見下すように冷たい目で見た。
そうか。彼にとって、本当に私にしたことなどどうでもいいことか。そうか。
私がジャック氏に対しての評価を著しく下げていると、ノーラリア夫人が口を開く。
「……エレクトラ・ヴェント。ヴェント子爵令嬢。『英雄』ハリード・カールソン子爵と離縁した元・妻。カールソン夫人になった『聖女』リヴィアの嫁いだ、当時男爵と縁ある女性ね」
流石は王妃様に親友と言われた女性。ノーラリア夫人は私のことを把握しているようだ。
「はい、その通りです。ノーラリア夫人。そして貴方たちとも少なからず縁がある者、と言えば。さしものジャック氏も私について思い至ることが何かおありでしょうか」
「は……? リヴィアの、夫……あいつの、元妻……そんな者が私に……」
与えられた情報を怪訝な顔で口にしながら咀嚼していく内、己が『私』にかつて何をしようとしていたことがあるのか。ようやく思い至った様子だ。
ジャック氏の表情は眉間に皺を寄せ、私を睨みつけるものになった。
「その節はどうもお世話になりました、ジャック・ファーマソン公爵。領民のための大切な備蓄食料に手を出そうとする最低な男も現れましたが……。ふふ、きっと『黒幕』が浅はかで無能、考えなしであったのでしょうね。私たちには何の害もなく、無事に過ごすことが出来ましたよ」
私は睨みつけてくるジャック氏にとびきりの笑顔でニコリと微笑んで返した。




