78 王宮主催のパーティー
私とリシャール様は、まだ王都に居た。
大会の後片付けが終わったらグランドラ領へ帰る予定だったのだけどね。どうして王都に残っているのかというと、それは王宮主催のパーティーに参加するためだ。
ランス王国の王太子、ユリアン・フォン・ランス殿下とセルモニカ公女の婚約披露パーティーが王宮で開催されることが決まった。私たちは、ぜひそのパーティーに参加して欲しいと言われて、その準備のために、リュースウェル家の邸宅にお邪魔したままの状態を続けさせて貰っている。
パーティーは色々と準備が必要だから、およそ二ヶ月後に開催される。
ちょっと先のこと過ぎるのだけどね。でも、グランドラ領に戻って、また来てとなると慌ただし過ぎる。それにドレスだなんだと用意するには王都の方が都合はいい。
今、私たちはグランドラ領から出向という形式で、王都の教会やリュースウェル家の騎士団で働かせて貰っている。お給金はそこから、といったところ。
大司教猊下と諸々の、今後についての話し合いをする機会にも恵まれた。
もちろん、お世話になっている分としてカタリナ様の手伝いもしているわ。
そして、二か月後のそのパーティーの日。会場に入る前に、ファーマソン公爵夫妻と対談の場を設けていただける予定だ。その件については直々に王妃様より手紙をいただいている。
「エレンさん、どうかされましたか?」
「ああ、いえ。少しだけ考え事をしていただけです、リシャール様」
日々のやるべきことをこなしつつ、私たちは準備を始めている。その準備の内の一つがこれだ。
私たちは今、ダンスの練習をしていた。場所はリュースウェル家の一室。部屋の扉は開いているが、今は二人きりである。
「リシャール様はダンスの経験は?」
「……残念ですが、まったく。今まで剣ばかり振っていました」
「ふふ、貴方らしいですね」
「エレンさんはご経験が……?」
「私もまったく。ヴェント領もカールソン領も、そのようなダンスの機会には恵まれていませんから。でも、習ったことはあるのですよ?」
少なくとも公の場でダンスを披露することは人生で初めてだろう。
デビュタントといった年齢一律でデビューする文化も他国にはあるらしいけれど、生憎と私たちの国にはその文化はない。なので本当に生まれて初のダンスデビューなのだ。
その記念すべき日をリシャール様と迎えられることに感謝ね。
「やってみると意外と楽しいものですね」
「はい、そうですね。エレンさんと踊っているからかもしれません」
「ふふ、リシャール様ったら」
一通り基本を教わった後、しばらくは反復練習となる。でも、その前に好きなだけ。好きなようにダンスをしてみる、というのが今の段階だ。
自由に、気ままに、パートナーと息を合わせながら。私たちはダンスを踊る。
「ドレスは俺が用意したかったのですが……」
「あら? 確かカタリナ様が私のドレス選びにリシャール様を連れて行ったと聞きましたが」
「はい、選ぶだけは。ですが、その。支払い面が……」
「ああ、プレゼントされたのでしたね。ふふ、聖騎士就任祝いでしたか。私の聖人認定祝いでもある。いいじゃないですか、受け取っておきましょう。これから恩返しの機会は、きっとありますよ」
「……そうですね。ただ、その。俺も『入り用』で。不甲斐ない」
「……ふふ」
入り用。リシャール様は、高い支払いが必要な買い物を予定している。
……ということを知っているのは、まぁカタリナ様の情報網というか。そもそもリシャール様も隠してはいないというか。
私はカタリナ様とのやり取りを思い出した。
『クラウディウス卿、騎士団の皆さんに相談しているそうよ、エレクトラさん』
『相談ですか?』
『そう。プロポーズの場所やシチュエーションは、どこでどうするのがいいか、って』
『……プロポーズ』
『そろそろ、ってことねぇ。ふふ』
『それは、その。はい……。そういう素振りや、機会を窺っている様子は感じています。隠させてあげられず、察してしまって申し訳ないのですけど』
『あはは、仕方ないわよ、それは。どうしたって期待もするでしょうし。何も知らず、分からない小娘では居られないわ。そもそも今後についての話し合いも二人でするのでしょう?』
『……はい、そうですね。グランドラ領に帰ってからのことや、頂いた家もありますし。彼と話し合いは色々としています』
『じゃあ、気付かない方が難しいわ。それに別に彼も隠していないみたいよ?』
『そうなんですね。まぁ、隠す必要もありませんか』
私とリシャール様は婚約中だ。将来、結婚する約束を既に交わしている。
その上で……改めてプロポーズをしたいと、そう思ってくれているようだ。
そして、そのためにリシャール様は『入り用』。つまり、彼は結婚指輪を用意しようとしてくれているみたい。
上級騎士爵となった彼だけど、本来そうなってから仕えるべきグランドラ辺境伯閣下の下へは、まだ参じられていない。そんな状態で給金の前借というのも……と悩みどころだった様子だ。
まぁ、ハリード様のように酷い借金をしてまで無理を、なんてするつもりはないだろう。
そもそもリシャール様はあまり散財するタイプではないので、今までの蓄えもあるみたいだ。
経済的には……まぁ、結婚指輪を用意出来るぐらいには。
でも、そこに王宮主催のパーティー用ドレスを今から用意するとなると少し話が変わってくる。
ただ、悩むのは『払えないこともない』という状況だからだろう。最初から支払い不可能なら、悩みはしまい。
ちなみにだけれど。私は二年間、領地経営に携わった身だ。なので金銭関係、経済関係については少しシビアである。リアリストとまでは自称しないけど。
ロマンチックさで負担が増えて、それで後々に困るぐらいなら、ちょっと控えましょうか? という価値観である。……ちょっと、それは良くないかな?
こういう時ぐらいはロマンチストであるべきだ。
結婚指輪を贈られプロポーズされて、それで一番に気にすることが経済的な問題ばかりだったら、リシャール様だって涙目になってしまうだろう。うん。
彼にプロポーズされる時は、素直な気持ちで受け取ろう。
「エレンさん、パーティーの日なのですが」
「はい、リシャール様」
「……まず、パーティー開始前にはファーマソン公爵夫妻と会談の場に向かいます」
「ええ、王妃様がそのように手配してくださいました。リシャール様も一緒に来ていただけますか?」
「それはもちろん」
「ふふ、ありがとうございます、リシャール様」
彼と一緒なら何も怖くはないだろう。
「……その後で、二人でダンスパーティーに参加します」
「はい、そのように。頑張りましょうね」
「ええ、互いに足を踏まないように心掛けましょう。もちろん、エレンさんに踏まれても俺は平気ですが」
「ありがとう、でも踏まないようにするわ」
今だって自由に踊っているけれど。特に相手の足を踏むようなことはない。
これはリシャール様がひらりと躱してくれているからかな?
「……そして、その後は」
「その後?」
ダンスパーティーが終わって、ノーラリア夫人たちとの対談が終わったなら、予定していることは何もなかったはずだ。
「ユリアン王太子殿下より、王宮の庭園へ入る許可を頂きました」
「……王宮の庭園」
「二ヶ月後、ダンスパーティーが終わった後なら。きっと満月が綺麗だろう、ということで。天気が良ければよいのですが」
「……えっと、それは」
「エレンさん。いや、エレクトラ・ヴェントさん」
「は、はい」
リシャール様は私の手を取って、まっすぐに私を見つめてきた。
「俺は貴方に、その庭園で伝えたいことがあります。……ですので、ダンスパーティーの日は……ほどほどに。体力? を残していただけますと」
「体力?」
「……くたくたに疲れた状態では、流石に。お互いにですが」
「ふふっ! なんですか、それ」
私は冗談のようなその申し出に微笑みながら、少し顔に熱が昇ってくるのが分かる。
きっと鏡を見れば、少しだけ頬が赤く染まっているだろう。
どうやらリシャール様は『場所』を決めたようだ。同時に『どのように』も決めているのか。
あとは……どんな台詞で、ぐらい?
「では、楽しみにしています。その日を」
「……はい。待っていてください、エレンさん」
その日は、私たちの人生に大きな一区切りがつく日となるだろう。
そして、その日は……あっという間に訪れた。




