76 王妃サラティエラとの謁見
私とリシャール様、そしてカタリナ様は一緒になって王宮へ足を踏み入れる。
カタリナ様にあれだけの啖呵を切っておいてあれだけど。やっぱり国王陛下と王妃様に直接お会いするのは緊張するわね。
そして案内に来てくれた人に従って、中庭らしき場所へ移動する。
そこもなんというか、規模とか質が見たことのないものだった。すると、そこに。
「まぁ、ようこそ来てくれましたわね」
「……セルモニカ公女?」
金色の髪の綺麗でおっとりした雰囲気の女性が、先に待っていた。
セルモニカ・リュースウェル公爵令嬢。カタリナ様の夫、リュースウェル公爵エルドミカ様の妹君。今回、ユリアン王太子殿下と婚約されることになった。いわゆる『未来の王妃』様である。
「いい日和ですね、カタリナお義姉様、聖エレクトラ様。とてもポカポカします」
「は、はい……。そうですね。とてもいい天気に恵まれて……」
それはそれとしてどうしてセルモニカ公女が? いえ、私よりもよほど、王宮に居ていい存在だとは思うけど。
「さぁ、今日は面白い催し物があるそうですから。お二人とも、どうぞこちらへ」
「催し物……?」
はて。一体何のことだろうか。私は何も聞いていない。カタリナ様は? その表情を窺ってみるけど、いつもと変わらない微笑みを浮かべたままで読めない。流石は公爵夫人だ。
そして、どうやら目的地らしき場所に辿り着く私たち四人。
そこで何やら……『音楽』が流れ始めた。音の出所に視線を向けると、少し離れた場所に楽団が陣取っている。ええ? 唐突に音楽発表会?
「このランスに悪が蔓延る時! 必ず正義の味方が現れる! そう、その名は!」
わっ。唐突に、高らかに何者かの声が響き渡る。それは聞き覚えのある声だった。
「──仮面の騎士、ロビン!」
うわ、出た。中庭に面した建物の二階部分に、仮面を着けた黒衣の騎士が、仰々しい黒マントを羽織って、風になびかせながら登場する。
「とう!」
「まぁ!」
あろうことか騎士ロビン……に扮するユリアン王太子殿下が二階から飛び降りる!
ちょっと、王太子! 危ない! と思ったけど、着地地点にクッションが敷き詰められていた。
そういう配慮をする手間は惜しまないのね……。
「やって来たよ、私の姫、セルモニカ」
「素敵です、ロビン様!」
そしてセルモニカ公女の手を取る仮面の騎士。
わぁ、ああいうノリ、いいんだ、セルモニカ公女。ということは、むしろ最初から彼女にウケると思ってあの格好をしていたのかな、ユリアン殿下。
この茶番は、お二人の逢瀬のために開かれているのか。そう思った。
だけど、そこで終わりではなかった。
「フハハハ! ロビンは一人にあらず!」
そう、もう一人居たのだ。確かに噂は聞いていた。かつてユリアン殿下の父親が、そのようにしていたこともあったと。王太子殿下の父親。人はそれを……国王陛下と呼ぶ。
「この世に悪がある限り、ロビンが消えることはない!」
うわぁ……。ぽっこりとお腹が出ている黒衣の騎士 (二人目)が、同じように登場した。
でも、流石に二階からは出てこず、その場に設置してあるワイン樽の上からだ。
び、微妙に格好悪い……。あと、ユリアン殿下と違ってお腹が出ているから余計に。
「とう!」
とう! じゃないのだけど。あと二階から降りてきた殿下はともかく、流石に樽程度の高さから飛んできても格好よくない。
いや、何をしているの。どういう登場の仕方? 我が国の国王陛下が!
「聖騎士! リシャール・クラウディウス卿よ!」
「……!」
流石にいつもクールなリシャール様もビクリと身体を小さく震わせて驚く。
うん。リシャール様も目が点になって呆然と見ていたみたいだ。当然ね。
「……俺ですか?」
「そうだ! 貴公はこれからランス王国を守る剣である!」
「は、はい……」
あれ、これ。もしかして真面目な話をし始める感じ?
「貴公の実力、見せて貰おうぞ!」
「俺の実力を……」
ええ? まさか決闘が始まる流れ? 国王陛下と? それはちょっと!
「さぁ、聖騎士殿! 我らと共に……踊ろうぞ!」
「おど……る?」
何て? え、何? 本当に何? ついていけないのだけど! リシャール様が見たことない反応しているじゃない!
「さぁ、来るがいい! ああ、聖剣は持ってきていないのか」
「は、はい。王宮に入るのに帯剣は、と。入口で預けさせていただきました」
「うむ! いい心掛けであるが、大切に扱うのだぞ! 勿体ないからな! あれを用意するのは結構高かったらしいぞ!」
「肝に銘じます、国王陛……ロビン卿」
流石リシャール様。すぐにこの謎の状況に対応し始めたわ。私はまだ呆然としているところ。
「うむ! であらば、共に!」
「ハッ! お供させていただくこと、光栄に思います!」
リシャール様! うそ、私の婚約者、対応力があり過ぎ!?
そして始まったのはダンスというより剣舞もどき。ええと、たぶんあれは一応、ランス王国の騎士に伝わる伝統的な『型』というやつだ。ヴェント家で一通り、私も習ったことがある。
随分と昔の記憶で、懐かしい。でも、それを『二人のロビン』とリシャール様がやって見せることで、この空間は混沌に支配される。少なくとも私の脳内には疑問符でいっぱいだ。
それでも一通りの型が終わると、満足してくれたのか、解放されるみたいだ。
「ははは! 動けるではないか、聖騎士殿! これは我がランス王国も将来安泰だな!」
我がランス王国って言ってしまっているわ。
「そんな聖騎士殿には! 私からのプレゼントだ! 銀を混ぜた、特注の小手である!」
「……え」
「快く受け取ってくれたまえ! これからの聖騎士殿の活躍に期待してのものだ!」
国王陛下からの下賜品!? それをこんなふざけた茶番の末に渡すの!?
臣下の思い出を何だと思っているの! あの小手を見る度にこの茶番を思い出すじゃないの!
「……ハ! 有難く、拝領致します!」
でも、とりあず受け取るリシャール様。まずサイズとか合っているのかな。それぐらい調べているわよね? 合っていなかったら、それはそれで丁寧に保管しておくだけだけど。
「あはははは!」
「うふふ」
この茶番劇からの陛下からの下賜という、どう表現していいのか分からない出来事。
それを見ていたカタリナ様は大ウケして笑っていた。セルモニカ公女も楽しそうに微笑んでいる。
私だけがついていけずに呆然とし、驚愕したままだった。というか、カタリナ様は笑い過ぎだ。
「我らで共に守ろうぞ、ランス王国!」
軽い打ち合わせ? をしたらしきダブルロビン卿と一緒に決めポーズを強制されるリシャール様。
決めポーズと一緒にガシャーン! という金属を盛大に打ち合わせた、豪快な音で場が締めくくられる。一連の流れは楽団も打ち合わせ通りと見た。
……この国、大丈夫かな? 王妃のサラティエラ様が居るから問題ない?
「では、あちらで共に酒でも飲みながら語り明かそうか、聖騎士殿!」
「えっ」
「よし、ではまたね、モニカ」
「はい、ロビン様。またあとで」
何故かリシャール様が二人の王族に連れていかれる! 流石のリシャール様も心細そうだわ!
「り、リシャール様っ」
「エレンさん……!」
引き裂かれてしまう私たち二人。でも、国王陛下のすることにおいそれと抗うワケには……。
いや、別にいいのでは? 許されそうだ。なんだか。
でも、そんな不敬なことを考えている暇もなく、次なる大物が現れる。
「そろそろ終わったかしら?」
声がした方向に振り向く私。そこに居たのは、気品に溢れた一人の女性。侍女を複数人、背後に控えさせて……。この方は。
「──サラティエラ・フォン・ランス王妃様。本日は謁見をお許しいただき、誠にありがとう存じます」
カタリナ様が礼を尽くすのに合わせて私も、そしてセルモニカ公女も続いた。
この方が、ランス王国の王妃、サラティエラ様……!
「まだまだ馬鹿騒ぎを続けたい男たちは放っておいたらいいわよ。あちらで遊ばせておけばいいわ」
「え……あ、はい」
あえて遠ざけられたのだろうか、リシャール様。大丈夫?
「さて、聖エレクトラ・ヴェント。貴方は……私の親友、ノーラリア・ファーマソン公爵夫人について知りたいそうね?」
「えっ」
今、何と言われた? 王妃様の、親友? ノーラリア夫人が!?
「敵を知り、己を知れば、ともいうわね。貴方が『敵』を知りたい、教えて欲しいと。カタリナから、そう聞いているわ」
カタリナ様―!? と、王妃様の言葉を受けて、私は隣に居るカタリナ様に視線を向ける。
「ふふっ」
カタリナ様は、片目をパチリとウインクをして、さも『やってやった』感を出していた。
私の覚悟を聞く前から、王妃様に手配していてくださった、ということだろう。
王妃様とカタリナ様も仲がいいと聞いたことがあるのだけど……。
「さぁ、ノーラリアの何から話しましょうか。三人とも、座りましょう。こちらへ」
そして私は、これから私の対峙すべき『敵』、ノーラリア夫人について、サラティエラ王妃から聞くことになるのだった。




