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74 さらに上へ

 ユリアン王太子殿下は、リュースウェル公爵令嬢セルモニカ様との婚約が調ったばかりだ。

 その影響は今やこのランス王国のすべてを騒がせている。

 また、先日行われた大会においてセルモニカ様にプロポーズした仮面の騎士、ロビンの正体がつまりユリアン殿下だったこともまた騒ぎの原因となっていた。

 そんな一躍『時の人』となった殿下が、リュースウェル家を訪れた。


「やぁ、聖エレクトラ殿。リシャール卿。元気にしているかい?」

「王太子殿下、本日はこちらまで出向いていただき、誠に感謝致します」

「はは、何を言う。リュースウェル家は我が妻となる女性、婚約者の生家なのだから。私が訪ねても何の問題もあるまい。そして、そこに聖人に列席された方が居るとならば、お目見えするのもまた当然だろう」

「そのような言葉を……感謝致します」

「うん。まぁ堅苦しいのは抜きにして。実際どうなのだろうね?」

「はい? どう、とは」

「いや、聖エレクトラ殿。貴方は今、聖人であると教会に認められた存在なのですよ。それは、つまり……王太子である私と、どっちが『上』なのだろう? とね」

「それはもちろん殿下では?」

「いやいや、そんなに簡単に認めてはダメだよ。教会は国を跨ぐ一大組織だし、民にも深く根付き、また拠り所となっている。実際に政治をする王家とは別に、国にとっても民にとっても必要な存在であることは疑いようがない。その教会が認めた『聖人』なのだから。おいそれと王族の傘下にあると言われても困るだろう」

「それはそうかもしれませんが……。実際、私はこのランス王国で暮らす民でもあります」

「まぁ、それもそうなのだけどね。だから、難しいところだ。ただ言えることは、徒に上下関係をはっきりさせない方がいい、ということさ。君にとって受け入れやすく言うなら、『常時、不敬を許す』といったところかな」


 不敬を許す。それも常時? それもそれでなんだかいやね。


「……わかりました。ですが、敬語で話すのは癖のようなものですので、そちらはご容赦を」

「はは、分かったよ。貴方を困らせたいワケではない」


 ひとまず雑談から入り、その後の色々なことを報告する。


「遅ればせながら。この度はリュースウェル公女との縁談、誠におめでとうございます」

「ああ、ありがとう。ついでに後で私たち二人に向けて『祝福』をお願いしても?」

「祝福ですか? ええ、言葉は掛けさせていただきます」

「いや、もっとこう。有難みのありそうな光を掛けてくれると嬉しい」

「え。でも、別に私にはそういった加護のような力はございませんよ?」


 流石にないはずだ。……ないわよね? 黄金の治療魔法さえ眉唾だものねぇ。


「気持ちの問題だ。それはモニカも分かってくれている」

「そうですか。ならば構いませんが」


 そうして、ひとしきり雑談を終えると私たちは本題に入る。


「それで? ファーマソン公爵夫妻との一席を用意して欲しいと」

「……はい。私共の事情をお話します」


 そして私たちは一連の、数年に渡る、かの家との因縁をユリアン殿下に伝えた。


「……なるほど。ファーマソン公爵家、そしてカールソン夫妻についての話は私も聞いている」

「そうですか。有名な事件になったようですからね」

「ああ。なにせ公爵家の醜聞だったからね」

「……言っては何なのですが。ノーラリア夫人は随分と思い切った報復を決断されましたね。下手をすれば公爵家自体の醜聞に繋がるでしょうに」

「そうだな……」


 それだけ腹に据えかねていた、か。分からなくもないのだけど。

 事実、これ以上ないほどにファーマソン公爵を追い詰めたようだし。……でも。


「もう、私は彼らに振り回されたくはないのです。また、カールソン家は実家であるヴェント家の隣の領地。その家が潰れたとあっては、実家に悪影響をもたらしましょう。故に『ただのジャックの娘』に過ぎないリヴィア様など抜きにして、勝手にファーマソン家の中だけで問題を解決していただきたいと、そのように考えます」

「道理ではあるね。実際のところ、ノーラリア夫人の『報復』は終わったようなものなのでは、と私は考えているけれど」

「……愛人の娘の結婚式を台無しにして、それで終わりですか?」

「事実、あれ以上の干渉はしていないのだろう?」

「それは、おそらく……」

「なら、それはもう彼らの中で『終わったこと』だと思う」


 であれば、もう過度な干渉はないか。する意味もない。でも、カールソン子爵家が貧乏になったのは……自業自得の範疇でもある、けど。

 私がそこまで改善してあげる道理もまたないのは事実。


「それから。立場の問題がある」

「立場……。彼らが公爵家であるのだから、下位貴族など泣き寝入りせよ、と?」

「いいや、立場とは私の立場だ」

「……ユリアン殿下の?」


 私は首を傾げる。


「お忘れかな、聖エレクトラ殿。私はランス王国の王太子。次代の国王だ。リュースウェル公爵家と結ばれ、そちらを後ろ盾にするとはいえ。好き好んでもう一方の公爵家を糾弾などしたくはない。それは私の治世にどんな影響をもたらすか分からないのだから」

「それは……その通りですね」

「おや、冷静だな。貴方も別に怒り心頭に発しているから、このような提案をしているのではないらしい」

「それはその通りです。私も、かつての所業に対して強く抗議し、二度とこのようなことがなければ……あとは文句の一つでも直接言ってやれればそれでいいのです」

「そうか。別に王家からの糾弾、断罪などは求めていないのか」

「ええ、それは。所詮、男爵夫人だった私が対処できた程度の『いやがらせ』ではありました。もちろん、ジャック氏の思惑が上手くいっていれば、私の名誉が深く傷付けられ、領民にも被害が出ていた可能性が高いことです。『私が優秀だったから』免れただけの災い。しかし、未然に防いだからといって泣き寝入りするのはまた違います。それこそ、ただの男爵夫人、ただの離縁された貴族令嬢で私が終わっていたならば違ったのでしょうが……」

「大司教にまで認められて聖人に列席し、リュースウェル公爵家、グランドラ辺境伯家を後ろ盾とするような貴方が泣き寝入りをするのは、多くの下位貴族にとっても良くはない前例となる、かな」

「はい、そのように考えます」

「まぁ、確かに貴方ほどの人が黙り込んでは似たようなことが起きた時、一体誰が勇気を持てるのかという話にもなるか。それを王家が見過ごしたとあっては余計に。問題は貴方と彼らの間にある諍いがそこまで表沙汰になっていないことだが……」

「それは好都合でもありましょう。私も……公の場に引き摺りだしての断罪など求めているのではありませんから。しかし、内々で圧力を掛けるぐらいはしてみせたいと。そう考えてユリアン殿下に話を通した次第です」

「相分かった。全体の事情や、聖エレクトラ殿の意向は把握した」


 私は頷き、そして口を噤む。ユリアン殿下に今の話を吟味していただく時間だ。


「一つ言えることは、私はまだ王太子に過ぎないということだ。王族であれど、所詮は王子。国王ではない。だから、公爵家ほどの家門が相手だと一方的な命令などは難しい」

「はい、承知しております」

「また、先に言ったように私は両公爵家を敵に回したくなどはない。無論、必要であれば辞さないが、今回のはそれに当たらないと見る。そういった事情の上で、あえて言う。貴方の力になるためには……私より『もっと上』の立場の者を紹介することが出来る」

「え」


 王太子殿下より『上』とは。ユリアン殿下は、とびきりの笑顔でニコリと微笑んだ。


「英雄を下す実力を持った聖騎士リシャール卿。類まれな才能を持った聖人エレクトラ殿。国に有事があれば頼りにしたい、そのために手放したくはない二人。であれば当然、会って話してみたいと思うが人情。故に、貴方たち二人には会いたいと願っている」

「それ、は……」


 誰が。


「何、心配することはない。貴方たちに会いたいと願っているのは、ただの両親だ。人の親に過ぎない人たちさ。うん、それは『私の両親』なのだけど」


 私はのけぞって、椅子の背もたれを支えにして天井を仰ぐ。


 王太子のご両親。人はそれを『国王夫妻』と呼ぶのだ。


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― 新着の感想 ―
知り合いの男子に相談したら、男子の親が出てきた件~なお、男子は王太子だった いや、待ってwwww
↓の人、お主も悪よの~♪
近い回で 現在のジャック氏視点での話を 御願い致します。 さぞかし針の筵かと ・・・ (悪趣味 ⁉︎)
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