69 ゴドウィンの顛末。そして来訪者
大会を終えてから数日後、私たちはリュースウェル公爵家の別邸に帰ってきて大会の後片付けに勤しんでいた。私は主に事務処理関係を担当している。
「タイミングを逃してしまいました……」
ふとリシャール様がそんな言葉を呟いた。
「タイミングとは何のタイミングでしょう?」
「いえ、その。エレンさん」
「はい、リシャール様」
「今度、二人きりで過ごす時間をいただけませんか?」
「え? それはもちろん構いませんけど」
どうしたのだろうか。こんな風に改まって。気になった私は、そのまま彼に尋ねてみる。
「リシャール様、何かあったのでしょうか。大会で他に問題が?」
「いえ、大会での問題というか。タイミングを逃してしまったなと。殿下の求婚と自分たちに贈られた栄誉などで」
「色々なことが一気に起きましたからね。想定外のことも一緒に」
リシャール様が優勝したタイミングで何かしたかったことがある?
その埋め合わせで私と二人きりで過ごす時間が欲しい?
……それは、もしかして? ここは気付かないフリをするべきね、きっと。
でも『期待』してもいいのかもしれない。
だってリシャール様が私を見つめる視線が……情熱的だったから。
「ただ、しばらくは大会関連の後片付けで忙しいですね」
「そうですね」
なので、ゆっくり出来る時間はまだ先になるだろう。それまでは『お預け』だ。
きっとロビン様が大会の最後でしたようなことをしてくれるつもりなのだと思った。
私は期待して、その日を待つことにする。
「大会で起きた問題や後処理については運営チームを通してエレンさんの元へ集まってきているそうですね。何か俺が知っていた方がいいことはありますか」
「そうですね。まずはファーマソン公爵家の騎士団関係のその後についてです」
まずファーマソン公爵家の騎士団長、グレッグ・ゴドウィン卿。
かつてリシャール様の右腕を潰して騎士団から追い出した人物だ。
リシャール様を罠に陥れて再起不能にした罪があるけれど……。
その点で罪に問うことは難しいらしい。かなり前のことになるからね。
その代わりと言っては何なのだけど、今回の大会で私を攫おうとしたこと。それをリュースウェル家に知られたこともあり、かなり立場が怪しくなっているようだ。犯罪未遂の行為を騎士たちにさせていたのだから。
リュースウェル公爵エルドミカ様からの抗議もあり、その影響なのか。
なんとゴドウィン卿は近々、騎士団長職を引退することになるそうだ。
「引退ですか。いい落としどころだと思いますよ。ゴドウィン卿にとっては公爵家の騎士団長という名誉を失うワケですから。遅かれ早かれ引退はしたとはいえ、それでも彼にとってそれは予定外の早期の引退に他ありません。きっと悔しいでしょうね」
公爵家の騎士団長。騎士としては、かなりの名誉ある地位だろう。
だからこそ彼は、おそらくリシャール様が『邪魔』だった。その立場を脅かす存在だと感じていたのだ。
事実、今や実力で多くの騎士たちの上に立ち、教会から正式に『聖騎士』の称号を賜った騎士となった。
リシャール様とのいざこざもあり、以前の件では深い罪にこそ問えないものの、ゴドウィン卿がそのままでは教会との関係悪化も懸念される。なにせ、反目しているリシャール様は大司教に認められた聖騎士だ。
だからゴドウィン卿が今のまま放置されることはファーマソン家としては良くないのだ。
教会は多くの治療士を抱えている。もしもの時に教会との関係が良くないのは騎士団としては最悪だろう。
それを言うと稀有な能力を持つ私と関係が良くないのも同じことだ。
だからこそゴドウィン卿がその立場から追いやられるのは必然の流れと言えた。
「リシャール様は彼について、もうこの扱いで充分ですか?」
「はい、満足しています。当時の苦難を思えば彼とこれから仲良くしたいとは思いませんが。しかし、あの怪我はエレンさんとの出会いに繋がりました。その点だけで感謝をしてもいいくらいです」
「ふふ、リシャール様ったら」
私たちの場合、それがあるのよね。二人の出会いに繋がる出来事だった。
もちろん、それとこれとは別というべきなのだけど。
気持ち的な余裕もあり、あちらが相応の報いを受けているなら……。ああ、でも。
「ですが彼からは正式な謝罪を受けていませんよね」
「……そう言えばそうですね。ただまぁ俺の場合は彼を直接に叩きのめしたので溜飲自体は下がったかと。さらに騎士団長職を追われるのでしたら、もう同じことを繰り返すこともないでしょう」
そうね。もうリシャール様にしたようなことをゴドウィン卿がすることはないでしょう。
固執していた名誉ある立場そのものを失うのだから。
ある意味でゴドウィン卿にとって、もっとも重い罰かもしれないわ。
「エレンさんの方は……」
私の方は。……どうだろう。『彼ら』が私に謝ったりするだろうか。
謝罪ぐらいは聞いておきたいところではあるけれど。
私は困ったように肩を竦めて曖昧に微笑んだ。
あまり期待はしていないのよね。
「これからどうしますか、リシャール様」
「……グランドラ領に帰ろうと思っています。この聖剣を皆の役に立てたい」
「そうですね。帰りましょうか、辺境へ」
私たちが王都に来た目的は、ほぼ達成したと言っていい。
もちろん今後についての話し合いは色々と必要だけれど。
思いの外、収穫は大きかった。
リシャール様は正式な『聖騎士』の称号を得て、聖剣を得た。
私もまた聖人と認められた上、聖人の証をいただいた。ついでに特別な衣装もだ。
公爵家の後ろ盾、教会の後ろ盾も得た。
社会的な認知も生まれ、私はもう『聖女』や『英雄』の名を前にして、自らの立場を貶められることはないだろう。
ただ、まだやり残したことはある。それは……。
「エレクトラ様、クラウディウス卿。よろしいでしょうか」
そこでリュースウェル家の使いがやって来た。私たちは部屋へ迎え入れる。
「どうしたの?」
「お二人に客人が見えています」
「私たちに客人? どちら様でしょう」
「エレクトラ様の兄君、ヴェント子爵であるベルトマス様だそうです」
「ベルトマスお兄様が!?」
私の兄。ベルトマス・ヴェント。子爵位を継ぎ、今は領地に居るはずだ。
もしかして大会の見学をしに王都に来ていたのだろうか。
「分かったわ。すぐに行きます。どこに?」
「応接室にご案内しています」
私は頷き、リシャール様と一緒に部屋を出る。
そう言えばオルブライト夫人にお兄様への紹介状を書いていたわね。
もしかしたら、その件についてかもしれない。
オルブライト夫人は仕事が早そうだった。きっともう動いていて、お兄様に連絡をしたのだろう。
「とても久しぶりだわ、ベルトマスお兄様」
リシャール様のことをきちんと紹介しておかないとね。
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