68 聖人と聖騎士
ユリアン殿下とセルモニカ公女が、観客たちに祝福されながら場を空けてくれる。
ロビン様も準優勝だ。きちんと表彰しなければいけないけどね。
今回の大会は初の大会ということで多分に試験的な面も含まれている。
優勝者に与えられる聖剣が一番の目玉であり、優勝、準優勝以外に大きな表彰はない。
試合の結果は、きちんと記録に残すわ。この大会が今後も続く見込みがあるのなら、出資者も増えて参加者への見返りも増えていくかもね。
改めて私は聖剣を携えて優勝者であるリシャール様を称える場へ。
その途中でエルドミカ様に話し掛けられた。
「シスター・エレクトラ」
「……リュースウェル公爵閣下。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「いや、貴方のことはカタリナからよく聞いている。こちらこそ顔見せが遅れてすまなかったね」
「そんな、閣下が私に気を遣うようなことはありません」
「この人も忙しいからね。エレクトラさんなら分かってくれると思っているわ」
「はい、もちろんです、カタリナ様」
カタリナ様とエルドミカ様は仲睦まじいご様子だ。
同じ敷地内でしばらく暮らさせて貰ったけれど。こうしてまともに彼と話す機会はなかった。
「実は国王陛下から、あるものを預かってきている」
「陛下からですか? それは一体」
「クラウディウス卿の上級騎士爵への叙爵許可だよ」
「まぁ! 本当なのですか、公爵閣下」
「ああ」
いつの間に、そんな。陛下のお許しなんて。
「もちろん、ただでは認められない。クラウディウス卿が優勝した暁には、という条件で見極めるように言われている。クラウディウス卿はその条件を既に達成したけれどね」
ということは優勝者として上級騎士爵を与えるつもりだったのね。
まぁ、なんと小粋なことをされる方。『ロビン』様の父親らしい。
「ウォードルフ・グランドラ辺境伯閣下と私の夫であるエルドミカ・リュースウェル公爵。二人の推薦による叙爵よ。これを受けたらもう完全に私たちの派閥ねぇ? ふふふ」
「カタリナ様、怖いです」
さて、どれだけ彼らにとって私たちに『利用価値』があるのか。
こうして推薦してくれるだけの価値を私たちは示せているだろうか。
「クラウディウス卿への聖剣贈呈と共に叙爵を発表してもいいかい?」
「もちろんです、公爵閣下」
「ああ、それならば私もいいかな?」
そこで私たちの話に加わったのはロウェナ大司教猊下だ。
「不肖、この大司教ティリウス・ロウェナ。クラウディウス卿の勇姿に心を打たれた。彼には教会から『聖騎士』の称号を贈ろうと考えています」
「え……!?」
教会からの正式な称号!? では『聖騎士』が、ただの渾名ではなくなるの?
「ほ、本当ですか……?」
リシャール様は今、閉会式と聖剣の贈呈式のため、別の場所に控えている。
私は一足早く彼に与えられるものについて、こうして耳にしている形だ。
「もちろん。カタリナ様からの提案でね。すべて、このタイミングで与えてしまおう、と」
「か、カタリナ様……」
「ふふ。盛り上がる時に色々と盛り込むのが一番なのよ」
エンターテイナーね、この人は、本当に!
ただ、ご自身が楽しまれたいだけとも思うけど!
「併せて先に言っておきましょう。これは貴方に贈るつもりのものです」
そう言ってロウェナ大司教は私にある装飾品を見せた。
「ペンダントですか……? かなり凝った意匠の……」
「はい。貴方の水色の髪と瞳の色を讃えて、水の精霊ウンディーネをモチーフとしました。こちらにも祝福を掛けてあります」
「水の精霊ウンディーネ……」
人魚姫のようにも見える美しい女性を象った装飾品だった。これは一体……?
「貴方には『聖人』としての称号を与えるつもりです、シスター・エレクトラ」
「え……、聖人!? 私が!?」
聖女ではなく聖人なんて。
「この大会の名の下になった女性、エレンシア様は確かに大きな功績を上げることはありませんでした。ですが、その類まれな能力は広く知られて記録に残されるべきだったと教会は考えているのですよ」
「それは……」
「確かに平時では、その活躍の場は限られるかもしれません。ですが、その力が受け継がれていくのなら。その力を周知していれば。また何かが起きた時、それは民の希望に繋がるでしょう。4年前のグランドラ領のような場でね」
「……それはそうですね、きっと」
ハリード様が出兵した魔獣たちとの戦い。私がもし自分の能力を知っていたなら。
その能力を活かすことが出来ていたなら。きっと、もっと救われた人間も多かったはずだ。
今度は、きちんとその力が活かされるように。
「私自身は力になりたいと思いますが。私の子供や子孫が同じ力を持つとは限りませんよ?」
「もちろん、それは承知しています。ですが、そういう希望もあるのだと。記録には残せますからね。今回のこれは、そのための第一歩と考えてください」
ロウェナ大司教は食えない人だけれど。
今ここで私をどうこうしようという悪意は見えない。
むしろカタリナ様が理由を付けて同時に盛り込んだことに乗っかってきただけのような。
「……ふふふ」
怪しい! その含み笑いは何でしょうか、カタリナ様!
「エレクトラさん。ささ、色々と贈り物よ。頑張って!」
「……はい、カタリナ様」
かなり情報を叩き込まれた感が凄いけど。私の役目は変わらないわね。
そうして聖剣の贈呈式が始まる。
私の他にロウェナ大司教やエルドミカ様が後ろに立って。
この光景が彼らの後援をもって成立しているのだと知らしめながら。
「聖エレンシア剣技大会、優勝者。リシャール・クラウディウス卿。貴方を讃えて、この聖剣を貴方に贈呈します」
「謹んで。受け取ります」
私は開会の時と同じく聖剣の贈呈と共に黄金の光を放つ演出をする。
如何に神々しく人々に印象付けるか。練習の賜物だ。
そして聖剣の贈呈と共にエルドミカ様が続ける。
「騎士、リシャール・クラウディウス卿! 彼の者を国王陛下の名の下。私、エルドミカ・リュースウェル公爵とウォードルフ・グランドラ辺境伯の名において推薦し、ここに上級騎士爵を与えることを宣言する!」
「……有難く、お受け致します。リュースウェル公爵閣下」
リシャール様は、この場で叙爵されるとは思っていなかったのだろう。
少し驚いた表情を浮かべるものの冷静に対応してくれた。
普通、事前に教えておくものよね、こういうの? 私も少し流されていたけど。
直前に聞いたものだから彼に教える暇がなかった。
……教えるタイミングまでカタリナ様の計画通りな気がするのは気のせい?
「それでは続けましょう! 聖教会が大司教ティリウス・ロウェナの名において! 上級騎士リシャール・クラウディウス卿。並びにシスター・エレクトラ・ヴェント。教会から二人に贈るものがあります!」
大司教の呼び掛けに応え、カタリナ様に微笑みと共に背中を押されて私はリシャール様に並ぶ。
「……エレンさんも?」
「そうらしいんです。実は私もさっき聞きました」
リシャール様が小声で確認を取ってくる。完全に私たちの想定外の進行だからね、今。
「まずエレクトラ・ヴェント嬢。貴方にはその類まれな……『聖なる力』を認め、人々に貢献してきたことを讃えて、聖人としての称号を与えます」
ざわざわと観客席に声が広がっていく。まさかの出来事なのだろう。私もそうだもの。
「突然のことで皆さんも驚かれたことでしょう。ですが彼女の力が稀有なものであると教会は認めています。故に! ここで彼女を聖人と認め、また! 彼女を守るための騎士として……リシャール・クラウディウス卿に『聖騎士』の称号を与えます! この大司教ティリウス・ロウェナがここで宣言します。教会から二人に『聖人』と『聖騎士』としての祝福があらんことを!」
大司教の宣言と共に火薬が打ち鳴らされた。祝福の砲だ。
音が小気味いいだけで誰かに害を為すものではない。これは私も用意していたことを知っている。
そうして拍手と共に大歓声が巻き起こった。私たちへ向けられたものだ。
「聖人、ですか。そして渾名ではない聖騎士の称号……」
「……困ってしまいますよね。戦で功績を上げたワケでもないのに」
リシャール様の隣に立ち、ただならない者であると認められて人々に拍手を送られてしまう私。
ロウェナ大司教から水の精霊ウンディーネを象った装飾品、聖人の証まで与えられる。
これは貴重過ぎるわね。盗まれてしまわないか、とても心配。
「聖エレクトラ。聖騎士リシャール卿。これからも幸福な人生を歩み、そして、その稀有な力を用いて民にも幸福を分け与えんことを願う」
「……はい、大司教猊下。その名に恥じぬように」
「必ずや彼女を守っていきます。この聖剣に懸けて」
ロウェナ大司教は私たちの答えに満足して微笑みを浮かべる。
様々な祝福と共に聖エレンシア剣技大会は終わりを迎えた。
カタリナ様が『やり切ったわね、色々と』と屈託なく笑われて。
私は本当にそうですねと一緒になって笑うのだった。
辺境伯の名前→ウォードルフ・グランドラ
大司教の名前→ティリウス・ロウェナ
ウンディーネを象った聖人の証を貰った聖人→聖エレクトラ




