67 勝利と告白
「「「わぁあああああ!!」」」
観客たちの大歓声によって、リシャール様とロビン様の決勝戦が始まる。
二人は正々堂々とした戦いを望んだ。
そのせいか、互いにまっすぐとぶつかり合う。
思ったのだけど、騎士であるリシャール様はともかく。
王太子殿下であるロビン様が、それに匹敵するほどに強いのは凄いわね。
並々ならぬ努力か、才能も持ち合わせていなければ、ああはならないだろう。
尊敬に値する人物と言える。王族として敬うに足る。
……まぁ、仮面を着けて戦うのは何の冗談かと問いたくなるけれど。
ガキィン!
「「「おおおおおっ……!」」」
彼らの剣の打ち合いに、観客席が呼応するように声が漏れた。
洗練された騎士同士の剣戟は、流麗で華麗。剣舞を見ているようだ。
ぶつかる金属の音が心地いい。
リシャール様も前日のように長引かせる戦い方をするつもりはない様子。
ただ、突拍子もない動きをするワケではなく。また、別に相手に花を持たせようとする気もない。
仮面の騎士ロビン様の正体が王太子殿下と分かっていても、だ。
リシャール様は譲る気はないと言わんばかりに、まっすぐに剣を振るっていた。
「ははっ! リシャール卿は、やはり強いな!」
「貴方こそ! よくも、これほど!」
「実力で決勝まで上がってきたんだ! だからこその仮面だよ! 多くの騎士たちの上に立つに足る実力は、あると自負している!」
純粋な騎士であるリシャール様や、他の騎士たちに匹敵し、勝る実力。
やはり感嘆の声を上げざるをえない。ロビン様は……ユリアン殿下は、とても強いのだ。
でも。
リシャール様が勝てないほどでない。
だって、彼は他の騎士よりも抜きん出ているから。
「貴方との試合は楽しかった! ですが! 俺は負けるつもりは……ありません!」
「……それでいいとも! 私は力の限り戦うさ!」
リシャール様がロビン様を押していた。おそらくロビン様も実力差を理解されたのだと思う。
悔しげながらも、その表情には笑みがある。
「行きますよ、ロビンッ!」
「……来るがいい!」
最後の一振りもまた、まっすぐに。真っ向から。
──キッィイイン!
ロビン様の剣が、リシャール様が振るう剣の一閃によって折れる。
折れた剣の先が回転し、上空に舞った。
思わず、それを目で追ってしまう私や観客たち。そして折れた剣の先は会場の地面に落ちて。
「──俺の勝ちです、ロビン。崇高なる仮面の騎士よ」
「……ああ。君の勝ちだ、リシャール・クラウディウス卿」
ロビン様は折れた剣の柄を地面に置き、そして片膝を突いた。
「……勝者ッ、リシャール・クラウディウス!!」
審判によって高らかに宣言されるリシャール様の勝利。
聖エレンシア剣技大会で、優勝したのは……リシャール様だ。
「「「おおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
割れんばかりの歓声と拍手。
多くの観客に讃えられながら、大会は終わりを迎えたのだった。
「……見事だよ、リシャール卿」
閉会式の準備を慌ただしく始める中、会場の中央ではリシャール様たちが握手を交わしている。
「貴方も、ロビン様。貴方は、今大会で戦った誰よりも強かった。それは素晴らしいことです」
「ふ……。これでも、かなり厳しく教育を受けているからね」
閉会式の準備は、私以外のメンバーが主に担当してくれている。
私の役割は、開会式と同じ正装を着こなし、そして優勝者に聖剣を贈呈することだから。
最後に衣服の乱れを整えてから、会場の中央へと向かう。
「リシャール様、ロビン様。お疲れ様でした。とても良い試合でしたよ」
「エレンさん」
「ありがとう、シスター・エレクトラ。……さて、それでなのだが」
うん? 私が二人に近寄ると、ロビン様は改めてという風に話し始める。
「先に私の用事を済まさせて貰ってもいいかな? 注目を浴びている内にしたいんだが」
「まぁ。それは、もちろん」
「負けてしまって格好がつかないけどね」
「あの試合内容ならば誇っていいはずです。それにリシャール様と、あれだけ渡り合えたのですよ? そのことを誇りに思うべきです、ロビン様は」
私は、そんな風にロビン様に言ってのけた。ちょっと婚約者自慢でもある。
不敬かもしれないけど。許してくれると信じている。
ロビン様は、少しきょとんとしてから。
「ふ……あはは! 確かにそうだね。あのリシャール卿と渡り合えたのだ。負けたことよりも、その方が誇り高いだろう。はは!」
爽やかな好青年ね、彼は。恋路が上手くいってくれるといいのだけど。
「皆、聞いてくれ! 改めて! 試合前に告げたことを……一人の女性に贈りたいと思う!」
ロビン様が観客たちの注目を改めて集める。
リュースウェル公女、セルモニカ様への一世一代の愛の告白だ。
家門の名で、セルモニカ公女が何者かを多くの者が察しただろう。
仮面の騎士と公女の恋物語。これはこれで絵になるに違いない。
状況を察してか、或いは初めからそのつもりだったのか。
カタリナ様とエルドミカ様が、二人で一緒にセルモニカ公女を連れて会場へと降りてくる。
エルドミカ・リュースウェル公爵。
カタリナ様の旦那様。金色の髪で、長い髪をされているわ。
瞳の色は紫色。カタリナ様も薄紫色の瞳だけれど、彼の瞳の色合いは少し違う。
カタリナ様がアメジストなら、エルドミカ様はタンザナイトかしら。
そうして、その色合いの瞳はセルモニカ公女も同じ。
長く伸びた金色の髪は、良く手入れされているのが分かる。
成人前の女性らしい、若さと可憐さ。そして公女らしい気品を感じられる女性だ。
でも同時に活発そうにも見えるのは……カタリナ様の影響かしら。
「……シスター・エレクトラ」
「ロウェナ大司教?」
カタリナ様たちだけでなく、大司教様と一緒に教会の人間が会場へ来る。
その手には鞘に収まった聖剣があった。
「こちらを、貴方から彼へ贈呈してください」
「ありがとうございます、大司教猊下。受け取ります」
私は恭しく聖剣を両手で受け取り、抱え込む。
教会の祝福、魔法の掛かった剣。この剣をリシャール様が持てば百人力ね。
「さて、見物ですね。ランス王国の未来に関わることですから。見守らせていただきましょうか」
ロウェナ大司教がそう告げて、視線をロビン様たちへ向けた。
「……猊下は、ご存知なのですか、ロビン様の正体を」
「もちろんです。いやぁ、血は争えませんねぇ。彼の父親も若い頃はやんちゃでした」
それ、国王陛下。大司教様も知っているんだ。
本当に何をしているのかしら、我が国の王族は。
やんちゃな国王陛下って何だろう……。
「セルモニカ・リュースウェル公女。改めて、貴方に伝えたい。私の……愛を!」
ロビン様は、片膝を突いてセルモニカ公女に愛を乞うた。
その格好のまま告白するの!? 仮面を着けたままで!?
正体を明かしてからではなく!? 私は、まずそのことに驚いてしまったわ。
「ロビン様……」
さて、本当にどうなるのか。
この国の王太子殿下から、公女様への告白だなんて。
その内実を理解している人間が、どれだけ居るのだろう。
そもそも、彼の正体をセルモニカ公女は知っているのか。
「……貴方の試合での活躍を見させていただきました。とても、お強くて、格好良かったと思っております」
好感触なのかしら。
「ですが、私は貴方のことをよく知らないのです。ですから、愛を告げられても……私には」
それはそう!
あと、やっぱりロビン様の正体を知らないのでは!?
カタリナ様!? と私は、カタリナ様へ視線を向ける。
目が合うとカタリナ様は、心配するなと言わんばかりに笑った。
分からない。ただ楽しんでいるだけのようにも見えてしまうわ。
カタリナ様のこれまでの実績がね……。
「……本当に?」
「え?」
そこでロビン様は悪戯っ子のように口調を軽くした。
「本当に私のことが分からないかい、モニカ」
「……え?」
セルモニカ公女のことを愛称で呼ばれるロビン様……いえ、ユリアン殿下。
やはり王太子としての彼は、公女と知り合いなのね。
「モニカに気付いてもらえないと、寂しいな」
そう言ってロビン様は仮面の片側だけを持ち上げて見せる。
「あ……! 貴方は!」
セルモニカ公女も、それで気付かれたみたい。
「な、何をされているのですか、こんなところで……騎士の真似事を!?」
「ああ。真似事ではなく、本気で戦ったけれどね。生憎と負けてしまったけれど。モニカ、どうだろうか。私は、貴方を……私の妻にしたい。本当は……昔から君のことが好きだったんだ。もちろん、だからと言って国を乱す気はなかったけれど。ようやく運が向いてきた。だから……私の手を取って欲しい。君のことを、私は愛している」
「────!」
セルモニカ公女の頬が薔薇色に染まる。
そして後ろに控えるカタリナ様とエルドミカ様に振り向いて、表情を窺って。
優しげに、楽しげに頷かれた。公爵夫妻はご存知でしたものね。
「……、……私で良いのなら。私も、貴方のことをお慕いしていました、ユリアン様」
そうして差し出された手に、手を添えて応える公女。
細かい言葉は聞こえなくても、観客席には、その行動から彼女の答えが伝わったのだろう。
「モニカ、ありがとう!」
そうして立ち上がったロビン様は、セルモニカ様を強く抱き締めた。
また割れんばかりの歓声。祝福されて結ばれた二人。
でも結局、『王太子からの告白』であることが周知されていないのだけど。
それでいいのかしら?
「……俺たちに譲ってくださるそうですよ、エレンさん」
「え?」
リシャール様が私のそばに来て、歓声の中でも聞こえるように耳打ちしてくる。
「この場では、二人が結ばれたことだけをアピールして、ロビンの正体が王太子であることは後日、明かすそうです」
「それでいいのかしら?」
「彼が優勝していたら、ユリアン殿下であると名乗り上げるつもりだったそうですが。勝ったのは俺ですから。一番の名誉は譲ってくださり、謎の仮面の騎士としてだけ、振る舞うそうです」
「ああ……」
勝っていたら王太子であるとも明かすつもりだったのね。
だけど、この場は……優勝者であるリシャール様に譲ってくださると。
これは、王太子殿下からリシャール様への祝福だ。彼は最後まで爽やかな人だった。




