63 宣告
私は、強く彼を睨みつけた。
「私たちには縁がなかった。王命で貴方は結婚の翌日に家を出て行き、国を守るための戦いで2年も帰れなかった。そのことはいい。私は、その点について貴方を責める気などない。だけど、その2年! 私は、カールソン領を守っていた! そのことは領民たちと屋敷の使用人が認めてくれるわ! 私が領地を守っていなければ、今の貴方は子爵位を維持すらできていない! だから、たとえ、その2年で別の女性を見つけたのだとしても! 貴方は、私に敬意を払っての解決を図るべきだった!」
「それは! 俺が帰った時……お前が『既に家に居なかった』からだろう!?」
「ええ。だって貴方は、屋敷に帰ってくるのに彼女を引き連れて離縁状を既に用意していた。ご親切な高位貴族様がね? 貴方たちの『不貞物語』を逐一、領地に報せてくれていたのよ。いいえ、国中にかしら? 『英雄と聖女の恋物語』ってね! 聞けば、戦いが終わり、派遣兵たちが辺境から引き上げていく時期になっても、その関係は終わらせる気もなかったそうじゃない? ねぇ、自分の胸に聞いてみなさいよ。貴方、あの時、家に帰ってくる時、私に何を突きつけるつもりだった? 私をどう扱おうとしていた? 私になんと言うつもりだったのかッ! その答えが今、この瞬間よ。昨日、私たちの前に現れた貴方の妻の態度よ。お前たちは! 私に対して! 悪いとさえ思っていない! その行いを反省すらしていない! だから私は言っているの。私を『見縊るな』と!」
口をハクハクとして、言葉を失うハリード様。
私は強く睨みつけつつ、侮蔑の意思を示した。
それが彼にも分かったのだろう。一瞬で沸点に到達したように怒りの表情に切り替わる。
だけど、リシャール様がやはり私の前に立った。
「俺は、お前を信用しない。理不尽な怒りを抱いて彼女の前に現れ、あろうことか帯剣しているお前を。お前が、その怒りに身を委ね、暴力に訴えるすべてを許さない。拳を振り上げようとするな。剣に手を置こうとするな。俺は、お前がそういう真似をする男だと見做している。剣に手を掛けた瞬間、その手を切り落としてやる」
「……ッ!」
理不尽な怒りと、暴力の発露は容易に予想できることだ。
それはプライドを傷つけられた怒り。見下していた相手からの反抗という、ふざけた認識故の。
だからハリード様が暴力的な振る舞いをする前に、リシャール様は牽制する。
「彼女に威嚇する真似も許さない。彼女に一瞬たりとも恐怖を味わわせようとするな。暴力性によって支配しようとするな。それをしようとするならば、その場でお前を殺す」
『聖騎士』などという綺麗な呼称に収まらない威圧。剣気。
激情には激情をぶつけんとばかりに。
普段のリシャール様からは想像できないような暴力性と狂気。
それらは、すべて『敵』に対して向けられていて、その背に私を守ってくれている。
「捨て台詞を吐くな。彼女の心に何かを残そうなどと思うな。お前の意見はどうでもいい。お前の主張もどうでもいい。彼女に敬意を払わない者の言葉は聞く価値すらない。お前の事情はどうでもいい。お前の妻の境遇もどうでもいい。エレクトラ・ヴェントに対して、お前が吐いていい言葉は、謝罪のみだ。お前の愛はどうでもいい。お前の大切なものもどうでもいい。それは彼女にも、俺にもまったく関係のないものだ」
激昂しての暴力や暴言さえも先制で封殺する。分かっているのだ。
私が私を守るべきことを言う、私がする当然の主張に対して、彼が感じるのは『プライドを傷付けられた』などという、ふざけた考えだけだと。
「お前は、誰かに打ちのめされなければ、まともに彼女とも向き合えない。そうなのだろう? プライドを叩き折られなければ、お前は反省すら出来ない。なけなしのプライドだろうからな。ハリード・カールソンよ、エレクトラ・ヴェントはお前の『下』には居ない。お前が見下していい人間ではない。お前が陥れていい人でも、暴言を吐き出していい存在でもない」
怒りを伴って私の前に現れ、再会に対しての敬意もなく、尚も私を理不尽に責め立てんとした。
だが、その怒りでこちらを制圧せんとする前に、苛烈な反撃を食らって。
激情でなおも押し込もうとするも、リシャール様の更なる激情で押しのけられた。
私たちの方が怒っているのだと。そこで、ようやくハリード様の心に浸透する。
私たちが彼を警戒し、怒り、許さない気でいるのだと。
きっとハリード様にとっては想定外のことなのだろう。
「お前が、心から彼女に謝れるようにしてやろう、『英雄』ハリード・カールソン。今日の試合を『決闘』としよう。お前が俺に負けたなら、お前とその妻は、エレクトラに謝るんだ」
「謝る……だと? リヴィアも……」
「ああ、そうだ。お前たちに不貞をしたことへの謝意がないことは、昨日と今日で充分に理解した。だから決闘だ。お前の性根を叩き直してやる。それとも怖いか? 剣の道は、お前に唯一残された誇りなのだろう。それが失われることを怖れるか。俺の方が、お前よりも強いからな」
リシャール様は、そこで矛先を自身に向けるように挑発する。
誘導しようとしているのだろう。
確かにハリード様は一度、プライドを叩き折らなくてはいけないと思う。
でなければ、真っ当な話し合いが出来ないだろう。
「……いい気になるなよ」
「ハッ! こちらの台詞だ。俺たちは、お前たちの表情を観察していた。二人とも、エレクトラに対して執着心があるのだと分かっていたよ。どのような形かは分からなかったが、いずれ彼女の前に現れようとすると警戒もしていた。それでも、会えば人間として当然の態度を取ると、彼女は期待していたんだ。それがどうだ? お前の妻は謝罪もないまま、彼女に友好を求めてくる。当然の対応でそれをあしらえば、次は帯剣した男が怒りを示しながら現れる。もう、たくさんだ。いい加減にしろ、カールソン子爵。己が如何に理不尽な真似をしているか、理解もできないのか?」
二人の男が、対峙している。
それも『英雄』と『聖騎士』と呼ばれた男たちが。
先程からの私たちのやり取りは、周囲の注目を浴びている。
「試合で決着を付けよう。この場で、俺たちはお前の理不尽に付き合う気は毛頭ない。お前の主張に一片たりとて耳を貸す気もない。その様こそを理不尽と罵られようが、俺たちは胸を張るだろう。お前の言葉など聞く価値すらないと。今のお前は、話し合いの余地すらないのだ。……お前が、エレクトラと話をしたかったのならば、まずは謝罪から入るべきだった。俺たちから言えることは、もうそれだけだ」
リシャール様は、彼を警戒し、威嚇しながら、私に目配せをする。
私は頷き、彼と共にこの場を立ち去った。
姿を見せた当初の勢いは完全に殺され、怒りで再び動き出そうにも、リシャール様の牽制によってそれも叶わず。
私たちが無事にハリード様から離れるまで、彼はその場でずっと立ちつくすばかりだった。




