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06 ハリードの帰還

 ハリードは、英雄として領地に凱旋することになる。

 騎士として、これほど誇らしいこともないだろう。

 しかも隣には『最愛の人』も伴って、だ。


 加えて、実はハリードには正式に陞爵の話も来ていた。

 もちろん辺境での功績に対してだ。

 流石にいきなり伯爵ということはなく、子爵に上がるだけだが、それでも名誉なことだろう。


 それに伴って領地の拡大といきたいが……そうすると近隣の領地を接収する形になってしまう。

 隣の領地は、今の妻であるエレクトラの実家。ヴェント子爵家の領地だ。

 瑕疵もないのに、他家の領地を取り上げることは出来ない。


 だから陞爵に伴って領地を賜るならば、今の男爵領とは離れた別の土地を与えられるか。

 そうしたら今の領地には代官を立てて……。


「……ああ、代官か」

「ハリード様?」

「いや、なんでもないよ、リヴィア」


 まだ正式に子爵は賜っていない。

 だが、もしも子爵になるにあたって別の土地を与えられたら、自分はリヴィアと共にそちらで暮らす。

 そしたら、この地の『代官』には……エレクトラになって貰うのはどうだろう?


 なにせ彼女は自分の居ない2年間、カールソン男爵領を切り盛りしてきたはずだ。

 離縁を告げることは心苦しい。

 きっと泣きつかれるに違いないが……自分は、もうリヴィアを愛してしまった。

 だから、エレクトラには別れて貰わなければならない。

 だからこそ代官という役職に取り立てることで、彼女の2年間に報いるのだ。


「……うん」


 それでいこう。

 今思えば、白い結婚であったことは、せめての救いだったかもしれない。

 これも運命と言える。

 きっと自分とリヴィアが結ばれることこそが運命で、だからこそ、そういう巡り合わせだったのだ。


 2年前、エレクトラは自身が不貞を疑われないために、白い結婚をと願った。

 それが、まさか離縁の後押しになるだなんて、夢にも(・・・)思わなかったに違いない。


「……やっぱり、泣かれてしまうかな」

「ハリード様、もしかして奥様のことを考えていらっしゃるの?」

「……うん、すまない。リヴィアの前なのに。でも離縁の話はしなければいけないから」

「ううん、いいの。だって私も悪いもの。奥様には謝りたいわ」

「リヴィアが謝ることなんて! 俺が君を愛してしまったんだ……」

「ハリード様……ううん、私も。貴方を愛してしまったから」


 そうしてリヴィアとの愛を確かめ合いながら、ハリードはカールソン男爵領へと帰還した。


「久しぶりだな。それにしても、こうして見ると狭いな、我が領地は」

「ふふ、それでも素敵なところじゃないですか」

「そうかい?」


 2年間、この地からは離れていたが……特に荒れている様子はなかった。

 むしろ、出発する前よりも整っているぐらいに見える。

 遠くに見えてきた屋敷も、きちんと手入れされているようだ。

 2年も主が居ない領地が、どうなるか不安だったが大きな問題は起きずに済んだらしい。


 屋敷に着くと、使用人たちがハリードを出迎えに来る。


「おお……?」

「どうしたの、ハリード様」

「いや、使用人が、こうして出迎えてくるのは初めてだ」

「え? ハリード様は領主なのよね?」

「ああ、だが所詮は男爵だからな。それに雇われる使用人も当然、なんというか。平民上がりが、ほとんどなんだ。だから、こういう……なんというのかな。如何にも貴族の使用人といった態度での出迎えをする習慣はなかった」

「……ああ」


 2年、ハリードが居ない間に、使用人たちは改めて貴族に仕えるということを学んだのだろうか。

 それとも2年振りの主の帰還だからと、こうして今日だけは歓迎してくれたのか。


 なんにせよ気分がいいことだ。

 愛しのリヴィアにも、如何にも自分が貴い身分なのだと示すことが出来た。


「サイード。今、帰ったよ」

「お帰りなさいませ、旦那様」


 侍従長であるサイードに自ら声を掛けるハリード。


「皆、見違えたな。こんな歓迎の仕方をいつ覚えたんだい?」

「エレクトラ様に教わりました」

「……エレクトラに?」

「はい、旦那様。彼女は、れっきとした子爵令嬢でしたから。我々が知らぬ礼儀もご存知でした」

「そ、そうか」


 まさか、気分のいい歓迎の仕方を教えたのがエレクトラだとはハリードも思わなかった。

 思えば、如何に家を継げない令嬢とはいえ、彼女は自分よりも爵位が上の子爵家出身だった。

 今まで、あまりに二人の担う役割が違うせいか、意識はしていなかったのだ。


「…………」


 思いがけず、エレクトラの名前が出たことで気まずい思いを味わうハリード。

 だが、これから、もっと大事な話を彼女としなければならないことを思い出し、決意を固めた。


「サイード、悪いが今すぐエレクトラを呼んでくれないか。執務室……いや、応接室に呼んでくれ」


 ハリードはリヴィアの手を引き、屋敷の中へと歩みを進めながら、そう指示する。

 流石に今すぐに出て行ってもらうというワケにはいかないだろう。

 エレクトラは自分に泣き縋るだろうし。

 もしかしたら、嫉妬からリヴィアを傷付けようとする可能性もある。

 だから、常に自分はリヴィアと共に居なければ……、


「それは出来ません、旦那様」

「……は?」


 侍従長から返ってきた言葉は、ハリードの予期しないものだった。


「何故だ?」

「エレクトラ様は、屋敷にはいらっしゃいません」

「……なに? どこかへ出掛けているのか? こんな昼間に?」


 まさか、エレクトラは自分が居ない間、男爵家の仕事をしていないのだろうか?

 遊び呆けていた? 自分が戦場で命懸けで戦っている間に?

 そう考えて、ムッとする。だが。


「いいえ。出掛けているのではなく、屋敷には居ないのです、旦那様」

「……は? 何を言っているんだ」

「……執務室の机の上に、エレクトラ様からの手紙をご用意しております。旦那様が自ら確認してくださるのが、早いかと」

「手紙だと? エレクトラは今、どこに居るんだ」

「それは把握致しかねます」

「なんだって? お前、侍従長が夫人の居場所を把握していないで許されると……」

「夫人は、いらっしゃいません」

「はぁ?」

「……旦那様には、どうかエレクトラ様からの手紙を読んでいただきたく思います。すべての話は、それからだと存じます」

「……何なんだ」


 ハリードは苛々とし、声を荒らげたのだが、侍従長を始めとして使用人たちの誰もハリードに説明しようとしない。

 貴族家の使用人としての振る舞いは格段に向上したが、主人に対する態度としては随分だった。


「どうか、手紙を」

「分かった。リヴィアを応接室へ案内してくれ。護衛も付けるように……いや、エレクトラは居ないのか」

「……エレクトラ様がいらっしゃっても、屋敷の中で護衛を付ける必要はないでしょう」


 まるで責め立てるような侍従長の視線に、ハリードは不穏な気配を感じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] これ世界感によるけど僧兵が結婚できるんか?男爵が子爵家に賠償とか払えるのかが気になる
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