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58 蹂躙と黄金の治癒

「試合、始め!」


 リシャールとゴドウィンの試合が始まった。

 互いに、刃を潰した剣で打ち合う。片や公爵家の騎士団長にまで昇り詰めた男。

 けして弱くはなかった。だが。


 ガキィン!


「ぐっ……! リシャール!」


 その一振りを受けて、ゴドウィンは辛うじて剣を手放さずに済んだ。

 だが、腕に痺れが残り、後退を余儀なくされる。

 リシャールは悠然と構え、追撃をせずにゴドウィンの動きを見ていた。


「チッ! 本当に忌々しいヤツだ!」


 悪態を吐き、リシャールを睨みつけるゴドウィン。

 公爵家の騎士団に所属していた時から、ずっとリシャールのことが気に入らなかった。

 その見目と人柄から、多くの者に好かれ、そして他を圧倒する実力。

 いずれ己にとって脅威となると、ゴドウィンは分かっていたのだ。

 遠からず、今の立場を追われることになるのだと。


 許せなかったのが、リシャールに伯爵令嬢との縁談が持ち上がっていたこと。

 すぐにでも彼を退けねばならないと、ゴドウィンは策を練った。

 訓練中の事故に見せ掛け、リシャールの利き腕を意図的に深く傷つけたのだ。

 真剣での立会の前、リシャールの武具に仕込みをし、彼が上手く動けないようにした。

 そして彼の治療が上手く出来ないように取り計らいもした。


 すべてゴドウィンの思惑通りになり、リシャールは騎士を辞めざるを得なくなったのだ。

 己の地位は、これからも安泰だと思った。だというのに。


 今、こうして己の前に、リシャール・クラウディウスが立っている。

 以前よりも腕を上げた姿で。

 その上、子爵家の娘とはいえ、リュースウェル公爵夫人が特別に目を掛けているという女と結ばれる?

 その女は、そしてリシャールも、人々に称えられるような名で呼ばれ、認められている?


 あまりにも度し難いことだった。

 絶対に陥れねば、許せぬことだった。


「リシャール!」


 ゴドウィンは、なんとかしてリシャールに接近し、力比べに持ち込む。

 己の膂力が、リシャールを上回っていると過信したワケではない。

 ただ、他の者には気付かれぬよう、彼に言葉を聞かせるために肉薄したのだ。


「……いいのか?」


 ゴドウィンの言葉に動揺も見せず、リシャールは視線を向けてくる。


「お前の女、今どこに居ると思う? お前が……俺に勝つ気なら。どうなるか分からんぞ?」

「……!」


 リシャールの表情に怒りが宿る。困惑はない。

 ゴドウィンが卑劣な人間であると確信したのだ。

 そして、くだらない劣等感を理由にして、己の最愛にすら害を為す輩であると。


「無様に負けろ。いや、その右腕をまた差し出せ。今度こそ再起不能にしてやる。お前の女が大事なら──」


 そのタイミングで。


「リシャール様! 頑張ってー!」


 二人の耳に届くような声量で、その声が聞こえた。


「……はは」

「何を、笑って……」

「今の声が誰のものか。お前には分からないのか? グレッグ。脅しに使うぐらいの相手なのだ。覚えておくがいい。間抜けが露見するぞ」


 ガギン! と剣ごとリシャールに突き飛ばされるゴドウィン。

 だが、追撃はない。その代わり、リシャールはある一点を指し示した。

 ゴドウィンは、誘導された方向に視線を向ける。そこには……水色の髪の女が。


「リシャール様! 私は、朝からずっと無事に過ごせております! 容赦なくやってください! 後は私にお任せです!」


 そう言って、小さな杖を振るエレクトラ。

 大会用に用意していたのか。その杖の先には彼女の魔力が宿り、黄金の光を放つ。

 強烈な光ではなく、応援のために目立つ程度の光だ。

 『光る小さな杖』を振りながら、リシャールの最愛が声援を飛ばしている。

 そのようなことをしている、出来ている者は他に居ないので一際、彼女の姿は目立った。


「なっ……!?」


 驚愕するゴドウィン。その表情の変化を、リシャールとエレクトラは見逃さない。


「それで? どうする、グレッグ。俺に実力で勝つ自信がないのだろう? だから、薄汚い手ばかり使う。情けない男だ」

「貴様っ……!」


 リシャールは、ゴドウィンの名を呼び捨てる。

 その立場に敬意など払わないと示すためにだ。


「無様に敗北を選ぶか? 戦いもせず。その情けない姿を見て、今後も騎士団長を続けていけるかな? 団員たちから尊敬すらされなくなれば、騎士団の長など務まるまい。それが嫌ならば向かって来るがいい、グレッグ・ゴドウィン。騎士らしく、正々堂々と。俺がお前を終わらせてやる」


 リシャールが堂々と構え、待ち受ける。

 彼の言動に怒りを覚えながらも、その実力を誰より認めているゴドウィンは踏み出せなかった。


「……体調不良で棄権でもするか? 敗北するより情けないと思うがな。お前がどう言い繕おうと、皆がお前の情けなさを見抜くだろうよ。特に騎士たちはな」

「ぐっ……!」


 怒りと焦り、怖れ。様々な感情がゴドウィンの中に渦巻く。


「俺が怖いのだろう? 俺を誰より認めているのは、お前なのだ。グレッグ。……いや、そうだな。怖いのではないか。お前は、俺に『憧れている』のだな。ははは! いいだろう、グレッグ! 優しく手解きしてやるぞ? お前のために、この俺が!」


 リシャールは、あえて構えを緩めつつ、哄笑する。

 普段の彼がしないような笑い方や表情、言葉選びだ。


 だが、ほんの少しの油断、隙のような態度と、侮辱された怒りがゴドウィンを突き動かした。


「ふざけるな、若造がッ!」


 騎士団長にまでなった男の豪快な一振り。

 実力の足りぬ騎士ならば、その一撃は確実にゴドウィンに勝利をもたらしたのだろう。

 だが、それは叶わない。何故ならば、対峙する相手は……リシャール・クラウディウス。

 その実力で『聖騎士』とまで謳われた男なのだから。


 ギャリィイイ……!


「っ……!?」


 弾くのでもなく、受け流すように。刃に刃を滑らせて、ゴドウィンの一振りをいなすリシャール。

 そのまま勢いを殺すことなく、彼の利き腕……右手に強烈な一撃が見舞われた。


「ぎっ……!!」


 試合で使われているのは互いに刃の潰れた剣だ。

 だが、それは鉄で出来た剣である。打ちどころが悪ければ、刃が潰れていたとて、大怪我をする。

 ましてや、振るう者が怪力と呼べるほどの膂力を持っていたならば、必然。


「ぎぁっ……」


 最後の意地なのか。ゴドウィンはすぐに剣を手放さない。

 そして、理性を持ってあえて剣を手放し、試合終了を狙う隙すら、与えられない。


 切り上げるように振り抜かれた剣は、振り抜かれた後、瞬時に向きを変えて、今度は振り下ろされる。

 ゴドウィンは、その動きを視界に捉えていた。だが、反応するのは間に合わなかった。

 リシャールの剣速が速過ぎたのだ。


 ギュドッ!!!


「ぎっ……ゃあああああああ!!」


 二度の剣撃にようやくゴドウィンは剣を手放す。

 彼の右腕は、潰されていた。それは、形こそ違えど、かつてリシャールが負わされた右腕の傷のように。


「ぁあああああああ……!!」


 ゴドウィンの悲鳴と共に試合の勝者がリシャールだと審判は高らかに宣言する。


「その腕では、もう騎士としての道は歩めまい」

「う……ぐ、貴様、ぐ……リシャール! リシャアアアルッ!!!」


 怨嗟の声を上げるゴドウィン。だが。


「だが、安心しろ。この大会は、女神の名の下、大きな怪我人を出さない方針だ」

「何……を!」


 その場に。エレクトラが駆けてくる。

 大会開催の挨拶をした時のように、白地に金の装飾をされた……まるで聖女のような出で立ち。

 その手には、先程の光る小さな杖の代わりに、白銀の槍の先に旗が丸められたものを持っていた。


「──良き戦いを見せてくれた、この者たちに癒しを!」


 エレクトラの言葉と共に黄金の光が迸る。

 ただし、見る者に優しい淡い光だ。光量が以前より抑えられたそれは、より彼女に神秘性を持たせた。


 彼女の放つ黄金の光が、リシャールとゴドウィンを包む。

 すると、ゴドウィンの潰された右腕は、たちまち癒された。


「う……あ……?」


 ゴドウィンは、己の右手が癒されたことに目を見開き、言葉を失う。


「彼女の引き立て役、ご苦労様です。ゴドウィン団長」


 すっと、彼だけに聞こえるようにそう告げたのはリシャールだ。

 先程までの挑発めいた態度ではなく、普段通りの微笑みと穏やかな表情。


「右腕の件は、今回ので『おあいこ』ということで。他の問題については、頼れる方たちにお任せします。ご武運を」


 にこやかに。紳士らしく、騎士らしく。

 彼に告げた後、リシャールはエレクトラの手を引き、試合場を後にした。


 リシャールが、ゴドウィンに対してすべきことはもうない。

 既にかつての恨みは、己の最愛への運命が凌駕していた。

 愛する者に出会うための『ちょっとした』試練に過ぎなかったのだ、彼との諍いは。


 『リシャールに相手にすらされない』。

 そのことが、最もゴドウィンの誇りを打ちのめすことなど、彼は気にも留めなかった。


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― 新着の感想 ―
勝てないから策を弄して潰した そんなことも覚えてられない程度の頭で団長やってるのか・・・公爵家の治安大丈夫かな??
ペンライト登場…(笑)タグは微ざまぁになってるけど、きっちりざまぁしてますね~!
ざまぁ一人目、まだまだ続く!
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