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「私に会いたい人、ですか」

「はい。ですが、実は……内密にお会いしたいとのことで」

「そうですか。貴方たちはファーマソン公爵家の騎士ですね?」

「え、あ、いや……」

「隠すのですか? 腕章をわざわざ外しているみたいですが。今大会の参加騎士については全員、どこの誰か私は把握しています。貴方たちは残念ながら1回戦で敗退されましたが、参加した騎士に違いありません。そんなファーマソン家の騎士を使っての呼び出しということは、貴方たちの上司か、或いは公爵夫妻のどちらか、或いはご子息。侍従長などの責任者が、ということですかね」

「いや、その……」


 彼らの態度からして、ファーマソン家の騎士とはバレたくなかった様子だ。

 運営チームの控室へ向かう前に、私に話し掛けてきた彼ら。


「先に言っておきますが。私が遅刻した場合、すぐにでも捜索を開始する手筈になっています。今大会では、そういうことが想定内ですので」

「……は? 何を」


 私は、ニコリと微笑みを浮かべてあげる。


「私を狙って動く人物が居ると分かっていたのです。ですので、少しでも私に失踪の疑いあらば、すぐにリュースウェル家の騎士が動くことになっているのです。もちろん、貴方たちがそうとは言いません。ただ、残念ですがファーマソン家に所縁ある者という時点で警戒させていただくことになっております。詳しくは公爵がご存知かと。己の振る舞いを忘れていなければ、ですが」


 かつて彼の動かした者たちが、私の悪評を広めようと画策した。

 オルブライト夫人とは別だが、私の名を騙る者まで居たのだ。


「……公爵に向かって、随分な物言いですね」

「ふふ。色々とあるのです。それで? 私に内密に会いたい人は誰なのでしょう? 相手によっては、大人しく対応してもいいですよ」

「そちらが選べる立場だとでも?」


 少し苛々した様子で男が凄む。


「名前を名乗らず、所属を誤魔化す者が、選ぶ側の立場だとでも? こうして話しているだけでもリュースウェルの騎士が動き出す時間が近付いてきますね。それでよいですか?」


 私は、堂々と彼らと相対していた。怖くないワケではないのだけど。

 ヴェント家の女は、まぁ他家のご令嬢たちより肝が据わっているのだ。


 男たちは悩んでいる様子だった。力尽くで連れていくことも視野に入っているのだろう。

 だが、本当に即座にリュースウェルの騎士が動くというなら、話が変わってくる。

 私は再度、深く溜息を吐いて彼らに言った。


「もし、私を呼び出したのが公爵ならば、私が会う道理がありません。現在、私はリュースウェル家の後援を受け、庇護下にあります。力尽くでことを為そうとするなら、公爵家同士の争いへと発展するでしょう。貴方たちのせいで。もう一度言っておきますが、私が誘拐などの目に遭うことは想定内です。即座に騎士たちは動きます。呼び出した者の企みは、即座に露見することになり、叶わないでしょう」


 自信がある態度の私に、彼らは怖気づいている様子だ。


「そして、もし私を呼び出すように命じたのが、貴方たちのトップ。ファーマソン家の騎士団長であるゴドウィン卿でしたら、考え直すのがいいでしょう。貴方たちは犯罪の片棒を担いだとして、罪人になります。もちろん、私も大人しくしている気はありません。貴方たち、私が何と呼ばれているかは、ご存知ですか? 『戦場の』女神です。女性だからと戦えぬ者が呼ばれる名ではありません。分かりますね? 私は、全霊を以て抵抗します。その時間で、すぐに騎士たちが駆けつけるでしょう」


 他家の令嬢よりは動けると思うけど、まぁ私に武力らしい武力はない。

 これもハッタリである。実際は男性二人掛かりで襲い掛かられたら一溜りもないだろう。

 私は、なんだかんだでよくハッタリを使うなぁ。


「公爵と騎士団長以外で、ファーマソン家の者に命令できる立場の方であれば、こちらも礼儀を尽くした上で対応しましょう。当然、その場合は、内密であろうとも私一人で会いに行く真似はしません。護衛と従者を付け、身だしなみを整えてから参ります。彼ら以外であれば、それらの行為は当然、許してくださるでしょう」


 こちらの準備が整うのを待つこともない相手であれば、従う気はなく抵抗もする。

 最大限に警戒した対応を取りつつも、私は毅然として淑女の微笑みを絶やさなかった。


「それで? 黙り込んでいては分かりません。結局、誰が私に会いたいのですか?」

「…………」


 逡巡。さて、どう出るのか。


「い、いいから。こちらへ来てくれませんか? 悪いようにはしませんから」


 いやいや。それは悪手でしょう。悩んだ末にそれって。考えるのが苦手と見た。

 これは呼び出し主は公爵夫人ではなさそうだ。公爵か、ゴドウィン卿かな。

 公爵が私に接触してくる理由は正直、乏しい。

 今日、リシャール様との試合があるゴドウィン卿が、動かされた人員を考えても最も可能性が高い。


「……はぁ。ゴドウィン卿ですか、貴方たちに命令したのは」


 私は、深い溜息を吐きつつ、そう指摘した。その表情の変化から確信を得る。

 それなら、それで打つ手は変わってくるというもの。


「ふふふ、貴方たち、運がありませんでしたね?」

「な、何を……」

「タイムリミット。時間を掛け過ぎました。特に今日は動きがあるだろうと予測していた日だったので」

「は? あっ……」


 そう。彼らの背後には既にリュースウェルの騎士たちが迫っていた。

 彼らもそれに気付いたのだろう。慌てて逃げようとして、ガシリと肩を掴まれてしまう。


「おおっと。暴れないでくれよ? ヴェント嬢をどこへ連れて行こうとしたんだ? 俺たちと一緒に行こう。な?」

「い、いや。俺たちは、ただ……」

「騎士団長は騎士団長でも、ウチのファンブルグ団長に会ってみろよ。そうしたら価値観変わるぜぇ?」


 何故か、味方のはずのリュースウェルの騎士の方がチンピラっぽい言動だ。

 囲まれた彼らも彼らで、私に助けを求める始末。いやいや。私が助けるはずがないでしょう。


「では、ヴェント嬢。我々がご案内します」

「ありがとう。ご苦労様です」


 私は、リュースウェルの騎士にエスコートされ、運営委員会の控室に向かった。

 それから、あえて表に出て行かず、姿を見せずに待機する。

 リシャール様の試合が始まるまでに続報があればいいな、と。

 そう思っている内に、ファーマソンの騎士たちを強制的に連行していった騎士から報せが入った。


 どうやら彼らは、ただ私を案内するように命じられただけらしい。

 それだけなのにあの挙動不審な態度だったのかと言いたいが……。

 まぁ、リュースウェル側も過度な尋問などはしていないだろう。詳細を掴むのは難しいか。


 ただ、案内されるはずだった場所は人気がなく、周辺調査をしてみたところ何やら無人の小屋を発見したとか。

 その小屋周辺に待機していたのは、これまたファーマソン家の下級騎士。

 あちらの騎士団って、管理がまるでされていないのでは……?

 騎士団長の命令と言われれば従うのが騎士と言えばそうかもだけど。


 流石にならず者を用意して私を穢させるほど下衆な企みではなかったか。

 軟禁か足止めなりして、その間にリシャール様を脅す手筈かな?

 『匂わせ』な発言だけして、彼を脅して、実際は『特に何もしていませんが、何か?』と。

 そういう流れだったのかもしれない。リシャール様に勝てれば、それでいいのか。

 やはり、企みはファーマソン家の騎士団長、グレッグ・ゴドウィン卿のようだ。


「……ふふ」


 リシャール様と彼の試合が始まったところで、表に出ていって無事を報せてあげましょう。

 思惑が上手く行けば、リシャール様が手を抜いてくれるはずだった試合。

 それが、いきなり『手加減なしのリシャール・クラウディウス』を相手にすると分かったら?


 絶対に見物である。その表情が良く見える位置から声を掛けよう。


 そうして。リシャール様とゴドウィン卿の試合が始まる時間になった。


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― 新着の感想 ―
デキるヒロインは安定感ありますね。リュースウェルの騎士が良い…(笑)
この程度だからリシャールに嫉妬して騎士団から追い出したんだろうな
[一言] 次回 『ゴドウィン(のプライド立場 粉々に) 散る』 デュエル・スタンバイ‼️
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