56 接触
オルブライト夫人を送り届けた後、リシャール様と合流し、無事に宿へ帰還する。
意外と注目の人々が突撃してくることはなかった。
考え過ぎだと言えればいいのだけど、どうも大会で見た彼らの挙動が信用ならない。
翌日。剣技大会についての報せが王都に様々な形で流布され、盛り上がりを見せていた。
私は、一面の記事となったその報せを読みながら朝食を摂る。
その中でも注目は、やはり仮面の騎士『ロビン』様だ。
彼が言ったように『先代』も居るようで、知る人ぞ知る『あのロビン』がまた現れた、と。
そんな盛り上がりを見せている界隈もあるのだとか。
「知らない歴史だわ……」
彼の『父親』も仮面を着けて活躍したという。本当に何をしているのか、この国の王族は。
リシャール様の件は、それなりの反応。かなり『ロビン』様に注目を奪われた形だ。
ただ、二人が愛の告白宣言をした影響か、妙なことになっている。
「ロビン様のお相手も私ということに……?」
どうしてそうなる。いえ、彼はリシャール様と違い、相手を指名していない。
大会に関わっていて名前を出しているのは私だけだし、リシャール様が私を指名しているので、そう噂するのも仕方ないのか。
「ロビン様の正体は、お相手が判明するまで秘匿しなければいけないわね」
下手をすれば『王太子の想い人』扱いだ。違うのに。
本命相手を隠すカムフラージュにはなるかもしれないけど。
もしかして、そういう狙いだろうか。迷惑だけど……?
仮面の騎士を嬉々としてやっている殿下の様子からして、あまり深く考えていないのかも。
「ロビン様の件以外は、概ね想定通り。いい感じに広がっているみたいね」
大会付近では臨時商店も出ており、経済効果も期待できる。
人々の注目度も申し分なし。やっぱり皆、お祭りが好きなのだ。
初日の観客席は、大会関係者や高位貴族がほとんど埋めていたけれど。
今日からは、市井向けのチケットでの観覧が可能となる。
そうなると安全面に不安は残るので、高位貴族からの観覧数は減少する。
ファーマソン公爵家の騎士も参加しているが、公爵夫妻はどうだろう。
自家の騎士に注目しているか。公爵はリヴィア様を見たくて来るか?
夫人が許すとは思えないけど、昨日は来ていたわね。
私は、そんなことを考えながら朝の準備を済ませて会場へ向かった。
今日も盛況な様子で何より、リシャール様へ労いの言葉を掛けて、運営側の控室へ向かう。
「リシャール様、怪我などありませんように」
「ありがとう、エレンさん。もちろんです」
「……その。騎士側で、何か問題など起きていませんか? 例の方とか」
「今のところは大人しいものです。視線は感じますけどね。たぶん、まだ戸惑っているのではないでしょうか」
「戸惑っている?」
私が首を傾げると、リシャール様が右腕を元気よく振って見せる。
「俺の右手がこうも自由に動いていること、そのものにですよ」
「ああ!」
そうか。ゴドウィン卿にとってリシャール様の右腕は二度と動くはずのないものだったのだ。
だから安心していたのだろう。それが、見るからに不自由なく動いている。
かつて嫉妬し、怖れた騎士としての実力を遺憾なく発揮している。
まず『何故!?』という疑問が頭の中を占めたはずだ。
試合での動きを見るにリシャール様が完全に快復したことを徐々に理解していって。
今まさに『どうする!? どうしてやろうか!』と考えているところ?
「……報復を恐れたりしますかね」
「意識はされているみたいですが、こちらから彼に注目を向けたりはしていません。基本は『相手にしない』がいいですからね」
相手にしない、か。昨日オルブライト夫人に言われたことを思い出す。
そうね。彼らは何かしら私たちから奪っていった人たちだけど。
今の私たちは、自分たちの幸せがあれば充分とも思っている。
そんな私たちを、彼らがどう思うか次第なのだ、結局。
「まぁ、わざわざ招待して見せつけておいて何ですが」
「ふふ、それはそうね。意識していないって言えば嘘になりますから」
私たちは昨日から続く近況を報告し合いながら時間を過ごす。
夫人に会い、話をしたことは昨日の内にリシャール様と共有していた。
意外にも、リヴィア様たちの『突撃』はなかったね、なんて笑い合いながら。
自意識過剰で気にし過ぎ、と断じてしまえないのが困りものだ。
私たちとて彼らの動向に注意は払っていて、やっぱりどうしても彼らが、こちらを意識しているらしいことが窺える。
彼らに警戒はしつつも、剣技大会二日目の日程が開始された。
観客席が市井寄りとなり、また1回戦を勝ち上がった騎士同士の戦い故か、盛り上がり方は昨日よりもいい。
「「「ロビン様~!!!」」」
……何やら『ロビン』様の固定応援客が、できている。
彼はパフォーマンスもよくするので、一気に人気が出ているようだ。
主に若い女性を中心としているが、男性からの応援も相応にある。
誰に告白するのか知らないが、頑張れ若いのー! みたいな。
若干、大会の初期目標を彼に奪われている感が否めないが、興行的には、この上なく成功と言える。
リシャール様にも注目されていると感じられたので、初期目標も達成だろう。
『仮面の騎士』ロビン。
『聖騎士』リシャール・クラウディウス。
『英雄』ハリード・カールソン。
なんだかんだでハリード様も人気があるようだ。男性人気が、やや他の二人より高い気がする。
リシャール様とロビン様の女性人気が高いだけかもしれない。
そんな三英傑の花形騎士たちに比べると、ファーマソン公爵家騎士団長グレッグ・ゴドウィン卿は『地味』の一言だ。
肩書きだけならば、華々しいはずなのだけど。どうにも華がない。
……だからリシャール様に嫉妬したのだろうか? 一緒に居れば、劣等感に苛まれるとか。
彼らに声援が上がる度に、中々に酷い表情を浮かべているのだ。
もし、ゴドウィン卿が『動く』としたら何をするのだろう。
真っ向からの実力勝負ではリシャール様に敵わないのは分かっているはずだ。
でも、組み合わせでは、二人が順調に勝ち上がると明日に試合をすることになる。
試合自体は粛々と受けるのか。
それとも、注目を浴びる場でリシャール様にだけは負けたくないと思うか。
どうも、あの様子からして後者な気がしてならないワケだけど……。
そして、相変わらず、元夫とリヴィア様が、チラチラと私を見ている。
どうにか話し掛けられないか様子を窺っている雰囲気がある。でも、踏み込んでは来ない。
結婚式でやらかしてから、それなりに追い詰められた生活になったらしい二人。
多少は以前より……夢の中のことだが……丸くなっているのだろうか。
試合進行は順調に進んでいった。注目の三人とゴドウィン卿も勝ち残り。
明日に、リシャール様とゴドウィン卿の試合が実現する運びとなった。
二日目の日程が終わり、騎士たちも解散していく中。私は気になったので、リシャール様の元へ。
「リシャール!」
案の定、ゴドウィン卿がリシャール様に声を掛けていた。
「……ゴドウィン団長。お久しぶりですね」
「ああ、そうだな。久しぶりだ。だが、何故、今まで挨拶に来なかった?」
「挨拶ですか」
「古巣の騎士団には礼儀も尽くせないのか? 相変わらず騎士の風上にも置けない男だな」
まぁー。こんなことを言ってくる人なのね、ゴドウィン卿。それとも、あえて挑発しているのかな。
正直、昨日今日と観察した結果、心底リシャール様を見下していての発言とは思えない。
「ファーマソン家の騎士たちには挨拶をしていますよ、既に」
「……なに?」
「団長への挨拶は、どうやらタイミングが合わなかったようで見送っていました。俺は、既にファーマソン騎士団は辞めた身ですからね。二度と戻ることもありませんし、無理に時間を取らせる方が失礼でしょうから。それよりも、団長がまだ俺を気に掛けていることに驚きました」
リシャール様、いつになく饒舌!
「貴様、」
「それで何か御用でしょうか、団長。互いに話すことなどないと思います。ああ、それとも謝罪をされたいのですか?」
ゴドウィン卿の言葉を遮るようにリシャール様は言葉を重ねた。
苛立った様子を見せるゴドウィン卿。プライドが高そうだな、と感じる。
「謝罪だと? 何を。貴様の実力が足りなかったことを俺のせいにするつもりか?」
「実力? ああ、もしかして以前の試合のことをおっしゃっているのですか? それならば、この通り。腕のいい治療士に完治していただきましたので。今や、何の問題もなく、『過去』のことですよ。ですから気にしないでください。『どうでもいいこと』ですから、そんなことは。いや、むしろ感謝した方がいいのかな? あの傷は、俺に素晴らしい出会いをもたらしてくれた。ありがとうございます、団長」
どうでもいいと言いつつ、むしろ感謝して見せる。
まぁ、なんて皮肉! リシャール様も意外と喧嘩を売る時は、がっつりと売るのね!
リシャール様の言葉と態度に、ゴドウィン卿は愕然としつつ、激しく怒りを抱いた様子だ。
彼の感情は、嫉妬や劣等感もあるだろうが、執着心もあるような気がした。
己が刻んだはずの傷がすっかりなくなり、どうでもいい扱いをされたこと。
それが酷くプライドを損なったようだった。
『あのリシャールに傷をつけてやったのだ』という、歪んだ自尊心を持っていたのかもしれない。
それは裏を返せば、リシャール様の実力を誰よりも認めているということ。
「……いい気になっていられるのも今の内だぞ、リシャール」
この場では処理し切れない感情を渦巻かせている雰囲気。
辛うじて捨て台詞を吐いて、ゴドウィン卿は立ち去る。
ロクにリシャール様に皮肉な言葉すら掛けられないままだったことが分かる。
リシャール様が有無を言わせず反論したからね。それにもう傷もない。
突き付けたかった嫌味は、ほとんどが無意味と化しているのだ。
去り際、ゴドウィン卿は私が近くに居たことに気付き、睨み付けて来た。
そして、その口が開こうとする。何を言うつもりか知らないけど。
私は、彼に言いたいことがあったのだ。だから、ゴドウィン卿が何か言う前に私から言った。
「──リシャール様の右腕を治したのは私ですよ、ゴドウィン卿」
「…………、は?」
出鼻を挫かれた彼は、口をパクパクとさせた。
「ふふ。彼の右腕、完治したでしょう? もう治らないかもしれないと思っていたのに。聞いておりませんか、『戦場の女神』の噂を。私の治療魔法があったからリシャール様は、こうして騎士としての実力を十全に発揮できるまで快復されたのです。この大会でも騎士の皆様が大きな怪我をされたら、必ず治して見せますわ。ええ、私が居る限り、彼が腕を失うことはもうありません」
己のかつての功績、『リシャールの右腕を使えなくさせた』を台無しにした存在。
そう理解するのにゴドウィン卿が時間を掛けている間、私はさっさとリシャール様の元へ。
そして彼の手を取り、微笑みを向ける。
「リシャール様、明日の試合に勝てば、いよいよ『英雄』との対決ですね! 通過点ですから、さくっと勝ち上がってください!」
私が言う言葉に流石にリシャール様も驚いたのか、キョトンとしていた。可愛い。
「……ええ、もちろん。明日の勝利を貴方に捧げますよ、エレンさん」
見せつけるように。互いの仲を深めた。
その後はもう、あえてゴドウィン卿など存在しなかったように振る舞うのだ。
無視して夕食にでも出掛けるのもいいわね。
しばらく硬直していたゴドウィン卿は憤慨しながらも、結局は無言で去っていった。
口をパクパクさせたままだったのは見えたから、何かは言いたかったみたいだけど。
二人の世界を作っていたので、何を言っても負け惜しみに聞こえるのが分かったのだろう。
「……ちょっと、やり過ぎましたか?」
「いえ、俺も少し楽しんでいたので。良かったですよ」
まぁ、喧嘩を売りに来たのは、どう見てもあちらだった。
過去の因縁もあるので、撃退したことに後悔はない。
そうして、翌日。
運営の控室へと足を運ぶ私の元へ、騎士たちが訪ねて来た。
「何か……?」
「ヴェント嬢、実は貴方に会いたいという方が居て」
彼らは、ファーマソン家の騎士団員のはずだ。だが、所属を示す腕章をわざわざ外している。
もはや、悪巧みを隠していないも同然なのだが……。
私は、思わず溜息を吐いたのだった。




