54 紹介
カールソン家の使用人たちは、私が気にしていたことの一つだ。
もはや、あの家に対する責任を持たないとはいえ、二年間、私を助けてくれた人たち。
彼らが私に協力的だったからこそ、今の私があると言える。
そんな彼らの半数は今、オルブライト商会に雇われたという。
小貴族の屋敷の使用人だった彼らが、商会でやっていけるのか心配だった。
私だって、色々な場所で過ごせてきたのだから、とも思う。
「……彼らは、貴方の商会できちんと働けていますか?」
「ええ、もちろんです。初めは慣れませんでしたが、今はもう充分に働いてくれていますよ」
「それは良かったです」
私は、少しだけ考えてからオルブライト夫人の勧誘に答えた。
「せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます、オルブライト夫人」
「……あら」
意外、とでも言いたそうな表情を浮かべる彼女。
「今すぐに答えを出さなくても良いのですよ」
「そうですか。ですが、時間を置いても、やはり答えは変わらないかと」
「どうしてか理由を聞いても?」
私は、彼女をまっすぐに見ながら答える。
「いくつかありますが、私がそちらの商会に参加するからという理由で、彼らの今の生活を変えさせる気はありません。上手くやれているなら尚更です」
「商会の従業員ですから、店の異動命令もありますよ。貴方の責任ではありません」
「はい。そうかもしれませんね。他には、私が貴方たちのことをよく知らない、という点もあります。商会を立ち上げるという予定も組んでいませんでした。有難い話かもしれませんが、正直なところ困惑しております」
「……それは私の落ち度ですね。この機会にぜひ、と思い立ちました。エレクトラ様について、一方的に知っていただけだというのに。ですが、それならば時間を置いていただければ」
私は首を横に振る。
「派閥の問題があります」
「……派閥」
「私が、この大会の責任者になったのは、リュースウェル公爵夫人の支援があったからこそです。ですのでリュースウェル家に対する恩義があります。対してオルブライト商会は、ファーマソン公爵家を後援とする商会でしょう? 良い話だからと軽々にそちらに流れる不義理は出来ません」
「……両公爵家は、そこまで致命的に敵対しているワケではありませんよ」
「それも分かっています。ランス王国が誇る二大公爵家として、協調しつつ、慣れ合い過ぎず、バランスを保たれていると」
「でしたら」
「それでも、私はリュースウェル家、およびリュースウェルの盟友グランドラ辺境伯家に属する人間です。その上、教会の仕事もありますから、そちらの提案は持て余すかと」
私の治療魔法は、やはり使える場で活かした方がいいと思う。
救える人が多く居るはずだから。誰に課されたワケでもない、使命感のようなもの。
私の名が知れれば、リシャール様のように困っている人を救えることもあるかもしれない。
そう考えると、やはり教会での活動をやめる気にはならなかった。
「……商会の経営には興味がありませんか?」
「興味、ですか」
どうだろう。領地の運営と商会の経営では、勝手が違うと思う。
数字の問題は分かるため、やってやれないことはないのだろう。
だからこそ、こうして声を掛けられたのだろうし。
『名前』で商売をし、それに見込みがあるか。
資本金が用意されていて、やって見せろというやり方は、ある意味でカタリナ様と同じだ。
一つの事業をこうして既に成功させたと言っても過言ではないだろう。
それに自分の名の下に商売をさせる、というのも貴族ではありがちなことだ。
ヴェント子爵家は文武両道の家風というか。商売も、騎士などの武も、同様に習ってきた。
私は、あまり実際の戦闘に適しているワケではないけれど。
それでも、敵対者や魔獣を前にして過剰に臆することはない程度は鍛えられている。
商売についても同じことで、ある程度は精通しているつもり。
今は子爵を継いだベルトマスお兄様も、同じように騎士の道も、商売の道も選べる程度に鍛えられている。
あっ……。そうだわ、お兄様。
「……提案なのですが、オルブライト夫人」
「はい、なんでしょう?」
「私自身が商会で活動することは、やはり難しいかと思います。ですが、もし。かつてのカールソン家の使用人たちを新たに活動させる場所が必要と言うのなら」
カールソン家使用人たちの引き抜きは、もちろん彼らが有能だったのもあるだろう。
だけど、おそらくそれ以上に、あの家を苦しい状況に追いやるためでもあったはずだ。
それがファーマソン公爵夫人の意向だったから。
だから、従業員たちは優秀ながら、それでも持て余しているのかもしれない。
今回の話は、それが前提にあるのなら納得だ。
「私の兄、ベルトマス・ヴェント子爵に今の話を提案していただくのはいかがでしょうか」
「……エレクトラ様の兄?」
「はい、そうです。ベルトマスお兄様も商売には精通しております。それに長く子爵家を運営しておりました。実績で言うならば、私よりも大きいでしょう。私の兄ということで、かつての使用人たちの心も掴めるかと思います。私の名に価値があるとお考えならば、実家のヴェント家にもその影響は現れるはず。如何でしょうか?」
私から、このような別の提案をされることは想定していなかったか。
オルブライト夫人は、しばし考え込んだ。
「……悪くない話ですね。ですが、実家がオルブライト商会と提携するのは良いのですか? 派閥の問題は?」
「間接的な話になりますから。夫人もおっしゃられたように、両公爵家はそこまで致命的な敵対はしておりません。それぐらいの関与であれば、お許しいただけることでしょう」
私自身は、やはり出来ないなと思う。でも……商会か。
無理のない範囲なら興味がなくも、ない? 私自身の気持ちに気付かされた。
ただ、最初から多くの従業員を抱えて飛び込むには、準備も何もかも足りない世界だ。
それならば、今も現役で子爵として活動しているお兄様にお任せする方がいいはず。
私も、お兄様がかつての使用人たちを抱えてくれるなら安心だ。
「……分かりました。では、ヴェント子爵にお話しさせていただきましょうか」
「ありがとうございます、オルブライト夫人」
「良ければ一筆、紹介状を頂いても?」
「もちろん」
私は、お兄様への紹介状をしたためる。
「ありがとうございます。2週間以内には必ずヴェント子爵を訪ねましょう。そこで紹介状を子爵に渡したと伝えていただきます」
この紹介状を悪用などしない、ということね。
「良い話ですので、そう拗れずに決まると思いますよ」
「……そうですか。でも残念です」
「残念ですか?」
「私、エレクトラ様と一緒に働きたいと思ったのは本当なんですよ? あの家で、彼らは貴方を慕っていました。2年の期間、元夫の不貞があったとはいえ、嫁入りした側に使用人たちが心酔するというのは、やはり貴方の人望があってこそ。それは商売人にとって大きな強みです」
「あ、ありがとうございます……」
「ふふ。ですから残念です。私たちが共に働くとなった時の彼らの顔が見てみたかったわ」
オルブライト夫人。今日、初めてお会いしたのだけど、なんだか奇妙な縁だ。
かつて彼女は『私』だった。そしてリヴィア様の対応をしてくれていた。
思惑があってこそとはいえ、それは間接的に私を守ってくれたのと同じことだ。
「夫人から見て、リヴィア様は、どのような人でしたか?」
「リヴィア様ですか?」
「はい。今日、観客席に彼女と思われる女性を見ました。彼女は、強く私を見つめていて。どのような感情で私を見ていたのか。私には分からないのです。だって、とうの昔に離縁した妻でしょう? 今更、彼女が気にする必要はあるのかと」
ずっと疑問に思っていたことだ。『夢』は現実とは違う。
現実の彼女について、私は何も知らないのだ。
半年、リヴィア様と同じ屋敷で暮らしていたというオルブライト夫人の方が、よほど彼女を知っているだろう。
ベル ト マス・(ヴェ)ントは、(戦場の)ミューズの紹介で、〇ルブライト商会と提携し、商売を始めます。




