53 スカウト
「ふぅ……」
大会一日目の予定をすべて終えて、観客たちが帰っていく。
参加していた騎士たちもだ。そのまま天幕で寝泊まりする者も、ちらほらと居る。
特に遠方から参加している騎士が、そのまま滞在する。
すべての人に宿を用意することまでは手が回らず、というより予算が足りず、この辺りは了承済みだ。
この大会で採算が合うと証明され、『次』を望まれれば、いずれは専用の宿も出来るかもしれない。
私は、運営チーム用の部屋に留まっていた。
椅子に座り、休憩しながら……『来訪者』を待っている。
来訪者と言っても約束はしていない。ただ『誰か』が私のところへ来るだろう、という話だ。
大会で顔を見せ、名乗った私に注目していた人物は数人居る。
離縁した元夫のハリード・カールソン子爵。3年半以上、顔も合わせていなかった。
そして、彼の現妻、リヴィア・カールソン子爵夫人。
彼女から私へ執着する理由は、未だに謎だ。
リシャール様をかつて陥れ、大きな怪我を負わせた男、ファーマソン公爵家騎士団長、グレッグ・ゴドウィン卿。
リシャール様への劣等感と嫉妬心、だろうか。
彼に対して凄まじい視線を向ける姿を見た。
それでいて、彼のパートナーである私へ向けた下卑た視線も。
何かしら仕掛けてくると思う。それが『今日』かは分からないが……。
ユリアン殿下は、仮面を着けたまま私に挨拶に来たので、また来ることはないだろう。
そもそも彼は、別に私を求めているワケではない。
あとは、可能性は低いけれどファーマソン公爵夫妻のどちらか。
ハリード様やリヴィア様に、このような華々しい場所へ来る道を示すことは、公爵夫人ノーラリア様の意向に背くだろう。
公爵ジャック様が、どういうことを思うのかは微妙だ。
私を陥れようとしたことなど忘れているかもしれない。
「私にとって害悪であった人は」
まず元夫は、結婚していた私の他に女を作った。
この点は『今更』に過ぎなく、もはや未練も何もないのだけど……。
あの当時、感じていた失望も喉元を過ぎればなんとやら。
既に怒りさえもなく、過去の人物となっている。離縁してから1年半経っているからね。
その期間の私が、もっと苦しい生活を送っていたなら恨み辛みも忘れないだろうけれど。
新しい恋人と出会い、婚約し、これからの人生のために支え合い、歩み出そうとしているところ。
私は幸せだったのだ。だから既に過ぎた出来事と化している。やっぱり『今更』よね。
とはいえ、目の前にハリード様が現れたら嫌味の一つぐらいは言っていいだろう。
慰謝料なども、自ら望んだ離縁となっているので何も無い。
次に『聖女』リヴィア様。彼女に私がされたことは、結婚していた夫に手を出された、という点。
これも、それ自体は許せないことなのだが……。
ハリード様と同様、『今更』過ぎる。
目の前に現れても、嫌味の一つを言うか。
『あ、そう。お幸せに。あ、でもご苦労されているそうですね?』
ぐらいの感想だ。数年前ならともかく、やっぱり今更感。
彼女からも、別に離縁した妻なんて、どうでもよいと思うのだけど。
でも、なぜか私を凄く見ていたのよね。まぁ、興味ぐらいは持つのが当たり前か。
基本的に私には理解不能な人なので、そういう意味では警戒している。
そしてリシャール様を陥れたゴドウィン卿。
ある意味、今一番、私に害をもたらしそうな人物だ。
しかし、私自身に対し、これまで何かを行ったワケではない。
リシャール様に対しては謝らせたいと思うけれど……。
リシャール様の方も『今更』と思っていそうなのよね。
だって動かなかった右腕、私が治しちゃったから……。
それから私にとって最も害悪だった人。
それは、やはりジャック・ファーマソン公爵だろう。
彼は、少なくとも悪意を持って私を陥れようとした。
眼中にない、たかが男爵夫人だったからかもしれないが……。
故意に私の『偽者』を用意し、悪評をばら撒こうとした。
準備期間があったのにも拘わらず、私がハリード様との離縁交渉を放り捨てて逃げたのは『黒幕』の存在がチラついていたからだ。 当時は、逃げる方を優先するしかなかった。
それは正解だったと思っている。
ファーマソン公爵が何もしなければ、私たちの仲もこうも拗れなかったかもしれない。
しかし、私にとって害悪だった人物だが、今になって、わざわざ私の元へ足を運ぶとは思えない。
そう。別に『誰か』が来ることは確定ではない。
だから、こうして『待つ』のは必要のない行為となる。
それでもなお、何かが起きると……確信のような予感がある。
あの日見た『予知夢』の名残なのかもしれない。
そして、予感は当たった。
「リーダー、お客様が来られてます」
「お客様ね。どなたかしら?」
リーダーと呼んでいるのは、大会運営チームのメンバーの一人だ。
「ええと。オルブライト商会の方だそうで……」
「……商会?」
あら。想定していないところから来たわね。一体、誰……。ん? オルブライト商会って。
「お通ししてくれる?」
「はい、分かりました」
私は、てっきり先程、想定した人たちの誰かが私を尋ねてくると思ったのだけど。
自意識過剰だったかもしれないわ。
やがて、やって来たのは女性だった。
まず目を惹いたのは髪の色。私と同じ水色の髪の……。
「はじめまして、シスター・エレクトラ。私、オルブライト商会、会長の妻であるメイリン・オルブライトと申します」
「……貴方が」
私の耳にも入っている。
カールソン家を出ていく時、追手を遠ざけるためにいくつか策を用意した。
私の作戦に便乗してカールソン家に入り込んだというのが、彼女。
つまり『私の偽物』を演じていた、人。
私たちは、それ以上の言葉を出さず、しばし見つめ合ってしまった。
彼女から私への悪意はないだろう。おそらくだけど。
私を陥れるつもりで、カールソン家に入り込んだワケではない。
ファーマソン公爵夫人ノーラリア様の意向で潜入し、そして。
「オルブライト夫人。こうしてお会いする機会に恵まれるとは思っていませんでした。直接、お会いしたことこそありませんでしたが……、貴方のことは聞いております。カールソン子爵家に仕えていた使用人たちを引き取ってくださったと」
「はい、彼らはオルブライトが雇い入れました。シスター・エレクトラ、いえ、今はどうお呼びするのが良いのでしょうか?」
呼び方ね。
今の私は、教会所属。グランドラ辺境伯領を本拠地というか、籍を置いている。
王都に居るのは、あちらから出向という形が正しくて、いずれはグランドラに帰る予定。
実家はヴェント子爵家。一度家を出て離縁したけれど、実家に帰る選択肢は選ばなかった。
姓は名乗ることを許されているけれど。
今の実家には、私の兄であるベルトマス・ヴェント子爵と、その妻や子供が居る。
出戻りになっても迷惑を掛けるだろうと思い、帰らなかった。
以前までは、ファーマソン公爵などの追手が来る危険もあったから余計に。
そういう事情だから『子爵令嬢』とは、もう名乗り難い。バツイチだし、年齢もあるし。
『戦場の女神』は二つ名であり、身分を示すものではない。
というか日常的に、そんな呼び方はされたくない。
リーダー呼びするのは、大会の運営メンバーたちだけだ。
運営委員長が、今居る場所に相応しい呼び名だろうか。
「シスターでも構いませんが。今日は商会長夫人として来られたのでしょうか。それでしたら、運営委員長としてお話を聞いた方が良いのかしら? 私の裁量で決められることもありますよ」
私は、ニコリと商人向けの笑顔を浮かべる。
彼女に対する個人的な恨みは何もない。むしろ助かったぐらいだ。
でも、油断できる相手とは言い難い。
大会開催前に現れたなら、商売人として噛みたいという思惑だったと思うが……。
既に大会は始まってしまった。今更、商人が何の用だろう? となる。
「それでは、エレクトラ様……とお呼びしても?」
「ええ、構いませんよ。オルブライト夫人。それで、どういったご用件ですか?」
「まず、エレクトラ様に謝罪を」
「……謝罪?」
私は首を傾げる。
「かつて私は、貴方の名を長い間、騙っておりました。そのことについてです。申し訳ございません」
「ああ、それは……はい。その謝罪、受け取ります」
当時の彼女の思惑は、公爵夫人の意向ということだろう。
「それで、謝罪だけが用件でしょうか?」
「いえ。私が今日来たのは、貴方の……勧誘です」
「……勧誘?」
「はい。エレクトラ様の商才と人望を、私は誰よりも知っております。今大会も、リュースウェルの後ろ盾があったとはいえ、そのほとんどを取り仕切って、大会開催を実現させたと聞いております」
「まぁ、やはり耳が良いのですね」
カタリナ様に沢山、無茶ぶりされた結果だけど。
「貴方の名で、オルブライト商会の『子商会』を一つ、運営してみませんか? 従業員は、元カールソン家の使用人たちです」
「……!」
それは、予想外の提案だった。
プロットなしなので、とりあえずキャラクターたちを集めて
「お前たち、何か次の『イベント』を起こせ! いけ! やれ!」という書き方をしています。
無軌道。
だから、もしかしたら『何も起きない』可能性もある……。
ゴドウィン「あ、大人しくしてまーす」
ハリード「元妻も元気で良かった」
リヴィア「へー、あの人が、へー」
……で、何事もなく終わる可能性が……。お前ら、なんか事件起こせ。頼む。




