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51 仮面の騎士

 試合形式は、トーナメントと言われる方式で、組み合わせは吟味の末に選ばせて貰っている。

 まったくのランダムに選ぶことは平等だけれど。

 運次第で誰かだけが苦労し、誰かだけが楽をするのは公平ではない。


 そして運営側としては、きちんと試合を盛り上げて欲しいところだ。

 だから事前に実力評価を調査した上で、可能な限り実力差のない形で対戦相手を決めた。


「……仮面の騎士様?」


 金髪で仮面を着けた人がエントリーしている。

 以前に会ったばかりだから分かる。あれはユリアン王太子殿下だ。

 顔出ししたらどうなるとは言わないけれど。

 仮面を被ったからって、王太子が参加することの問題はなくなるかしら……?


「見てください、エレクトラさん。あの仮面の騎士様」

「なに?」


 運営委員の一人が、配られた対戦表の一枚を手渡してくる。

 私が注目して、指摘された仮面の騎士の名前は……と。


「『ロビン』? これが、あの方の登録名ですか? 家名なしの」

「はい、そうです。正体不明だそうで」

「……正体が完全に不明な人は、参加できないと思うけどねぇ」

「カタリナ様が許可されたそうですよ」

「ああ、そう……」


 カタリナ様なら『楽しいからいいじゃない』と言いそうだ。

 だいたい分かってきた。あの人は、そういう人物であると。

 確かに、下手に王太子殿下が出てくるより、盛り上がりそうな『役作り』かもしれない。


 仮面の騎士の正体は、なんと王太子殿下だった!


 ……うん。中々に出来過ぎている。

 これで、きちんと強ければ言うことはないだろうな。

 リシャール様を応援しているのだけど、興行的には『ロビン』が優勝するのも、中々いい。

 かなり話題になる。あとは大きな怪我をされないことを祈るばかりだ。

 もちろん私を含め、治療士は多く控えているから対処は出来ると思うけれど。


 そして、そろそろ意識はしておくべきだろう。


 私の元夫、ハリード・カールソン子爵が大会に参加している。

 目を向けないようにしていたものの、流石に無視し続けることは出来ない。

 何故なら、彼が私を見ていたから。

 放心したようにフラフラと動きながら、何度もこちらへ視線を向けてきていたのだ。


「……久しぶりねぇ」


 私の口を突いて出たのは、そんな言葉だった。ただ『感慨深いな』と。

 彼への恨み辛みはなかった。それはそうだろう。

 私は自らの意志で離縁し、彼と顔を合わせずに去った。

 そして結婚初夜には既に彼と別れることを想定しながら白い結婚を選択して。


 書類上、2年間の結婚期間。その間に彼と顔を合わせたことはなかった。

 遠く離れた場所で戦地で戦う彼のことを聞き、無事を祈り。

 その過程で彼の不貞の噂を、報せを耳にして。


 そうしてハリード様が家に帰ってくる前に私は出ていった。

 顔合わせも話し合いもせず。彼が不貞をしていたのは『現実』だけれど……。

 私が、誠実に対応したかは怪しいものだ。もちろん後悔はしていない。

 その後の話を聞くに、私の対応だって間違いではなかっただろう。

 自身を守るためだったのだから、私はその行為に何の引け目も感じない。


 そうして離縁して半年以上、私はシスターとして教会で過ごし、辺境伯領へ移って。

 リシャール様との仲を深めていった。

 その間、とうとうハリード様はリヴィア様と結婚し、例の事件だ。


 辺境伯閣下から聞いたファーマソン公爵家の情報を聞いて、私たちは動き始めて。

 王都に来て、カタリナ様のお世話になって、大会の準備をして。


「4年半ぶりになるのね……」


 最後に彼を見たのは戦場へ向かう日の朝だった。結婚した日の翌日だ。


 ……思えば。

 『縁』がなかったのだろうな、と。今では、そう思うのだ。


 だってそうでしょう?

 ハリード様とは結局、結婚式も挙げていない。誓いのキスすらなかった。

 初夜だけは済ませようとした彼には思うところがあるが、どう考えても白い結婚で正解だっただろう。


 『腹を立てるべき部分』の大半を私は『予知夢』によって先取りし、『実際に起こらなかった』ことになった。

 今の私が彼らに腹を立てることって、実はそんなにないのだ。

 もちろん、不誠実だった面は大いにあるけれど。


 むしろ、あの時にあのタイミングで逃げる選択肢を得たからこそ。

 自分の状況がそうなっていたからこそ。

 私はリシャール様と出会い、彼の婚約者となっている。


 だから、やっぱり『彼とは縁がなかった』が正しいのだと思う。

 互いに最初から結ばれる必要性が、まるでなかったのだ。


「……うん」


 私は気を取り直して大会に集中した。

 この後の私の出番は最後だ。それまでは医療班として活動する。

 細々とした運営はチームの皆がこなしてくれる予定だ。


 注目すべき他の選手たちも把握しておく。

 リュースウェル家の騎士、ローナン・ファンブルグ騎士団長や、ポール・ベルシュタイン卿も参加されている。


 そして、ファーマソン公爵家からも参加ありだ。


「あれが……」


 グレッグ・ゴドウィン騎士団長。

 私が見るとリシャール様を睨み付けていたところだった。

 どうやら、かなり意識されているらしいわね……。

 リシャール様と私が婚約者であることは、聞いているのかしら?


 ああして執着心を露わにしつつも劣等感に苛まれている人は、リシャール様に敵わないと見るや、標的をその人が大切にしている弱い人間に切り替えてくることがある。

 ちなみにカタリナ様の受け売りだ。

 つまり、この場合は私が、その標的になる可能性がある。

 人の目が多い場で仕掛けてくるとは思い難いけど。

 まぁ、あの様子なら警戒はしておいて損はないでしょうね。


 それから私が注目したのは参加する騎士たちではなく、観客席。

 ファーマソン家の騎士が参加するので当然の如く、居る。


 ファーマソン公爵夫妻だ。どちらか片方ではなく夫妻でのお越しである。

 色々と事情は聴いているけれど……。『聖女』リヴィア様は、来ているか分からない。

 一応、参加する騎士たちの家族は優先して席を用意していたのだけど。


 そもそも、こういった大会を観に来たい人なのかさえ、知らないものね。

 ……と、思っていたのだけど。


「あっ」


 視線が、合った。


 観客席を順繰りに見ていたら、一人の女性と。

 私は今、運営チーム側が集まっている、会場の一角に立っていた。

 観客席を下から、ほとんど一望でき、騎士たちが控えている天幕側に近い位置だ。


 そんな私を食い入るように見つめてくる、観客席の女性が一人。

 遠目で分かるのは金色の髪と、ルビーのような赤い瞳をしているということ。


「彼女ね……」


 なぜ私を見つめるのだろう。いや、夫となったハリード様が私を見つめていたからか。

 これは、早急にリシャール様との仲を見せつけた方がいいのかしら? うーん。


 御守り代わりの婚約指輪は、今はリシャール様が身に着けている。

 まぁ、私がしていたところで、ここで指輪を見せつけるのも『何なの?』となりかねないか。


 聖女リヴィア・カールソンが私を意識している。

 彼女は動くだろうか? 私と接触しようと試みるのだろうか。

 それ以前に、自身の出生については耳にしているのか。

 私より、そこに居る父親を意識しないのか。


「色々と揃っているわねー……」


 これも、お膳立てのほとんどはカタリナ様が仕組まれたようなもの。

 皆が良識を守っていれば、何事も起きないはずだけど……不安過ぎる。


 そうして、ちょっぴり不安になっていたところだった。

 剣技大会の一回戦が始まるところで……仮面の騎士『ロビン』様が声を上げられた。


「私の名は……ロビン! 私は、ここに誓おう。この剣をある一人の女性に捧げると! どうか観ていて欲しい!」


 よく通る声だなぁ。

 金色の髪は隠しておらず、目元を覆う仮面というか、アイマスクというか。

 呼吸の妨げになるようなものじゃない。瞳の色も隠せていないので、見る人が見れば誰か分かりそうなものだ。

 もちろん金髪碧眼は、別に王家だけの色ではないけれど。


 ちなみに、この宣誓を聞きながらカタリナ様が笑っていらっしゃるのが見えた。

 あ、カタリナ様の隣に、同じ年頃の男性が座られたわ。

 あちらが、おそらくエルドミカ・リュースウェル公爵。カタリナ様の夫だ。


「私は、この大会で勝利し、そして、その勝利を以て……ある女性に私の気持ちを伝える!」


 仮面の騎士『ロビン』様が、あの宣言に至ったということは観客席に来られた『誰か』がお相手なのよね。

 つまり、未来の王妃様。事前に『私ではない』ことだけは聞いている。

 さて、一体誰が、彼に選ばれるのか。

 まったく私とは関係ないところで、今大会一番の注目になってしまったわね。


 ちなみに仮面の騎士様は、難なく一回戦を勝ち抜かれた。

 あれは……素人目に見ても、かなりの実力者だ。


「この大会、色々な意味でどうなるのかしら」


 私は思わず、そんなことを呟くのだった。


天知る、地知る……

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで『ロビン』が出てくるってのでもうwもうw
[一言] ロビン(デブ)の出番はあるのかな? いや、あったらあったでこの王家大丈夫なん? とかなりそうですけどw
[一言]  リシャールには是非、すべての因縁を鎧袖一触とばかりに気持ちよく瞬殺して欲しいな(笑)
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