50 聖エレンシア剣技大会
いよいよ、大会が始まる。色々な意味で緊張するわ。
多くの人の協力の下、成立した『聖エレンシア剣技大会』。
……もう、当初の目的とか、どこかへ行ってしまっているわね。
私的な事情が入り込む余地がなくなったというか。
こんなことになるなんて思っていなかったのは間違いない。
私は、運営委員会の所属だけど、同時に医療班にも所属している。
医療班には教会から来た治療士たちが居るわ。
教会での活動も続けていたから顔見知りが多い。
各家騎士団のまとまりと、個人参加の騎士たちも集まっている。
会場は、客席となる部分が半円で階段型になっていて、片方は開けているので、そちら側が待機所だ。
天幕がいくつも張られている。
「……準備、出来ました」
この大会の責任者は私なので、特別な衣装を着させられて開会の挨拶をする。カタリナ様ではなく、私が。
名前の由来となったエレンシア様については、教会越しにどういう人だったかを、参加者や見物客には報せている。
『名誉を得られなかった聖人』に、その実力に足る栄誉を与える。
それは転じて、まだ名誉を得ていない実力ある騎士に、栄誉を与えるため、と。
それが、今大会の目的だから、カチリと意味合いが通ったというところ。
もちろん、協議の結果だ。
「シスター・エレクトラ。こちらが教会の祝福した聖剣です」
「はい、ロウェナ大司教猊下」
私は、鞘に納められたままの聖剣を受け取る。重たい。
刃は見ていないけれど、柄に装飾が施されていた。立派な剣だけど式典用に見えるわ。
「きちんと実戦で使える剣に仕上がっていますよ。祝福も授けられています」
「まぁ」
「騎士たちも振るってみたいと思うでしょうからね」
「……そうでしょうね」
騎士たちが憧れるようなものがいいのだ。勲章に近いけれど、実用品でもある、と。
もちろん、使い辛いというのであれば使わなくてもいい。
普段使いし難いのは事実だろうし。
「……では、私がこちらを預かります」
「ええ」
公爵夫人や大司教が居るのに私が開会の挨拶? とも思うけれど。
むしろ彼らは、立場が強過ぎるのがある。
まだ、この大会は初めての試みなのだ。どちらかと言えば市井のお祭りに近い雰囲気。
そのため、彼らよりも私の方が、盛り上がり易いという考えである。
リシャール様は、リュースウェル公爵家の騎士たちと共に行動しているけれど、所属はグランドラ辺境伯家だ。
かの地の名誉に繋がるよう、張り切っているわ。
「どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
私は、運営委員のメンバー数人と共に会場へ出ていく。
半円・階段状に作られた観客席は、満席となっていた。
ざわめきが聞こえ、如何にもお祭りの開催の空気となっている。
そして参加する騎士たちは、それぞれの騎士団ごとに整列していた。
この辺りは、どの家の所属かに関係なく、きっちりとしているところが騎士さまたちらしい。
騎士団単位ではない、個人参加の騎士たちも近くに並んでいる。
……その中には、きっと元夫も居るのだろう。
カタリナ様の支援もあり、参加すると表明は受け取っている。
でも、私は元夫には目を向けず、リシャール様の姿を探した。
白銀の髪に、青い瞳。鍛えられた身体。
私がいつも付けていた婚約指輪を、今はネックレスにしてリシャール様の胸元に飾っている。
戦う彼の『御守り』代わりだ。
私たちは声を掛けず、見つめ合い、微笑み合った。もう、心は通じているはずよ。
移動可能な高台が、騎士たちの前に設置されている。観客席を背にする形だ。
「ランス王国の騎士の皆様。並びに彼らの栄光を見に、集まってくれた皆様。ご挨拶を申し上げます。私は、今日の聖エレンシア剣技大会の運営責任者、グランドラ辺境伯領の教会所属、エレクトラ・ヴェントと申します。日頃から鍛錬に励まれている騎士様たちの栄光に、少しでもお役に立てるなら、と。この大会は開かれることになりました。騎士様の鍛錬の成果を、どうか集まった皆様方に示していただけますと幸いです」
一呼吸を入れて。
「怪我をされた方の治療体制は整えております。ですが、皆様が怪我なく過ごされることを望みます」
私は、鞘に納められた聖剣を、抱きかかえるように両手で持ち上げた。
「教会より祝福を与えられた、この聖剣は、優勝者に贈呈致します。どうか、この剣が騎士たちの名誉とならんことを」
と、ここで私は、魔法を使う。
治療や強化が目的ではなく、『ただ光るだけ』という魅せるための魔法だ。
慣れてきたもので、光量をいい感じに抑えることが出来る。
以前のようにピカーッとなって目眩し! という使い方ではなく、淡い光が私と聖剣を包むように。
神秘的な雰囲気を醸し出し、聖剣の有難みを増すイメージ戦略だ。
その効果があったのか、騎士様たちは驚いたように私を見上げた。
私は、彼らに微笑み返す。
「それでは、ただいまから、聖エレンシア剣技大会を開催いたします!」




