49 大会名決定
私は、リシャール様と共にユリアン殿下とお話しすることになった。
場所は教会の中だ。物騒なことにはならないと思う。
「改めて。貴方たちと話す機会を得られて光栄です。ぶしつけなのですが、シスター・エレクトラ。クラウディウス卿」
「はい、殿下」
「実は、私と貴方が今日、出会ったのは偶然ではありません」
「……そうですか」
そうだと思いました!
「驚かれないのですね」
「流石に偶然にしては出来過ぎかと思いまして」
「そうですか。ということは、私について聞き及んでいると。リュースウェル夫人か、エルドミカから?」
「……エルドミカ?」
というと。
「リュースウェル公爵のことですよ。彼は、私の友人です」
「あっ。公爵閣下の」
エルドミカ・リュースウェル。カタリナ様のご主人だ。
確かカタリナ様と同年齢のはずだから、ユリアン殿下や私とも、そう年齢は変わらない方。
殿下と公爵が友人関係であっても、何の不思議もない。
トップとトップは繋がっているものなのね。
「何か聞いていますか、彼らから。私について」
「……はい、まぁ、その。殿下には今、パートナーがいらっしゃらなくて……」
そこまで言うと、ユリアン殿下は、コクリと頷いた。
みなまで言わなくていいらしい。
「私とシスター・エレクトラの『出会い』を演出したかった者が居るようです」
「私たちの出会い、ですか」
「ええ。どこの派閥も考えることは一緒のようです。今回は、それに逆らわず、あえて乗りました。私も少し興味があったのは事実ですので」
以前にカタリナ様がおっしゃっていた。私もまた殿下の『伴侶候補』だ、と。
まさか、と思っていたけれど本当にそう動く人が居るのね。
「今日は、貴方のそばに婚約者殿が共に居て良かった」
ユリアン殿下は、そう微笑む。そして続けた。
「単刀直入に聞きます、シスター・エレクトラ。貴方には今から私が言うことに対し、自由に返事をする権利があります。私は、どのような回答であっても、貴方と貴方の近しい人たちに権威を振るいません。断ることを王太子の名を持って許可します。もちろん受け入れることも」
「……はい、ユリアン殿下」
殿下は表情を変えず、そのまままっすぐに私を見て。
「エレクトラ・ヴェント。私と結婚してくれますか?」
そう、言い放った。ムードもへったくれもないプロポーズだ。
私は考えるまでもない。答えの分かったことだろう。
「いいえ、申し訳ございません。私は、ユリアン殿下のことを、そういった相手として見ることが出来ません」
「分かりました。では、私はフラれたということで」
はい、終了、とばかりに。事務的! 何のときめきも逡巡もそこにはない。
失恋した苦悩もだ。当たり前だけどね。
むしろ、これでオーケーした場合の反応の方が怖いだろう。
「クラウディウス卿。貴方の婚約者を相手に失礼なことをしました」
そこでユリアン殿下が軽く頭を下げる。
「いえ、殿下。何かご事情があると見ました。エレンさんを奪われるワケにも参りませんが、先ほどの言葉に対し、殊更に怒りは覚えません」
「それは良かった。私も、貴方たちに嫌われたくはありませんから」
そして、ニコリと。先程までより大袈裟に殿下は笑った。
「殿下、またどうして先程のようなことを?」
「そうしないと納得しない者が居るのです」
「……その、本当に? まさか私と殿下を?」
「そうですね」
「あまりにも『得』がないと思いますが……」
「そうでもないでしょう。というよりも、シスター。貴方は自身の価値を低く見ていますね」
「え?」
そうだろうか。
それなりに希少価値がある能力として売り込んで、今の立場に居るつもりなのだけど。
そうでなければ、辺境伯閣下と公爵夫人の後ろ盾で、大規模行事の運営責任者なんてなれない。
大司教との縁だってなかったはずよ。
「これは、私も調べ始めたところなのですが。貴方の力について、似たような力を振るった人物が王家の記録に残っています」
「えっ」
王家の記録?
「女性だったそうです。特に聖女といった呼び名だったワケではありませんが」
「その方は……」
「過去の人間ですよ。今は居ません。王家が保護し、秘匿していたようですね……」
「王家の保護、ですか」
「はい。強力な治療魔法に、黄金の光を伴っていたそうで」
「……自分で言うのもなんですが、よくそのような人を隠す判断をされましたね」
それこそ『聖女』として売り出して王家に取り込んだ方が利益になりそうだ。
「そこは私も悩むところです。ただ、当時の彼女と年齢の合う王子には既に婚約者が居たようで。はたして良家の婚約者とその家を敵に回してまで、その女性を結ばせることに、それほどの利益があったのかと。天秤に掛けた結果、そのまま元の婚約者を王妃に迎えたようですね」
「それは……きっと正しい判断をされましたね、当時の王家の方は」
「私もそう思います」
確かに特別感のある力ではある。
でも、今の私がそうであるように、後ろ盾などあってないようなもの。
これが神話などで『聖女』であると、市井にまで浸透しているなら、ともかく。
結局のところ、『偶然に生まれただけの、ただの優れた治療士』の範囲に収まっている。
既に結ばれている縁を破壊してまで、王家に入れるほどのものじゃない。
それに遺伝するかも怪しい力だもの。
「王家に保護された、その方は、どうなったのですか?」
「それがですね」
「はい、殿下」
「……ある貴族家に嫁いでいったそうです。王家に保護され、その能力を秘匿されたまま」
「貴族家に?」
「そうです。どこの家だと思います?」
「……ええと」
分からない。いえ、あるとすれば?
「ヴェント子爵家です。というより、ヴェント家の元の伯爵家と言いますか」
「うちの……」
「ヴェント家は、ある時に伯爵家の兄弟が爵位を分けて与えられ、その内、弟が子爵位を得て起こされた家門のようですね。なので『彼女』の血を引く者自体は、実は多く居てもおかしくありません。時間も、かなり経っていますからね」
じゃあ、普通に私のご先祖様じゃない。
驚いた。この力って遺伝だったのね。それも何世代も跨いでの遺伝?
「何とも特別感のある由来で、如何にも謎が秘められていそうなのですが。生憎と当時、国に大きな危機が訪れたようなこともなく。何か災害に見舞われたということもなく。ただ、そこに特別に大きな力を持った女性が生まれただけ。劇的なエピソードは探しても見つかりませんでした」
「はぁ……」
それは、なんというか。
「貴方がグランドラ領にもっと早く訪れていたら、それこそ『聖女』として歴史に名を残していたでしょう。彼女にはそういった出来事はなく、故に、王族に迎えるほどの名声も得ていなかった」
平和が一番、ということね。
「使命のなかった、聖女。それが貴方のルーツのようです」
多くの民を劇的に救うドラマは、そこにはなく。
私は自分で少し動いたけれど。ご先祖様と、そこまで大差がある状況とは思えなかった。
「先程、クラウディウス卿が、貴方のことを『エレン』と呼ばれていましたが」
「え? ええ、その通りです。愛称なのです」
「『彼女』の名前を聞けば、驚かれるかもしれませんよ」
「名前、ですか。私のご先祖様の?」
「はい。その使命のなかった聖女の名は『エレンシア』というそうです」
「……まぁ」
エレンシア。私と同じ力を持って生まれた、私のご先祖様の名前。
奇妙な一致だわ。まさか生まれ変わりとかいうのじゃ……それはないか。
「と、まぁ。私なりに色々と調べたのです。ですが、得られたのは、このような話ばかりでして」
「充分かと思います。思いもよらないことでした」
「はい。シスター・エレクトラ。時代が違っていれば、或いは状況が変わっていれば。本当に貴方たちは、国に祭り上げられていてもおかしくなかった存在なのです。ですので、私との縁談を、と考える者は居ると思っていてください」
「は、はい……」
でも、私は。
隣に居るリシャール様に視線を向ける私。
「分かっていますよ。貴方たちを引き裂くつもりはありません。だからこそ、今日は二人と話してみようと思って来たのです」
「あ、ありがとうございます、殿下」
「まだ調べている途中ですので『エレンシア』について分かったことがあれば、教えましょうか?」
「え。ですが、王家が管理している記録ですよね」
そもそも知ったらまずいのでは?
「確かに王家の管理ですが、禁書に封じられていた内容ではありません。あくまで王家が責任を持って記録し、管理していただけのものです。同じ力を持つだろう、ましてヴェント家の家系に関わることですから。伝えておくことが問題だとは思いませんね」
「そうですか……」
本当に『何もなかった』のかもしれない、エレンシア様の時代には。
使命のなかった聖女。ヴェント家が今も続いているのだ。
幸せな人生を、彼女は送ることが出来たのだろうか。
「……実は、ですね。お二人には協力いただきたいことがあります」
「協力ですか? 私たちが殿下に?」
「ええ、というよりも貴方たちが開く大会についてなのですが……」
そしてユリアン殿下から聞かされたことに、私たちは顔を見合わせる。
驚き、でもないわね。でも大っぴらに言えないこと。
ただ、王太子殿下に形だけとはいえ、求婚なんかされて、ひやりと汗をかいていた私にとって、朗報だ。
「そういうことでしたら、喜んで協力させてください。あ、ですが、その。忖度は出来ないと言いますか」
「分かっています。騎士たちの名誉に相応しい公平な大会にしてください。これは、私個人の問題ですから。勝てばいいということでもありませんからね」
「……その。先方は、そのことを?」
「どうでしょう? ただ、本人にはまだ伝わっていないと思います。ある意味で、貴方たちと私は、同じものを求めています」
「確かに、そうかもしれません」
私たちとユリアン殿下が求めること。必要なことは……。
ロマンチックさ、ドラマチックさだ。
ユリアン殿下は、隣国の王女の不貞によって婚約解消となってしまった。
そのために、パートナーに私を……なんて、ありえない話が出てくるのよ。
殿下が、ただ新しい婚約を結んだのでは、次代の王妃に相応しいエピソードにはならない。
『ユリアン殿下が隣国の王女にフラれたから、運良く娶られた女』と言われてしまう。
それは、国としても、殿下としても、その『未来の王妃』としても、よろしくないだろう。
だから。
ユリアン殿下は、この大会を利用させて欲しいと言った。
つまり、ユリアン殿下は、元から私と結婚なんて望んでいない。
彼には『望む相手』が居たのだ。
求婚は社交辞令みたいなものだった。それもちょっと違うか。カモフラージュね。
ええ、何が言いたいかというと。
ユリアン殿下も、お忍びで剣技大会に参加する。
そして、そこで戦って……さるご令嬢に劇的な告白をなさるつもりだそうだ。
騎士と姫君、と言えばいいかしら?
ロマンチックな場面に繋がればいいな、という。
お相手は、まだ伏せられるそうだ。次期国王と、未来の王妃に相応しい舞台になるといいわね。
そうして、そんな話を交わした後、ユリアン殿下は帰っていった。
「なんだか、色々な話を聞いてしまったわね」
「そうですね。ですが、ちょうどいい名前を聞けました」
「ちょうどいい名前?」
「はい、剣技大会の名称です。『聖エレンシア剣技大会』。これで、どうでしょうか」
「ご先祖様のお名前、ですね。聖人でも聖女でもなかった様子ですけど」
「偉人の名を使う場合、教会や王家の許可を得るのに手間が掛かりますから」
「……そうね」
大会開催は間近なのだ。
その許可が下りるのを待つのは、あまり現実的じゃない。
せっかく王太子殿下から教えて貰ったご先祖様の名前。語感も悪くないと思う。
「勝手に名前を使わせてもらうことには変わりないけどね」
うん。カタリナ様や運営チームに話してみよう。
そう思って私たちも公爵邸の離れに帰る。
そしてカタリナ様たちの了承を得て……問題ないかの確認を経て。
騎士たちのお祭りは『聖エレンシア剣技大会』という名に決まったのだった。
ユリアンは、エレンにあっさりとフラれます。




