48 開催間近
いよいよ『詰め』の段階へと入ってきている。
既に貴族家門複数、教会、いくつかの商会を巻き込んだ大事業だ。
運営チームも大所帯化している。各部門担当が出来ていて、私はその橋渡し役も兼ねている。
事実上、トップと言うべきは間違いなくカタリナ様であり、その名があるからこそ人々は動いてくれているのだけど。
立場としては『名誉会長』という感じかな。
そして、そんなカタリナ様と辺境伯閣下、あろうことか大司教様までを『後ろ』につけてしまったのが私だ。
どうして、こんなことになったのか。流されに流されてきたような気がする。
さて、今日話し合うべきことなのだけど。
「名前、ですか……。凄く今更ですね」
「今まで仮名でしたからね。この規模なら、きちんとしたものを付けた方がいいのではないかと」
「そうね。確かに」
名前、名前かぁ。
「候補はあるの?」
「ありきたりなものから、なんだか凄い名前までありますよ」
「それは騎士たちからの要望?」
「ええ」
さらりと見ていくと、中々にこう、思春期な感じの大それた名前がチラホラと。
騎士たちは、幼心を忘れないのかしら。
逆に無骨過ぎるものもあるわね。シンプルに剣技大会とか。
元々の目的って『名誉』と『華』を騎士に与える大会よね?
それなら、華々しい名前の方が、やっぱりいいのでは?
ああ、でも分かり易さという面ではアリね。
「聖、なんとか、剣技大会。くらいが無難な名前かしら? 優勝者には、教会が祝福した聖剣が渡されるからね」
「そうですね。『聖』とは付けた方がいいかもしれません」
どの道、後援となってくれているカタリナ様や大司教様の確認は必要だ。
だから、きちんとそちらに合わせておくのがいいだろう。
「リュースウェルやグランドラの名は?」
「参加する騎士団が一つではないし、大会の開催場所もリュースウェル家の土地じゃないからね、それはどうかしら」
主催であることは変わっていない。
なら名前を売るべきなのはそうだけれど。
他家の騎士団を巻き込んでまでの大会だから、微妙かもしれない。
リュースウェル家の名を冠した大会で、その騎士が勝ち残ると『仕組まれていたのじゃないか』と疑われる。
それでは、せっかくの名誉が台無しだ。
だからこそ『公平感』は大事だと思う。
審判による、あからさまな疑惑の判定とか。一部の騎士にだけ明確に不利な舞台設定とか。
そういうのがあると観ている側は『萎える』ものだし、勝敗にも納得感が生まれない。
それは、優勝者が手に入れる名誉にも泥を塗ることになるだろう。
「聖ランス剣技大会……?」
「そのままですね」
「そうねぇ」
ランス王国の剣技大会だから。
国名は使いたいけど、それは同時に『王家』の名でもある。使えるはずがない。
「聖剣の贈呈、教会からの祝福とあるのですから、何か偉人の名でも借りられればいいのでは?」
「偉人の名か。その路線はいいわね。使えそうな人物、許可が取れそうな人物の名を調べてみましょう」
「「はい!」」
そうして運営チームで偉人の名を調べることに。
私は、教会の伝手を辿って、中央教会の書庫にお邪魔することになった。
リシャール様が護衛に付いてくれて、二人で一緒に向かったのよ。
「わぁ……。とても凄いですね」
「ありがとうございます」
中央教会は、かなり大きな建物、かつ広い敷地だ。
書庫というか、大図書館ばりの内装をしている。
ある意味で、そこらの領主よりも歴史の保管が重要な場所と言えるし。
本が、今よりもずっと高価な時代のものも、こうして残されているようだ。
そんな場所へ、ほとんど無条件で入らせて貰える私。
カタリナ様の、リュースウェル公爵家の後ろ盾の力が強過ぎる。
「今度の催しに使える偉人の名を調べたいのです。良ければ助言もいただければ、と」
教会書庫の司書の方にお尋ねした。
「偉人の名ですか」
「はい。もちろん勝手に使えるものばかりではないですから。今回の催しの名に相応しい名があれば、と」
無理なら、また別の名を考えればいい。
「そうですね。……私たちの方でも探してみましょう」
「ありがとう」
そして、案内されるまま進んで大図書館、もとい書庫の一角へ。
「……手分けをしますか?」
「そうしましょう。リシャール様は、そちらの棚からお願いします」
「分かりました」
二人がかりで端から調べていく。まぁ、それほど難しくはない。
私たちが欲しいのは『いい感じの名前』なので。
だから、これは! と思う名前があったら、その経歴などを調べて使えそうならメモをしていく。
単純作業ね。
大会の開催は、もう間もなくだ。
舞台については、もう最終調整に入っている。
他家の騎士にも来て貰い、足場の確認などをして貰っている。
一番いいのは怪我がなく済むことだけど、そうはいかないのは確実。
その中でも安全面は詰めていく。
あとは不正などしようがない、ということを確かめて貰うのがいいわね。
「そう言えば、エレンさん」
「はい、なんでしょう。リシャール様」
「『正装』を準備されていると聞きました」
「うっ……。どこから?」
「ポールから」
どういう流れで、その話が? いえ、隠していないけれど。
大会当日。私は、教会認可済みの正装を着ることになっている。
聖剣の贈呈をする役目を担っているからだ。
一応、『大会運営責任者から、優勝記念品の贈呈』という体裁ではあるけれど。
教会公認であるため、厳かな衣装を着たシスターから、聖剣を贈られる……という側面もある。
一体、私は何をやっているのだろう? 本当に。
運営と並行して治療魔法での奉仕活動は行っている。
でも、やっぱり騎士団に所属していた方が出番はあるかなぁ、と思う。
病気や毒を癒せれば話が違うのでしょうけれど。あくまで外傷を治す力だもの。
怪我をし易い場所で活用して貰うのがベストなのは間違いない。
この大会が終わった後、どういった評価に落ち着くかしら。
何やら関わる人が増え過ぎて、もはや『なるようになれー』という気持ちだ。
「楽しみにしていますね、エレンさんの晴れ姿」
「リシャール様ったら。ありがとうございます。私が願う一番は、貴方の無事ですけど。活躍も期待させていただきますね」
「はい。胸を張って、貴方の前に立てるように頑張ります」
私たちは互いに見つめ合い、微笑み合った。ふふ。
変な関係よね。婚約者なのは、もちろんだけれど。
今は同じ目的に向かって活動するパートナーのよう。
そんな風に二人の共同作業で、調べものを進めていった。
目ぼしく、使えそうな名前をいくつかピックアップして、教会の方たちにお礼をしに行き、帰ろうとする。
そんな時に……。
「おや、貴方たちは」
私たちの前には、一人の男性が現れた。
見るからに教会関係者ではない、貴族の男性だ。身なりが整っている。
金色の髪に、青い瞳をした、美しい男性。
雰囲気から貴族でも、かなり上位、少なくとも高位貴族であることが窺える。
私たちは軽く会釈をしつつ、相手の出方を窺った。
「はじめまして。『戦場の女神』、そして『聖騎士』殿」
二つ名呼びに驚くも、敵意がある雰囲気ではない。微笑みながら話し掛けられた。
誰だろうか、この方は。
「はじめまして。エレクトラ・ヴェントと申します」
「騎士のリシャール・クラウディウスです」
改めて礼をし、名乗る。彼の方は。
「はじめまして。ユリアン・フォン・ランスです。二人にお会いできるとは思っていませんでした。今日は、とても素敵な日です」
ヒュッ……と息を呑む。
『ランス』は王家の名である。
そして『ユリアン』は、王太子の名である。
「し、失礼致しました! まさか王太子殿下にお声を掛けていただけるとは!」
私たちは、改めて最上位の礼をする。
「ああ、頭を上げてください。この場は非公式ですし、そこまでかしこまられる必要はありません」
「し、しかし……」
「そうですね。どうでしょう? ここで偶然にも、お二人と出会えたのは何かの縁ですから。少しお話しできる時間はありますか? 良ければ、お話をしたいと思っています」
そう、王太子殿下に提案された。
うわぁ。である。
絶対、偶然じゃない! と思いながら……私たちに断る選択肢などなかったのだった。




