47 中央教会
さて。大会の規模が、かなり大きくなってきた。
リュースウェル家を始めとした高位貴族5家門の騎士団から参加。
その他、王宮騎士団からの参加や、子爵・男爵家の抱える騎士もチラホラと参加表明している。
大会の開催場所は王都の城門を出て、少し離れた場所に改めて建設をし始めた。
流石に『御前試合』とはいかないため、王家のお膝元である王都内には建設できない。
土地の関係もあるからね。
騎士たちが戦う場所は、足を引っ掛けないように砂と土を平らに敷き詰めた場所だ。
整えた場所を、半円形に囲むように『見物席』を準備する。
階段状にして、より多くの人が見れるように。
円形で完全に取り囲む方が施設としては、いいのかもしれない。風の影響とかが遮られるから。
でも、そこまですると建設費用と期間が倍になってしまうので、見送った。
場所の確保と、参加者の確保は充分に整った。
彼らに公平な試合をして貰い、勝者を決めるだけでも『名誉』は得られると思う。
でも、もう一声というところね。
「何か褒賞があればいいでしょうか?」
「そうねぇ……。それは、それこそ騎士たちに聞いてみた方がいいと思うわ。優勝したら何が欲しいかって」
「そうですね」
ということで、騎士様たちに話を聞いて回る。
優勝したら何が欲しいのか。アンケートというものだ。
よく商人が、お客様に聞いて調査するものと同じ。
参加表明してくれた騎士団にも問い合わせをしておく。
そうして集めた情報から、どういった褒賞がいいか絞り込み、現実的なものをリストアップする。
「お酒一年分」
「どこに保管しておくんですかね」
「シンプルに賞金」
「まぁ、そうですよねー」
「娼館の利用券」
「名誉を与える大会ですよね?」
「上級騎士爵」
「目的には合っているけど、参加者に既に上級騎士爵が居る問題が。そもそも陞爵させる権利……」
ああでもない、こうでもないと運営チーム内で意見を出し合う。
最終的には、やはり『賞金』と『新しい武具』の贈呈に落ち着いた。
治療魔法以外にも武器などに与える付与の魔法というものがある。
そういった形で『魔剣』なり何なりを用意する、という案だ。
ただ、付与魔法の使い手は、そう簡単に仕事を引き受けてはくれない。
それに簡単に出来ることでもないらしい。
リュースウェル家の伝手を使っても、おいそれとは……といったところだそうだ。
「一つ、当てがあるわ」
その旨をカタリナ様に相談したところ、そう返された。
流石は公爵家だなぁ、なんて思っていると。
「エレクトラさんが居れば、何とかなるかも」
「え、私ですか?」
疑問符が浮かんだものの、カタリナ様のお考えに沿って動く。
私は、カタリナ様に付いて行き、そして訪れたのは王都にある中央教会だった。
一応、こちらに来てからも治療士としての腕を教会で発揮させて貰っているのだけれど。
中央教会に来るのは初めてとなる。
他の教会よりも大きい。なんとも厳かな雰囲気だった。
カタリナ様が、呼び出されたのは……なんと大司教。
ええと。
教会のトップが教皇猊下で、その下? が枢機卿たち。
それで、その下が大司教だ。ちなみに教皇猊下がいらっしゃるのは他国なので……。
実質、ランス王国の教会におけるトップが大司教となる。
カタリナ様は、なんて人を呼び出しているの?
そして、それに立ち会わせているのか。
まだ教会所属に籍を置いている私からすると、とんでもない人と顔合わせすることになった。
「あのねぇ、ロウェナ大司教。私たち、今度……」
カタリナ様と大司教様は、騎士たちの大会の計画について話し合う。
「それでね。私たち、『聖剣』が欲しいと思って」
ちょっ……。
「聖剣、ですか」
聖剣とは名ばかりで、そういう伝説の剣があるワケではない。
あったら、そんなものを、ホイホイとちょうだいと言って貰えるはずもない。
王家か教会管理だろう。
カタリナ様が、おっしゃっているのは付与魔法による剣のことだ。
『魔剣』と称したけれど、その魔剣も、教会の正式な祝福があったということなら『聖剣』と言えるだろう。
或いは、教会がお抱えになっている付与士がいらっしゃるのかもしれない。
元から教会への協力は申し出ていた。
治療士を多めに動員しておきたかったからだ。
それが、まさかこんな大それた……。あと、私がここに来る必要性は!?
「こちら、グランドラ辺境伯領で最近、売り出し中の『戦場の女神』ことエレクトラ・ヴェントさんです」
紹介の仕方ー! 勝手に女神を名乗っているのが不敬と言われそう!
いえ、そんなのは元からと言えば元からなのだけど。
市井に出回っている分には、ただのそういう呼び名に過ぎない。
それが、中央教会で、大司教様を前にして宣言するとなると、大きく話が変わってくる。
「ああ、貴方がミューズ……。もちろん聞いておりますよ」
「そ、それは。はい。恐縮でございます、大司教様……」
知られていた! かなり恥ずかしい。
ニコニコと笑われている。怒りを隠されている様子は見受けられない。
ゆ、許されているのかしら?
「教会としては、市井の皆様が教会に親しみやすくなってくれるので良いと思っています。その名を悪用しているワケでもないでしょう?」
「そ、それはもう……」
ニコニコとされた、お年を召した容貌の大司教様。
「以前から噂を聞いて気になっていたのですが……」
「は、はい」
「黄金の光と共に、離れた者たちに強力な治療魔法を掛けられる、とか」
「あ、はい。それはその通りです」
「また、その黄金の光には、騎士たちを強化する力もあるとか」
「はい……」
「それは、普通に『聖女』と呼んでいいのではないですかね?」
と、大司教様が首を傾げられる。
そんなことを軽々しく大司教様がおっしゃらないで欲しい!
「『聖女』はねぇ。既にいらっしゃるの。カールソン子爵夫人になられたのよ」
「そちらも聞いております。ただ、そちらの方は戦場で功績は挙げられたのは確かですが、特別な力は見受けられなかったと」
「そうらしいですわね。ただ実績に与えられた名だというのなら、特別な力でなくとも評価はされるべきでしょう」
「それは、その通りですね」
グランドラ領の『壁』が出来上がる前は、私が知っている頃よりも悲惨だったろう。
だから、そこで活躍した彼らが評価されることを否定するつもりはない。
「エレクトラ様は、武具への付与は出来ないのでしょうか?」
「はい。私が出来るのは、人への付与のみでした」
「そうですか。貴方がそういったことを出来たら、それこそ『箔』がついていたのですが」
流石に、そこまで都合がいいことは起きないものね。
「……聖女様のお噂は、教会にも伝わっています」
「まぁ、そうですの?」
「ええ。教会から、どうのと言うつもりはありません。そもそも、彼女の噂自体が何か含みがあったようですし」
含み……。
「『教会からの祝福』という形で聖剣を用意し、そちらを『聖女』様……もとい、『女神』様が優勝者に贈呈する。かなり印象に残る光景になるでしょうね」
「ええ、そうでしょう? 素晴らしい見せ場になると思います」
うわ。それを私にやらせる気なのね、カタリナ様。
教会からの、という名目だから教会としても悪い話ではない、と。
他人事として見れば、喜捨が増えそうな気がしなくもない。
ただ、聖剣を用意するに掛かる費用に見合うのか……。
「聖剣は、実際に使えるものにします? それとも名誉の象徴ということで、実戦では使えない装飾重視に?」
大司教様が乗り気だった。全然、断る気配がない。
お相手は大司教様なのに、なんだか大商人を相手に商談をしている雰囲気になっている。
そもそも、雲の上の人たちのやり取りだ。
私は、ただその場の空気に呑まれるしか出来なかった。