44 インパクト会議
「インパクトって……なんでしょう?」
「困りましたね」
私とリシャール様は一旦、二人でお話しすることになった。
少し話した後で、カタリナ様の集められた人員で今後について話し合う予定だ。
なかなか衝撃的なカタリナ様の発言。
ただでは上級騎士爵は取れないということね。
「話題性、ってことよね」
「功績の話ではなく?」
「うーん、話題性のある功績が欲しい、ということ?」
リシャール様の実力は申し分ないことが分かった。
実力だけなら充分。人間的な評価も上々のようだ。
普通ならば長期間、騎士団に所属して信用を勝ち取り、実績を積み上げる。
そして、その騎士団を抱える領主が動いて、上級騎士爵を賜るのだ。
私たちは、それを一足飛びに叶えようとしている。
つまり、名声を盾にしてコネを使い、成り上がろうとしている。
確かにグランドラ辺境伯からは、惜しみなく応援されているけれど。
真っ当な手段かといえば、騎士的には、あまり真っ当とは言えないやり方だ。
「焦り過ぎだったかしら……。もっと地道にすべきだった?」
「いえ。リュースウェル夫人は、あくまで前向きに考えてくださっての発言だと思いますので、上級騎士になりたいと願うことは否定されていないと思います」
「それは確かにそうね」
単に今、私たちに足りないものが、そうだという指摘だ。
私たちは辺境での活動によって名声を得た。
ちょっと『宣伝』ありきだったけれど、実績も伴っている。
だからこそ、グランドラ辺境伯閣下は、私たちをリュースウェル公爵家に紹介してくださったのだ。
単に上級騎士になるだけならば、辺境伯閣下の推薦があれば、なれなくはなかった。
不確実なはずだけれど。
そこを確実にするため、かつ公爵家の後ろ盾も欲しいと願ったため、こうした壁にぶつかっている。
では、今更にリュースウェル家の推薦は要りません、辺境伯閣下の推薦だけで充分です、と言えるか?
言えるワケがない。
踏み出してしまった以上は、もう戻れない。
なので、私たちはカタリナ様のお考えを乗り越えていくしかないのである。
そうして、二人で話し合って落ち着いたところで。
改めて、今後に向けた『会議』が開かれることになった。
場所は、公爵家の邸宅の一室だ。
「じゃあ、これからのことについて話し合いましょうか」
「はい、カタリナ様」
「お手数をかけて申し訳ございません、ありがとうございます、リュースウェル公爵夫人」
私、リシャール様、カタリナ様。
そして騎士団長のローナン・ファンブルグ卿。
カタリナ様の侍女、ニーナ様。若い女性よ。
カタリナ様も、そもそもお若いからね。その侍女もそう年齢は変わらなく見える。
それと、もう一人は騎士様……? 若い男性騎士が同席されていた。
私の視線に気付いたのか、ファンブルグ卿が、若い騎士を紹介してくれた。
「ヴェント嬢、こいつはポール・ベルシュタイン。団員の中でも若い騎士、見習い上がりです。頭の固い自分よりも、今回は役に立つかと思い、同席させています」
「はじめまして、ヴェント様。ポール・ベルシュタインです」
「はい、はじめまして。ベルシュタイン卿、本日は、よろしくお願いします」
公爵夫人の居る場に同席されるって、かなり厚遇されているわね。
期待の新人さんなのかしら? 年齢は、私やリシャール様よりも若そうに見えるわ。
「まず、クラウディウス卿。貴方の上級騎士爵への推薦については、前向きに考えています」
「……ありがとうございます」
「だけど、このまま、ただ推薦したのでは面白味がないわ」
お、面白味……。そういう問題なのかしら。
「貴方たちの目的の一つとして、ファーマソン公爵家や『英雄さん』たちからの干渉を跳ねのけられる立場になりたいのよね? それが目的なら、ただ上級騎士になるだけでは足りないわ。二つ名での名声も、実情はともかく実績は、あちらより弱いと思いなさい。一応、あちらは国の危機で大活躍したのですから」
そう。グランドラ領に溢れた魔獣の群れが、あの領地を突破していたら国の危機だった。
そんな戦場で活躍した『英雄』が相手では、後から現れた『聖騎士』は少し弱い。
それは、実力的な問題ではないのだろう。
「一言で言ってしまえば、今のクラウディウス卿は『華がない』の。聖騎士の肩書きは魅力的に見えるけどね」
「華……」
あ、リシャール様が、ほんのりショックを受けている。可愛い。
「見た目を着飾っても活躍の場がなければね」
そんな言葉を悪気なく? 続けるカタリナ様。そしてリシャール様の肩をポンと慰めるように叩くファンブルグ卿。
「……ええと、発言をしても良いのでしょうか? 奥様」
「もちろんよ、ポール。他の皆も遠慮なく話してね。この場は知恵を振り絞りましょう、という場なのだから」
「ありがとうございます。今、ご指摘されたことですが、クラウディウス卿だけの問題ではないように思います」
「あら?」
リシャール様だけの問題ではない?
「もちろん、魔獣が相手であったり、戦となれば剣を振るいます。ですが、平穏な時における騎士は、ひたすらに鍛錬と、魔獣駆除の日々。華々しさがありません。いえ、それに大きな不満があるワケでもないのです。何事も平穏が大事かと思います。ただ……」
「ただ?」
「何か大きな、それこそ『華のある』見せ場があればなぁ、と思います。それこそ普段からしている模擬戦、試合をもっと派手にするとか……。騎士団以外の人々に、自分たちの腕を見せられる場があれば……やる気がより上がるかと」
騎士団は日頃から訓練をしている。
それだけでなく、治安維持の側面も担っているため、街中や領地内の見回りもしている。
彼らの出番は、有事の際だけではない。
しかし、とはいえ、なのだろう。
もっと平和な中での張り合いのある『行事』があればいい、と。
昔から、そういった場もあるにはある。
演舞というか。馬上試合をして見せたり。
そういったものは、その騎士が仕える領主一家に見せるためのものが多い。
あとは王族相手か。
ベルシュタイン卿が言いたいのは、そういうものとは少しニュアンスが違うわね。
もっと『お祭り』に近い、市井の民よりの行事?
「剣術の試合、大会のようなものを開催すると。それを騎士団外の人たちも楽しめるように?」
「はい、そんな感じで……」
興行の一つとして考える場合、それだと。
「ただ騎士たちの注目を集めるだけなら、訓練場を見学可能にすることになりますね」
「それだけでは、まだ足りないわね。でも、そういうの、やりたい、やって欲しいの?」
「ええと、あの。そういうことがあればなぁ、と。当然にする魔獣との戦い、防衛、警備、戦準備などとは違う、なんというか」
「お祭り?」
私は、そう補足する。
「そう! そういう騎士のお祭り的なことがあればなぁ、と。それこそクラウディウス卿の実力の見せ場になると思います」
「……それだと、うちの騎士団内だけでやっても、いまいちよねぇ」
「そうですね。それをやる場合は、他家の騎士団を巻き込むようなものが……」
私はカタリナ様と目を合わせる。もし、この方針で進むなら?
カタリナ様は、ニコリと笑顔を浮かべられた。
あ、やる気だ、この人。
「その話で進めてみる? エレクトラさん」
ここでリシャール様ではなく、私に意見を聞く。それは、つまり。
企画立案、情報収集・分析、実施、運営まで……尽力しろと。
そういうことかなー……?
とっても大変そうだ。
たぶん、名義を貸してくださるし、資金面の支援はしてくれそうだけど。
あと人手も貸してくださるかしら。情報収集の面は心配なさそう。
公爵夫人を後援にした行事の開催、かぁ。
あ、ベルシュタイン卿だけでなく、ファンブルグ卿も少し目を輝かせてる!
足りなかったのね、実力を示す機会が。
「エレクトラさん」
「はい、カタリナ様」
「もし、その行事を開催するなら。当然、呼ぶわよ」
呼ぶ? 誰を? それは、もちろん。
「『聖騎士』と『英雄』の対決、皆が観たがるはずよ。それに、ファーマソン家の騎士団長も参加して貰わないとね?」
「……ソウデスネー」
こうして私たちは、騎士たちの実力を示す『お祭り』を開催するために動き始めることになったのだった。




