43 インパクト
私は、公爵家が所有する敷地内にある別邸で部屋を借りられることになった。
リシャール様には、騎士団員が入る宿舎に部屋を用意していただいた。
公爵夫人の下で過ごし始めて、まだ数日。
リシャール様は、馴染めているかしら?
「エレクトラさん、こちらが騎士団の訓練場よ」
「はい、カタリナ様」
公爵家保有の騎士団といっても、あくまで邸宅の警備と公爵夫妻の警護する者たちだけが王都に居る。
多くの騎士たちは、主に公爵領に居るはず。
ランス王国は、グランドラ領の森ほどではなくとも、森の奥に魔獣が湧く国だ。近隣の国でも同じ。
そのため、各領主に相応の戦力、つまり騎士を抱えることが許されている。
ただ、その規模は基本的に爵位相当となっている。
男爵家が抱え込める騎士は、せいぜい数人程度。
公爵家では、部隊を組めて、いくつかの場所に派遣しても、まだ余裕がある人数だ。
ちなみに辺境伯家は、特別な立ち位置なので騎士を抱えられる数に制限はない。
制限がないと言っても、騎士たちも人間なので、抱え込んだだけで養うお金が掛かる。無茶はできないということだ。
「活気がありますね」
「そう? 辺境の騎士団を見てきた貴方でも、そう見える?」
「はい、やる気に満ちている様子です」
私は、この訓練に参加しているであろうリシャール様を探す。
すぐに見つけることが出来たわ。
こう、オーラが違うのよ、オーラが。婚約者の欲目かしら? ふふ。
真剣に訓練に打ち込むリシャール様を、私は心踊らせつつ、表面上はお淑やかに見つめた。
やっぱり、彼が一番逞しく力強いと思うわ。
私は、カタリナ様と共にしばらく訓練の様子を眺めることになった。
カタリナ様の侍女が日傘を差してくれるのだけど……、ええと。
いえ、私も子爵家の名を持つ身で、確かに貴族ではあるものの、最近はシスターとして活動していた。
色々な事情込みで、公爵家の侍女にこのように丁重に扱われると恐縮してしまう。
「……そうね。クラウディウス卿の実力を見せていただけるかしら」
「実力、ですか」
「ええ、ローナンを呼んでちょうだい」
カタリナ様が侍女に言いつけると、ローナンと呼ばれた男性がやって来る。
訓練を統率していた方なので、おそらく騎士団長なのだろう。
そして、その予測は当たっていた。
「エレクトラさん、彼はローナン・ファンブルグ卿。上級騎士であり、公爵家の騎士団長よ。ローナン、こちらは私の友人、エレクトラ・ヴェント子爵令嬢。クラウディウス卿の婚約者よ」
「ローナン・ファンブルグでございます、ヴェント嬢。騎士団長を務めております」
「エレクトラ・ヴェントでございます、ファンブルグ卿。お目に掛かれて光栄です」
挨拶を交わしつつ、カタリナ様が要望を伝える。
それで、リシャール様の実力を知るための特別な模擬戦が始まることになった。
「ローナンの見立てでいいわよ。実力差があり過ぎては怪我をしてしまうから」
「……となると、私が出ることになりますが」
「あら」
公爵家の騎士団長を務めているほどの人が、リシャール様をそう評価した。
分かる人には分かるということだろう。
どこかの家の騎士団長と違って。いや、あちらもリシャール様の実力を認めてはいたのか。
だからこそ、嫉妬でわざと怪我をさせた……かは詳しく分からないけど。
「では、ローナンとクラウディウス卿で一騎打ちの試合を。出来る限り、本気の実力を見せて欲しいわ。もちろん、双方に怪我のないようにね」
二人の試合が準備されることになったわ。
私は、準備中のリシャール様に近寄り、声を掛ける。
彼は、普段の剣ではなく、木剣を二本借りて戦うみたい。
「リシャール様、お怪我のないように」
「はい、ありがとう、エレンさん。ここで実力を示させていただきます」
「頑張って」
私が応援すると、彼は笑って請け負ってくれた。
魔獣との戦いに赴くよりも、ずっと安心して見ていられるわ。
そして試合が始まった。
先に仕掛けたのは、ファンブルグ卿。
木剣を振り被り、リシャール様に打ち込む。
リシャール様は、その攻撃を真正面から受け止めるのではなく、受け流した。
彼は、二本の剣を使って戦うスタイルだ。
両手持ち相手に力勝負はせず、攻撃は躱すかいなして、自身の攻撃に移る。
そして二刀流による連撃へと繋げていく。
……その姿は、ダンスを踊っているよう。
力強さと華麗さ、流麗さを備えた剣舞。相手は変則的な攻撃に翻弄されてしまう。
魔獣相手より、同じ人間相手の方が有効かもしれないわね。
ああした戦い方をする騎士は、少ないから。
騎士様たちは気にしていないけど、剣一本だって、とても重いもの。
それを二刀流だなんて、かなりの筋力が必要だと思うわ。
リシャール様は、それを難なくやってのける。
体格も逞しいけど、でも他の騎士様とそこまで大きく変わらないの。
あの身体のどこにそんなパワーが……いえ、逞しいのは逞しいのだけど。
魔法によって身体の強化ができることは、私が証明してしまっている。
『魔力』は治療士だけでなく保有するもの。
この国に、絵本に出てくるような攻撃的な魔法を使える者は居ないけど。
よく考えたら魔力による身体強化なんて、騎士様たちは無意識にやっているのでは?
リシャール様も、そちらが優れているのかも……。
「ハッ!」
「くっ!」
試合は、リシャール様が優勢だった。
辺境伯家の騎士団でも、そうだったけれど。
リシャール様、もしや王国一の騎士様なのでは……?
私たちの噂、如何にも私が中心かのようだけれど。
リシャール様だけでも『聖騎士』の名に恥じない猛者なのでは……?
まぁ、私の婚約者、強過ぎ?
「はぁああああッ!」
ガイン! と裂帛の気合と共に振り抜かれた木剣が、ファンブルグ卿の木剣を弾き飛ばした。
リシャール様の勝利よ。
私は、内心で大いに喜びながらも、カタリナ様や公爵家の騎士団たちの手前、大人しく拍手を送るだけに留めた。
ただ、騎士団の皆さんの表情を見るに、自分たちの団長が負けたことを憎く思っている様子ではないわ。
素直に『凄い』と驚き、称賛する雰囲気があった。
辺境伯家もそうだったけど、こちらの騎士団も良い空気ね。
「お見事。……申し分ない実力だ、クラウディウス卿」
「ありがとうございます。ファンブルグ団長」
試合が終わって固く握手する二人。清々しい試合だったと言えるでしょう。
そして、木剣を預けて二人が私たちの下へやって来た。
「彼の実力については申し分ありません、奥様」
「そのようね。人柄については、元からグランドラ辺境伯が保証しているし」
リシャール様が高評価を受けていることに、頬がにやけそうになるけれど、我慢する。
でも、彼とチラチラ、視線を交わし合って意思疎通を図った。
『いけるかも?』『いやいや、まだまだ』なんてね。
「辺境で戦っていたなら、魔獣との戦いの実績もあるようなもの。あちらが推薦するというのであれば、正直これ以上、彼を試すこともないかと」
「ええ、分かっているわ。元々、そのつもりで預かっているのだから」
おいそれと伯爵相当の爵位を与えることは出来ない。
慎重になるのが当たり前だけど、カタリナ様やファンブルグ卿は、かなり好意的ね。
「……でも」
でも? と続けられたカタリナ様の言葉に私たちは耳を傾ける。
「インパクトが足りないのよねぇ」
「……はい?」
なんですと?
「そりゃあ実力・人格、申し分なくて後ろ盾を得たなら上級騎士にはなれるわよ? でもねぇ。『聖騎士』なんて呼ばれている人だもの。やっぱり、そこはねぇ。何か大きなことをして貰った方が『箔』がつくのではない? 淡々と上級騎士にすると『あ、そうなのね、ふーん』で社交界でのお話も終わってしまいそうだもの。もっと、いい話題性はないかしらねぇ……?」
カタリナ様のお考えになっていることは、私たちの想定の斜め上だった。




