41 リュースウェル公爵夫人
「お初にお目にかかります、リュースウェル公爵夫人。私は、エレクトラ・ヴェントと申します」
「リシャール・クラウディウスです」
私たちは名乗ってから、改めて頭を下げた。
「ええ。グランドラ辺境伯から手紙を受け取ったわ。まずは、こちらに来て、お掛けになって」
「ありがとう存じます」
公爵夫人の言葉に従い、侍女に案内されるのに従って、私たちは四阿へ向かう。
そして大きめの白いテーブルを挟んで、公爵夫人と向かい合って私たちは座った。
「辺境伯からは、そちらのクラウディウス卿の『上級騎士爵』への推薦が欲しいと聞いているわ。合っているかしら?」
「はい、公爵夫人。その通りです」
「ええ、では、改めて、いくつか確認させて貰うわね」
公爵夫人は、リシャール様の経歴について確認を始める。
もちろん、彼は嘘偽りなく答えていた。
貴族的なやり取りであれば、すべてを明かすこともないかもしれないけど。
今回は『信用』を得るためだからね。
「ファーマソン公爵家の騎士団を辞めた理由は?」
「……右腕に大きな怪我を負い、引退せざるをえませんでした」
「今は、もう治っているようだけれど?」
「それは……。良い治療士に巡り合えたことで、治していただけました。今は十全に動かすことが出来ます」
そうして細かいところまで確認をして貰う。
ここまでは、先にお渡ししている情報通りだと思う。
「……はい。辺境伯閣下のおっしゃった通りなのは、分かったわ。ここから確認すべきなのは、貴方の実力だとは思うけれど。その前に」
私たちは、真剣に公爵夫人の言葉に耳を傾ける。
「どうして、リュースウェル家に推薦を頼もうと思ったのかしら。クラウディウス卿には、侯爵位以上の家には二つ、縁があるわ。もちろん、グランドラ辺境伯を除いてね。一つは、ロマーリア侯爵家。こちらは貴方自身が居た場所ではないけれどね」
「……はい。父が居た騎士団ですが、私自身には縁がありませんでした」
リシャール様のお父様も騎士で、ロマーリア侯爵家は、そのお父様が仕えていた家らしい。
彼と婚約しているのに、まだお会いしたことがない。手紙のやり取りはしているのだけど。
近い内にご挨拶に行きたいものだ。
「そうね。まぁ、ロマーリア侯に頼むのは筋違いというのは分かります」
そう。そちらの方は仕方ない、で済む。
「でも、ファーマソン公爵家は? 怪我のせいで退団したのなら、怪我が治った今、復帰もできるはずだけれど」
「……自分は、こちらのエレクトラ様と婚約しております。彼女が居る場所に居たい、と思っています。そして……」
「ええ」
事情は説明している。
嘘は書いていない。ただ、問題となる部分を文章には残さないようにした。
だから、つまりファーマソン家の騎士団であったゴタゴタについては、良くも悪くも伝えていないのだ。
ただ『怪我をしたから』引退したのだと。
当然、公爵夫人を騙す気はないので、ここでリシャール様の事情をお話しさせていただく。
リシャール様の口から、騎士団で起きた出来事を、出来る限り客観的にお伝えすることになったの。
「ファーマソン家、騎士団長の思惑は分かりません。ただ、その件で怪我を負いました。自分も折り合い悪く……、あの家に復帰できるとは思えない、と。そう考えております」
「……そうですか。あちらの騎士団長ですと、グレッグ・ゴドウィン卿?」
「はい、自分の居た時は、そうでした」
リシャール様の右腕に大きな怪我をさせた男だ。
私としては、許せない相手ね。
ただ、そのゴドウィン卿もまた上級騎士爵で、子爵家の妻を持つ方。
そして公爵家の騎士団長、と。権威的な面では、今の私たちはどうにも太刀打ちできない。
「こうしてリュースウェルを頼る、ということは。貴方の個人的な『復讐』をしたいが故、かしら? リュースウェルとファーマソンは、同じ派閥とは言えないものね」
「いえ、復讐や報復を積極的に望んではおりません。もちろん、思うところがあるのは事実です。ですが今は……愛する女性と、縁が結ばれていますので」
ちょっ……。いえ、正直にお話しする場面ですけど……!
「つまり?」
「……自分は、彼女と幸せに生きられればいい。ですが、自分たちの人生を歩んでいくと、どうしても。壁となる方たちが現れる、と。そのように考えております」
「ふぅん。それは、エレクトラさんも同じ、ということ?」
「……はい、公爵夫人」
そこで彼女は、私に話題を変えた。
「知っているかしら? 王都であった『聖女の結婚式』の噂」
「……はい。辺境伯閣下から、ある程度……」
「ふふ、私は参列していなかったのだけどね。とても楽しい結婚式と披露宴だったそうよ」
『楽しい』扱い。
関係ない人たちからすると、いい話題になっただろうなぁ……。
「そこで貴方の名前も挙がっていたのよ。渦中の人なのに、まったく関係ないなんて。とても面白い立場ね、エレクトラさん」
「……私からは、もう何と言うことも出来ず……」
「そうでしょうねぇ。ふふ」
やっぱり把握されているのね。
というより、リヴィア様たちの結婚式が、きっと王都の社交界で、かなり広まっているのだと思う。
つまり、ついでに私の名前もそちら方面で広まっている?
「貴方たち二人は、色々と縁があってファーマソン公爵家とは、あまり相容れないのね」
「……はい。その、こちらから何かしたいワケではないのです。もちろん、リシャール様の腕の件は怒っていますけど」
「そう。でも、貴方たちの『幸せ』や『出世』には邪魔が入るかもしれない?」
「……そのように感じてなりません。何の証拠もありませんので、誰かを責めることもないのですが」
「そうね。それは正しいわ。誰も、何も、『今は』貴方たちにはしていないから」
そう。だから、すべて気にしないようにすれば?
「でも、まぁ。時間の問題でしょうね。辺境での噂は徐々にこちらにも届くようになっているから」
「……噂、といいますと」
「『聖騎士』と『戦場の女神』様ね。ふふ、今日は、会えて光栄だわ」
うっ。自分から利用しようと考えたとはいえ、やっぱり面と向かって呼ばれると恥ずかしい。
「私の考えを言わせて貰うとね。ファーマソン公爵夫人の『報復』は終わっていると思うわ。あとは『経過観察』だけ」
「経過観察ですか……」
「ええ。たとえば、エレクトラさんが離縁した元夫を援助しようとしたら? その時は彼女も動くかもしれない」
「援助なんて。離縁した身ですから、カールソン家のことには関われません」
「そうでしょうね。でも、領民のことは気にしている?」
「……それは、はい」
領民が苦しくなってきた時は、実家である隣の領地、ヴェント子爵領に逃げて欲しいと思う。
でも、生まれ育った場所を簡単に捨てることは出来ないだろう。
あとは、彼らの良識に懸けるしかないのだけど。
ただ、殊更に私の立場でカールソン家の領民を気に掛けることは出来ない。
そういったことを主張することも。
それは権利や資格がないから、というだけではない。
私の『弱み』になりかねないからだ。
『カールソンの領民を助けてやる代わりに』といった交渉が成立すると思われるのは不利益過ぎる。
仕方ないのだ。結局、私はあの領地を離れる選択をした。領民にとっては無責任と言える。
気になるけれど、手は出せない。それはもう変わらない。
「はい。まぁ、貴方たちの事情は概ね、把握しました。次の話に移りましょう」
「は、はい」
「……分かりました」
私たちは改めて姿勢を正した。
「リュースウェルとグランドラの協定で、別にあちらが望むというのなら『上級騎士爵』への推薦をすることは構いません。実力、人格ともに申し分ないようですからね、クラウディウス卿は」
それは嬉しい言葉だ。でも。
「でも、彼がそうなることに半分でもリュースウェルが責任を持つことには変わりない。そのためには……やっぱり、私たちにも、何かしら『得』がないといけないと思うわ。そう思わない? クラウディウス卿、そしてエレクトラさん」
「……はい。そうだと思います」
ただ、お願いして聞いて貰える、とは思っていない。
辺境伯閣下からの言葉だけで通るなら、こうしてお会いする必要性もなかったのだ。
「二人には『お仕事』をお願いするわね? それが条件。お仕事を果たしてくれたら、私から夫へ、推薦をしてもらうようにお願いしてあげる。それでよろしい?」
ニコリ、と。リュースウェル公爵夫人は微笑んだ。
私と変わらない年齢だろうに、どこか迫力を感じたわ。




