40 公爵夫人に会う
「着きましたよ、エレンさん」
「はい、リシャール様」
私たちは、王都にやって来た。煌びやかで活気のある王都。
流石はランス王国の首都と言えるだろう。
今までの私の生活圏は、実家のヴェント子爵家、その隣のカールソン家。
そして教会とグランドラ領までの領地群だけだった。
その中で一番栄えていたのは、やはりグランドラ辺境伯領だ。
グランドラ領は、魔獣の侵攻からの復興途中だけど……それを差し引いても王都の方が栄えている様子だ。
今回の王都訪問は、私が『女神』として活動した結果。
リュースウェル公爵夫人とお話しさせていただけることになったの。
しばらく、グランドラ辺境伯閣下を後ろ盾にして、小規模の部隊で近隣の治安維持に勤しんでいたのだけど。
それらの噂が耳に入ったのか、辺境伯を通して交流することが叶った。
どうしてリュースウェル公爵夫人と交流を願ったのか?
それは……まぁ、ファーマソン公爵家と違う派閥であり、公爵家だからだ。
別に今、ファーマソン家が私たちをどうこうするために動くことはないと思う。
放っておけば、もう関わって来ることもないかもしれない。
多分、公爵夫人の目的は達成された後だからだ。
私としても藪をつつく気はないのだけれど。
ただ、どうしても『何か起きた時』のことを考えてしまう。
これは、そのための布石だ。
後ろ盾として欲している、ということね。
ただ、まぁ、単に援助を願っても通るワケもない。
それに私とリシャール様との縁を断つよう求められる可能性もある。
味方に出来れば百人力だけれど、そうして味方にすること自体に不利益を被る可能性も高い。
高位貴族とは、いつだって厄介な人たちなのだ。
グランドラ辺境伯閣下は、その中でもかなり……有難い人ね。
そんな彼も、ハリード様たちには恩がある。
だから辺境伯閣下の手で、ハリード様たちに報復をするのは出来ないだろう。
……まぁ、私も別に、そこまで強く報復を願っているワケではないのだけど。
だって今、私はリシャール様の隣に居るのだ。
はっきり言って『ハリード様とは別れて良かったぁ』状態である。
では、どうしてこんなことまでするのか? というと。
やっぱり『もしも』に備えて、でしかないと思う。
不明瞭なことだ。
私自身、私のことで分からないことが、いっぱいある。
あの予知夢は何だったのか。
どうして、こんな特異な力を持っているのか。
そんなことに理由が付けられる日が来るとは限らない。
ただ、そういう才能を持って生まれただけと言えば、そうだろうし。
……でも。
『このまま終わり』にしていいのか? というと、きっとそうではないと思う。
私が手を下さずとも、元夫と浮気相手は、公爵夫人の鉄槌を受けている。
本当に、私はその件に関わっていない。
じゃあ、それでいいのか。彼らが勝手に不幸になったから?
それで一件落着なのか。
やっぱり、何か『違う』よね、と思った。
一つの物語は終わり、一応の決着が着き、私はこれから幸せを掴める希望がある。
すべてに関わらず、無関係な場所で……互いの人生を歩んでいけばいい。
それの一体、何が引っ掛かるのか。それは。
ハリード様と私は、結局のところ話し合っていない、ということだ。
かつての彼とは、はっきり言って話にもならないと思った。
一方的で、ふざけた要求をされるだけだろう、と。
だから、そんな彼とは話し合いなんてせずに、私は逃げた。
でも、離縁だったのだ。互いに納得して結婚したのを解消する。
そこに話し合いが不要だなんてことは、本当はありえないと思う。
慰謝料だとかは今更言わないけれど。
私が、前向きに生きていくために、どうしても踏むべき手順がある。
ファーマソン公爵家の干渉を受けない存在になること。
そして、ハリード様たちに一方的な要求など、されない存在になること。
私は、きっと『決着』を着けたいのだ。私自身の手で、納得のいく形で。
かつての私は、逃げる以外になかったけれど。
いつか、そうでない自分になって、面と向かって文句を言ってやりたい。
そして、その時は、うんと幸せな自分でありたいのだ。
なんたって、別に彼らは家族の仇だとか、そんな存在でも何でもない。
だから復讐のために生きる人生である必要などない。
私は、幸せになりつつも……そう。彼らを見返せる私でありたい。
そんな風に思っている。
後ろ向きなんだか、前向きなんだか分からないわね、これじゃあ。
まぁ、とにかくそういう理由で。
私とリシャール様は、公爵夫人との交流なんてものまで勝ち取ったのである。
私の問題とは、まったく関係のない家門だ。
そんな事情を聞かされても、知ったことじゃない話過ぎる。
なので、とにかく今は『仲良く』なる。そういう交流だった。
私たちには、とても大層な呼び名が付けられてしまったワケだけれど。
実際のところ、私は離縁されたことで、ただの子爵『令嬢?』になった、シスター。
リシャール様は、一介の騎士爵……でしかない。
『女神』も『聖騎士』も別に教会認定されたワケでもなければ、国に認められたワケでもない。
だいたい、そんな呼び方を公式で認定するなんて機関も、制度もないのだ。
故に立場を弁えなければいけない。
『グランドラ辺境伯閣下に後見されている、騎士団に協力するシスター』。
『同じく辺境伯閣下が高評価する凄腕の騎士』。
それが私たちなのである。
「観光したいところだけれど。リュースウェル公爵夫人を待たせるワケにはいかないわね」
「そうですね」
公爵夫人に会って、どうするのか?
実は、それは私よりも、リシャール様の方に必要なことだった。
……リシャール様に『上級騎士爵』を取ってもらいたいの。
上級騎士爵は『伯爵』相当の身分となる。
当然、誰彼構わずに軽率に与えられる爵位ではない。
子爵家、男爵家だって領地持ちが居るワケで、そんな彼らよりも軽々しく上の身分に立って貰っては困るから。
そこで上級騎士爵を得るには、騎士としての実力を示すだけでなく、高位貴族の推薦が必要となってくる。
それは『侯爵位』以上の貴族からの推薦だ。
推薦した者は、そのまま、その上級騎士の後見人と言える立場となる。
だから、出来れば公爵家のお墨付きが欲しいというのが人情。
一応、侯爵位以上の者、一人だけでも認められる場合はある。
ただ、二家門以上からの推薦であれば、より確実に上級騎士爵を取れるのよ。
グランドラ辺境伯閣下は、この『侯爵位以上』の条件に該当する特殊な身分。
当然、閣下からの推薦は受けている。
つまり、より確実にリシャール様に上級騎士爵を取って貰うため、リュースウェル公爵の推薦を得よう、と。
そういう流れだ。
私たちは、リュースウェル家が所有する、王都の邸宅へと向かった。
王都に着いてから馬車を乗り換える。
事前に約束していた手順を踏み、別の馬車でリュースウェル家へ。
「緊張、して来ましたね……。リシャール様は?」
「俺も同じですよ、エレンさん」
そう言って彼が私の手を握ってくれる。
評判や、どういった人物かは辺境伯閣下から教えていただいている。
大丈夫、と自分に言い聞かせるものの、それでも緊張してしまうのは仕方ないわ。
やがて、私たちを乗せた馬車は邸宅の門前まで移動し終えた。
いよいよね……。
私は、門番に身分を名乗り、辺境伯閣下からの手紙と、今日のための招待状を見せた。
しばらくしてから許可が下り、門が開かれて馬車は、敷地の中へと入っていく。
公爵家の邸宅らしく、敷地は広い。
馬車は遠目に見える屋敷には直接向かわず、道を逸れて進んでいった。
そして、とうとう馬車は停まり、目的地に辿り着く。
「エレンさん。手を」
「はい、ありがとう、リシャール様」
彼のエスコートで馬車から降りる。
案内に従い、歩いていき、四阿が見えてきた。
そこには遠目からでも分かる貴婦人がいらっしゃったの。
複数人の護衛騎士や、使用人が仕えている若い女性。
あちらも、私たちの来訪を伝えられたご様子。
貴婦人が立ち上がり、従者たちを引き連れながら私たちの前へ近付いて来られた。
私たちは、頭を下げて礼を尽くす。
「顔を上げてください、お二人とも。ようこそ、いらっしゃいましたね。私がリュースウェル公爵の妻、カタリナ・リュースウェルです」
許可を得て、頭を上げて目の前に立つ女性を見た。
白銀のウェーブがかった長い髪。
そしてアメジストのような薄紫色の瞳。
高貴さと、美しさを兼ね備えた女性だった。
ダイナミック
 





