39 リシャール
──『この方を、どんな時でも守ろう』と誓った。
リシャールが内に秘めた決意だ。
リシャールは、騎士の家の子供だった。
尊敬する父親は、ある侯爵家に仕えていた。
ただ、魔獣との戦いで父は怪我を負い、治療を受けたものの騎士として再起が難しく、退職金をいただき、隠居することになる。
父親は、母親と共に王都を離れて暮らすようになった。
騎士爵は一代限りの爵位だ。
よって父の騎士爵が、リシャールに継がれることはない。
リシャールは、己の力で身を立てる必要があった。
父親に認められた才能もあり、当然のように彼は騎士を目指した。
そのまま父が働いていた侯爵家で働きたかったが、生憎と時節が悪く、縁がなかった。
だが、ファーマソン公爵家が保有する騎士団で、入団試験が行われており、そこで実力を認められたことで、リシャールは騎士見習いになる。
それから時間を掛けて、騎士爵を正式に賜るまで成長したリシャールは、周囲にその実力を認められるようになっていった。
彼の人生は、満たされたものだったと言えるだろう。
……しかし、リシャールの知らないところで問題が生じていた。
ファーマソン公爵家の騎士団長は、常からリシャールの実力に嫉妬心を、劣等感を抱いていた。
いずれ、彼が自身の座に取って代わるのではないかと、彼を敵視していたのだ。
そして、抱え込んだ不満が爆発した原因は、リシャールの縁談だった。
顔立ちの良いリシャールは、騎士団の中でも人気のある存在だ。
それも公爵家の騎士団の所属。よりいっそう、彼は注目を集めていた。
高位貴族家では、騎士団員たちの縁談を取り持つこともある。
いずれは、実力で上級騎士爵も取るであろうリシャールは、当然のようにその手の話が上がった。
成人したばかりのリシャールの相手として候補に上がった女性は、とある伯爵家の令嬢だ。
上級騎士爵は、伯爵家相当の身分となる。
だから、リシャールが上級騎士爵を賜れば、彼女とは釣り合いが取れることになるだろう。
……伯爵令嬢と縁談を持たせれば、リシャールの評価は揺るぎないことになる。
騎士団長の妻は、子爵家の出身。そこでも明らかな差がついてしまう。
三十代になった騎士団長は、まだファーマソン公爵家の騎士団長を続けていくつもりだった。
だが、いずれ肉体は衰えていくことになり、文官のように年老いても今の立場で居続けるというのは難しい。
リシャールが取り立てられるのは、いつかの先のこと。
その程度のことと呑み込めれば、彼の成長を、ただ見守ることも出来たかもしれない。
だが、彼の感情が、リシャールを受け入れることを拒んだ。
……そうして。ファーマソン家の騎士団長は、リシャールを陥れる。
騎士として生きてきて、これからもそのようにあろうとしていたリシャールにとって、騎士の道が閉ざされることは、とてつもない絶望となったのだった。
「…………」
恨みを抱いたこともある。
動かない己の右腕に焦燥と苛立ちを感じて荒れたことも。
すべての名誉を捨て、自分をこうした男に復讐を企てようとすら考えた。
自分の実力ならば、たとえ右腕が動かなくとも……。
だが、そのようなことは出来なかった。
己の名誉だけで済めばいい。
しかし、そのような悪事に手を染めれば、両親の名すら貶めてしまう。
尊敬していた両親の名は穢せなかった。
怒りの先にあったのは諦念。すべてが投げやりになって。
それでも剣の道を捨てることが出来ず……。
そんな折にグランドラ辺境伯領での話を聞いた。
右腕の動かない自分であっても、まだ騎士の道があるかもしれない。
そういう微かな希望だ。
片手であっても。そうして何とか受け入れて生きていこうと。
諦めと共に受け入れていた矢先。
リシャールは、運命に出会った。出会ったのは女神だ。
「……ふふ」
「どうされましたか、リシャール様」
「いえ、少しだけ思い出しておりました。貴方とお会いした日のこと。……その後、この腕を治していただけた時のことを」
今、己の隣に居る女性が、自分の人生に光を取り戻してくれた。
感謝してもし足りない。
これが忠誠を誓わずにいられようか。己は騎士なのだから。
シスターであった彼女に剣を捧げるなど、迷惑だと思ったからこそ誓えなかったが……。
本当は、右腕が完全に治ったと自覚を持てた時。
彼女に剣を捧げたいと願っていた。
そうしてリシャールは、彼女についていくことに決めた。
彼女の助けとなるために、だ。
彼女、本当の名をエレクトラ・ヴェントという。
エレクトラは、彼女の魅力は、その力だけではなかった。
ただの貴族令嬢、貴族夫人であると思っていたら、土壇場での勇猛さを持っている。
戦う力こそ持たなくとも、その度胸がすわった様は、なんとも『逞しく』て好ましい。
……エレクトラは、可憐なだけの女性ではなかった。
そんな女性に抱く感情は、どちらかと言えば『崇拝』に近い。
騎士として生きようとしていたからこそ、彼女を見る目は、主人。
或いは、それこそ『女神』というようなものだった。
だが、時間を掛け、共に過ごしたことで、彼女から己に向けられる視線に込められた感情が、もっと……人間的であったことにも気付くようになった。
はじめは『恐れ多い』と思ってしまったのが本音だ。
自分が穢していい存在ではない、と。
だが、そういったことを伝えても『……私は、ただの人間ですよ? 特に目立った身分もない』と、返されてしまう。
それはそうだろう。
彼女に対する恩義が深く、崇拝し、忠誠を誓っているのは自分の勝手に過ぎないのだ。
そんな目で見られるのは彼女にとって不本意なことだろう。
女神のように見られて、それで彼女の気持ちを蔑ろにしてしまっては、その方が無礼だ。
そうして。
ゆっくりと彼女との関係を積み上げていき、気持ちを擦り合わせて……。
告白された時は驚いた。
その答えに迷わなかったと言えば、嘘になる。
だが、それは、けっしてエレクトラを嫌ってのことではなかった。
好意は既に自分の中にもある。
彼女を、女性として魅力的にも思っている。
それでも、己がそんな場所に立っていいのか、という気持ちは拭えない。
彼女のことは大切だ。ただ、少しだけ。
まだ、心の天秤は『人間としての尊敬』に傾いていた。
いつかは『一人の女性への好意』に傾くこともあるのだろう。
その時まで。その時以降も、ずっと。
彼女のそばに居て、彼女の行く道を、そばで支え、守っていきたい。
リシャールは、エレクトラのことを想いながら、彼女と微笑み合うのだった。
私が書くと、女主人公に才能と力を与え過ぎて、だいたい自力で解決するので
ヒーロー役が影薄くなりがちです。だいたい爵位も女性側が持つ。
モノローグがないばかりに、『ちょっと、こいつ怪しくね?』と疑われる可哀想なリシャール卿の考えなどを、ここで。
特にリシャール卿が裏切るとかはないです!
ただ、どちらかというと今の彼の感情は、
忠誠心>恋愛感情 じゃないかな? と思っております。




