36 女神、始めました
「……そういう、ことなのです。リシャール卿」
私は、リシャール卿に告白をした。色々なことを。
本名がエレクトラで、ヴェント子爵令嬢なこと。
今は離縁しているが、元夫が『英雄』ハリード様であること。
離縁に至った経緯と、私たちの近くにあった陰謀。
公爵夫妻の思惑によって、カールソン家の現状がどうなったか。
予知夢のことも話したの。
本当にすべて、よ。これで隠し事とか私にはなくなったわ。
「予知夢を見られてから、そのようなことが」
「ええ。そればかりは、今でも本当に……信じられないことだけどね」
「実際に時間を? 回帰したワケではない?」
「……その実感はないの。一度、はっきりした夢を見たのは見たわ。臨場感もあった。でも、やっぱり夢は夢で。限りなく、現実に近い夢? のような感覚。人生をやり直したような徒労感はないの」
「それは……幸いでしたね」
まったくね。だって二度目の人生だとすると、私の中身が随分とお年寄りになってしまうもの。
「もう起きていない現象だけれど。私は、もう神様に幸運を貰った、程度に受け止めているわ。そのお陰で今の私がある」
「……なるほど。神のお導きと言えば、確かにそのようにも感じますね。エレンさんには、才能がありますから。あっ」
「どうしました? リシャール卿」
「……エレンさん、で良いのでしょうか? エレクトラ様、と?」
「呼び名は……、今まで通りでも。『エレン』は、エレクトラの愛称にも聞こえるでしょう?」
「そうですね」
リシャール卿は、私のこれまでについてをきちんと最後まで聞いてくれたわ。
予知夢については驚きだったみたいだけど。
そして、私はこれからのことを話す。
「当初、私が教会に逃げ込んだ時の『脅威』は、なくなったかもしれない」
「公爵と、離縁された子爵の『追手』が貴方を追ってくることですね」
「ええ、そうです」
人は、幸せな時には自分が捨てたものに執着しない。
だけど。今が満たされない時、かつて自分にあったものに執着する。
少なくとも、ハリード様は、そのタイプなのだろうな、と。
リヴィア様は、なんだか今が幸せなのかも、よく分かっていらっしゃらない?
謎の執着心を持っているみたい。
それは性格が捻じれているからなのか。
自尊心、プライドなのかもしれない。
そもそも、ハリード様を『奪った』ことは、能天気で幸せな頭で考えたことではなく。
もっと悪意的で、明確に『人妻が居るから狙った』といった考えなのかも。
彼女にとって『離縁された、不幸な元妻』の存在は欠かせない存在なのだ。
だから、オルブライト夫人を私に見立てて、半年も慰み者にしていた。
「このまま彼らと関わらずに暮らしていけるなら、それに越したことはありません」
「……それが難しい、と」
「私が、どうしても目立ってしまうみたいで」
「……ああ、そうですね」
黄金の光、強力な治療魔法、そして強化魔法。
三拍子揃って、完全に『聖女』然とした能力になってしまった。
「目立たずに暮らす、ということは、即ち、私の能力を使わないようにするということです。ですが、私は、それが嫌だし、無理だろうな、と考えています。基本は治療魔法ですから。使わないということは、誰かを『助けない』ということになります。それは、私には出来ません」
私の言葉に、リシャール卿は静かに頷かれた。
起きるだろう状況を考えると『そうだろうな』と思われたのだろう。
「なるほど。変装などされるのは? 髪の毛の色を誤魔化すなど」
「それだけでは『女神』の正体が、エレクトラであることを誤魔化せるだけです。リヴィア様は『聖女』なので、いずれは『女神』と会いたがるか、周りが会わせようとするのではないか? と考えています」
私が活動するほど、どうしても私たちは『比較』されるだろう。
そして、その噂をいつかは彼女も耳にする。
……なんと言えばいいのか。
どうあがいても、最終的に彼女には、何らかの言い掛かりをつけられそうな気がするのよ。
そう。言い掛かり。
私が、彼女に何もしていなくても、彼女からの攻撃を受けそうな、予感。
「エレンさんとしては、どうされたいと?」
「私は、今の活動を続けたいと思っています。貴族夫人に返り咲くよりは、その方が性に合っていると」
「そうなると、貴方はきっと有名になり、いずれ彼らに目を付けられる……」
「はい。私は、この道で自分の幸せを得られるかもしれません、が。忘れた頃に彼らが現れそうだな、と。被害妄想でしょうか、これって」
「いえ……、どうですかね。確かに彼らが動いた証拠があるワケではありません、が。自分には、妥当な推測のように感じてしまいます。というか『ありそうだな』という感覚でしょうか。……自分が不貞をしたワケではありませんが、新しい相手と結婚生活が上手くいかず、かつての女性、元妻が輝いて、より価値のある、魅力的な女性となって姿を現わしたら。『彼女は、今も自分に心があるのではないか』と考えるのが男性のような気がします」
「あはは……。リシャール卿でも、そう思われるのですか?」
「一般論としては、ですけどね」
あんまりリシャール卿が不貞だなんだをするイメージはない。
私の願望がそう見せるのかしら。
いえ、彼のそういった言動を見たことなどないので、これは実績と信頼か。
「どこまでもいっても『たられば』の推測でしかありません。何の証拠もなく、被害妄想や、考え過ぎの類。でも、どうしても『現実的な推測』としか考えられなくて。証拠などないから、彼らに今から『攻撃』を仕掛けるのも変な話でしょう? 確かに弱っているかもしれませんけど」
リシャール卿は、無言で頷いて続きを促す。
「公爵夫妻も、本当にこれ以上、私に関わってこないのか。何の確証もありません。モヤモヤとした不安が残り続ける人生です」
「……そうかもしれませんね」
「ですから。私、こちらから動こうと思います」
「こちらから?」
今度は、私が彼に向かって頷いた。
「それにはリシャール卿の協力も必要です」
「自分の、ですか? どのような……?」
「具体的に言うと、私は、これから……『女神』になります」
彼は、目を見開く。
「戦場のミューズ、けっこう。今までは勝手に噂されていただけでしたが……。私は、これから積極的に『女神』として活動していこうと思います」
「ええと?」
「つまり、人気取りですね。かつてのハリード様や、リヴィア様がそうされたように。『戦場の女神』を売り込んでいきます。有名になって、人々からも褒め称えられるように。私は『名声』を勝ち取りに行きます。そして」
そして。
「彼らの面子を、正面から叩き潰したいのです。大きな存在となって」
「……彼ら、とは」
「元夫のハリード様。聖女のリヴィア様。そしてファーマソン公爵家、です。私が名を馳せた後、教会に提案したり、王家に奏上したりします。『聖女』との会談を。そして、正面から文句を言ってやります。そのための根回しは……これから始めますけど。ひとまずグランドラ辺境伯の協力は得られそうです」
高名な聖女、もとい、女神となって。
彼女らに格の違いを見せつける。
「言ってしまえば、こちらから彼らを挑発しに行くのです。地盤固めをしてから、ですけど。……陰湿でしょうか」
「陰湿ということはありませんよ。結局、エレンさんが成すべきことを成しながら、より人気者になろうとするだけ。そして彼らを見返したい、ということですよね。具体的に何か、嫌がらせをするのではなく」
私は頷いた。
「はい。『過去のことに怒りを覚えている。これ以上、こちらに手を出したら、ただでは済まさないぞ』と。彼らに突きつけられるような存在になろうと思います。本当は、それをするなら手っ取り早いこともあるのですが……」
「……戦場の女神と大きく評価されたなら。きっと高位貴族から縁談があるかもしれませんね。元々は子爵家の出なのです。申し分ないとも言えるでしょう。……そう言えば」
「はい」
「……王太子殿下の婚約が、隣国の事情で流れたとか……」
「え、そんなことが?」
「噂ですし、グランドラ領に流れ着くような話ですからね。どこまで信憑性があるのか」
「まぁ、それは……」
王太子殿下の婚約者は、私の知る限り、隣国の王女様だったはずだ。
その話が流れた? となると、王都は騒がしいでしょうね。
「貴方の名声が上がれば、王族から声が掛かる可能性もありますね」
「それは、流石に、ちょっと考えていませんでしたけれど」
「ですが、公爵家に物申せるほどになりたいのですよね?」
「……はい。いえ、ですが、そうではなく!」
私は、そういった『手』で権力を握りたいのではない。
「その、ですからリシャール卿に『協力』して欲しい、と」
「自分の協力……」
リシャール卿は、ピンと来ていない。そりゃあそうだ。
あまりにも遠回り過ぎるから。私の……告白は。
「リシャール卿は『聖騎士』とまで呼ばれています。貴方の名声も、きっと大きな力となります」
「…………」
「元夫は『英雄』と呼ばれていました。その実力があったのか、今では定かではありませんが……。とにかく、そういう人です」
「はい」
「……でしたら、その。同じ方向性、といいますか。『女神』の隣に『聖騎士』が居て、そうしたら、いずれは相対するとか。ファーマソン公爵家への打撃を与えるのにも、きっと価値があります。だって彼らは『聖騎士』リシャール卿を罠に嵌め、追い出したのです。私は、そのことについても、ファーマソン家を糾弾したく……。つまり、そのためには、やはり……」
だんだんと顔に熱が上がっていくのが分かる。
きっと真っ赤になっているだろう。
いい年をして、色恋でこんなに恥ずかしい気持ちになっているのだ。
「リシャール卿。私と一緒に、その。彼らの鼻を明かしてくれませんか?」
「一緒に……」
「はい。だから、つまり、その。女神の『聖騎士』に。なってくださいませんか?」
「────」
遠回り過ぎる! 我ながら、これでは伝わらないと思いながら、どうすることもできない。
「……俺に、貴方の伴侶になって欲しい、と。そういう意味で、受け取っていいのでしょうか」
「…………はい。そういう意味、です……」
リシャール卿は、なんとか察してくれたようだ。
私は内心で、かなり焦り、冷や汗をかきながら、彼の答えを待つ。
顔どころか身体中が熱くなって、暴走しそうだわ。
「シスター・エレン。いえ、エレクトラ様」
「リシャール卿?」
彼は立ち上がって、そして私の前に来て、片膝を突く。
「以前から、自分は……貴方に好意を寄せていました。……貴方のことが好きだったのです」
「……!」
「気付かれていたかもしれませんね。そして俺は、貴方からの好意もある、と。そう感じていました。それは勘違いではなかった」
「……はい。私は、貴方に惹かれていました」
「……ありがとうございます。俺も、貴方に惹かれていた。ですから、喜んで。その申し出を受けさせてください。そして……これは、その。今言うべきか分からないのですが」
「は、はい」
「……どうか、私と結婚を前提にしたお付き合いをしていただきたい。今すぐは難しくても……。俺は、貴方と結婚したい、です」
告白を受け止められて、そして。求婚されてしまった。
もちろん、私の返事は決まっている。
「はい……! どうか、これからもよろしくお願いします……!」
互いに笑顔を浮かべ、そして自然と抱き合った。
今までも互いの好意は感じていたけれど。
今日、それが確かなものになったのだ。
満たされ、幸福を感じる繋がり。かつては感じたことのない幸せだった。
私は生涯の伴侶を得て。正式にリシャール卿とは婚約関係になった。
そうして、『女神』として積極的に活動し始める。
実務的な面で言えば、今までとそうは変わらない。
ただ、自分から積極的に名声が上がるように心掛けていったの。
騎士団に協力することも増えた。
そして、私用の『装備』なんてものまで用意されて……見た目から、それっぽく仕上げて貰った。
白地に黄金の刺繍、そしてちょっとした装飾品。
ただの聖女のドレスではなく、戦女神風で、胸鎧もある。
さらに装飾の付いた細身の槍に、旗が付いたものを手に持つ。
かつて村の防衛戦でしたように如何にも目立ち、注目される仕様だ。
そして、そんな私を彼が守ってくれる。トレードマークのような銀色の小手を付けて。
リシャール様は、武器を選ばない。
相手の武器を奪って使うこともあるし、なんでも使いこなせるタイプだ。
ただ、基本的には身軽な方が良いのだと思う。
剣を二刀流にして持ち、盾は使わないため、丈夫な小手を装備しているのだ。
……残念ながら私の強化魔法は、物を対象には出来なかった。
なので、装備的な加護、祝福は与えられないのだけれど。
私が戦場に立つ限り、彼や騎士たちの能力を引き上げることが出来る。
もちろん、能力変化が他人の意志でとなると、齟齬が生まれるため、頻繁には使わない。
それらのタイミングは、騎士団と演習を繰り返すことで培っていく。
グランドラの森の魔獣相手だけでなく、近隣まで遠征を組んで貰い、人々の助けとなる。
遠征式の治安維持部隊ね。名声に利用させて貰うつもりだ。
ただ、一過性の救済だけでは、その後が困るだろう。
その点は、かつて領地運営を担った者として辺境伯を始め、近隣領主と話し合わせて貰った。
辺境伯の後ろ盾あってこそだけれど、名声が上がるにつれ、そうした場で意見することも通るようになる。
ただ、各領地でそれぞれの領主相手にする意見は、彼らの領分を侵さず、一線を越えないように気を付けているけれど。
私の目的は、理想を叶えることではなく、名声を得ることだから。
ただ、『民のために!』と声高に叫んで領主たちを威圧することはしない。
だって私、運営側の視点も分かるもの。
身動きできるお金がない、物資がないのに、あれをしろ、これをしろ、市民のためだろう! なんて言えないわ。
要するにバランスが大事なのだ。
そういった配慮のお陰か、近隣領主と諍いを起こすことなく、着実に名声を積み上げていった。
……そうして。
私は、『戦場の女神』として名声を得て、ある機会を得ることになる。
王都で、ある公爵夫人と会うことになったのだ。
ファーマソン公爵夫人ではない。
ファーマソン家とは別の公爵家。若き公爵の、若き妻。
たぶん、私とそう年齢も変わらない女性。
リュースウェル公爵夫人、カタリナ様と。
ダイナミック!(意味深)
10万文字を越えたので、たぶん、本とかになったら一巻分の区切りです。
なので、次話で、ちょっとハリードたちの顛末の、エピローグ的なことを書いたら
【第一部・完結!】ですね。
このお話にプロットはないので、常にライブ感の更新を続けております。
概ね、どのような考察も……『作者の人、そこまで考えてないと思うよ(真顔)』となります。
エレクトラが何をするつもりなのか、作者も知らないのです。
がんばれ、エレクトラ! 期待しているぞ!
この後、出そうな人たち。↓
エレクトラたちの住む王国の名前は、ランス王国。
王太子の名は、ユリアン・フォン・ランス。隣国の王女と婚約していたが、白紙になった。
王妃の名は、サラティエラ・フォン・ランス。
若きリュースエル公爵の名前は、ミカなんとか。
辺境伯の騎士団には、たぶん大剣使いのウォーなんとかという若めの騎士が居ます。
出てくるかは分かりません。(おい




