33 魔法
その日は、孤児院の子供たちの世話をして、遊んだ後。
リシャール卿が教会まで、会いに来てくれた。
「こちらは、騎士団からの差し入れです。いつもお世話になっていますから」
「まぁ、ありがとうございます。神父様にお渡ししてきますね」
騎士団からの贈り物を受け取り、手続きをして神父様にお渡しする。
そしてリシャール卿とお話しをする時間をいただいた。
「実は最近、エレンさんの魔法について仮説がありまして」
「仮説ですか?」
私は首を傾げる。
「そうですね。エレンさんは、魔力の付与された武器、というのをご存知でしょうか」
「……教養としては、はい。実物を見たことはありません」
魔力の込められた武器。
治療魔法とは系統の違う魔法で、武器に魔力を込めると一体どうなるのかというと……。
「魔力の込められた武器は『強化』されます。頑丈になったり、切れ味が上がったり。ただし、誰もがそうして魔法を付与できるワケではありません」
「ええ、そうですね」
治療魔法は、それなりに使い手の多い魔法だ。
だけれど、その、いわゆる『付与魔法』というのは、本当に使い手が少ない。
当然、そんなことが出来るなら、騎士団などは全員の武器を、魔法で強化したいところなのだ。
それが出来ていないということは、お察しの通りである。
希少な付与魔法使いに、高額な支払いをして、ようやく武器への魔法付与を依頼できる。
まず、そういった付与魔法使いに渡りをつけて、依頼するまでが難しいの。
「魔法付与された武器、がどうかしたのですか?」
そういったものがあれば、リシャール卿も助かるだろうな。
彼の場合、そんなもの、そもそも要らないかもしれないけど。
「実は、ですね。エレンさんの魔法が、この『付与魔法』ではないか、という話があるのです」
「え?」
私の魔法が? どういうこと?
「……私、武器に魔法なんて使ったことありませんよ」
「分かっています。そうではなく、貴方の魔法が……『騎士の強化』をしているのではないか、ということです」
「騎士の、強化?」
え、それは、つまり。
「エレンさんの魔法の、あの黄金の光。あれは、ただ自分たちを治療するだけでなく、自分たちを『強化』してくれているような気がするのです。このことは騎士団の者たちも同意してくださいました」
「ええ……?」
つまるところ、武器ではなく『人』に対する付与魔法?
「ですが、たしか武器への付与魔法は効果が持続するものと聞いております。少し勝手が違うのでは?」
「ああ、それは聞きました。ですが、まぁ、それも『永続』ではないとか」
「そうなのですか?」
「はい。魔法付与された武器は、武器の使い手の魔力を消費して、普段は、その『強化』状態を維持しているらしいです。ですが」
「ですが?」
「長くその武器を使っていないと魔力切れを起こし、やがて付与された魔法効果も消えてしまうそうですよ」
「そうなのですね」
それはまた難儀な。
ずっと戦い続けるか、戦う人に渡して……。
いえ、普段から鍛錬なりに使えばいいのかしら?
とにかくメンテナンスが面倒くさいのね。
「付与魔法、強化魔法と言った方が良いでしょうか? その『強化』は一過性のものということです」
「なるほど……?」
「エレンさんの黄金の魔法を受けると、身体が軽くなり、力が増すように感じますが……」
「え」
そこまで? それは初耳なのだけど。
いえ、皆が言っていたような気もする。
ただ、それは『気持ち』の問題かと思っていたのだけど……。
「それは、しばらくすると収まってしまいます。常に強化された状態を持続するワケではないようですね」
「そう、ですか。ええと、ちなみに勘違いではなく?」
「おそらく。ですが、気になりませんか? 今更かもしれませんが」
「それは、まぁ……」
「『検証』してみてはどうかと。もちろん、エレンさんの都合がつけば、ですが」
「……そうですね」
本当にそのような効果が、私の魔法にあるのだろうか?
でも、普通は傷ついても居ない相手に治療魔法は掛けないものだ。
私の場合、騎士様たちが傷ついてもすぐに治るように、と。
魔力量に物を言わせて、治療魔法を掛け続ける、という使い方をしていた。
それが、まさか『強化』に繋がるだなんて。
「……なんだか、怖い」
それが本当のことならば、それは私だけの力なのだろうか?
それとも、他の人にも同じことが出来る?
後者だったなら、まだいい。でも、前者だったなら。
私は、本当に特別で、希少で……有益である、ということ。
そうなれば、望む者が出てくるだろう。
今は、ただの『平民エレン』の私だ。
どこかの貴族が、その特異な能力を求めて、縁談なりを申し込んでくるとか。
教会も目の色を変えて利用しようとする、とか。
そういう不安がよぎった。
私は今、自由で穏やかな……優しい恋を謳歌している。
もしも、そんなことになった時、リシャール卿と離れ離れにさせられてしまう、とか。
「エレンさん? 大丈夫でしょうか」
「は、はい。その、考えごとを……」
告白や、将来の約束などはしていない。
ただ、互いに好意があるなと、なんとなく感じるだけの関係。
……少し、臆病になっているのはある。
だって私は、離婚歴ありの、バツイチで。
何より、リシャール卿を相手にも、まだ本名を告げていなかった。
今更、言い出しにくいのもある。
既に『エレン』で通っていて……。
(いつか、きちんと話せるかしら。私のこと、全部)
そうなるといい。そう願う。
不安と、悩みを抱えながら私は、騎士団の人たちの協力を得て、魔法の検証を進めた。
思い込み効果なのか。それとも、実際に効果があるのか。
結果としてはリシャール卿の仮説通り。
どうやら、効果は……ある、らしい。
つまり私の黄金の光は『強化魔法』でもあったのだ。
「うーん……」
「なにか?」
私は、辺境騎士団の騎士団長に問う。
「いや、な。そうなってくると、こう。もっと正式に扱いを変えた方がいいんじゃないか、と。既に『女神』扱いはされているから、今更かもだが……。実績だけでなく、明確な能力もあるんだ。これは騎士団全体の士気にも関わる」
「士気、ですか?」
「こう、身なりを整えてな。白地に金の刺繍とかして、槍のついた……旗とか掲げてよ。聖女……じゃねぇ。戦場の女神、ここにあり! と、こうすると、俺たちの士気も上がりまくる。実際に能力も上がる」
「それは、ちょっと……」
そもそも別に私は目立ちたくはない。
「実際、そこらで似たようなことやってたって聞いたが?」
「それは、仕方なくやっていただけなので……」
好き好んでやっていたのではない。
その場その場で、出来ることを精一杯にこなしてきただけだ。
「……そうかぁ。でも、このことは辺境伯閣下には報告したい。それで、そうなると似たような話をされると思う」
「そうですか……」
容易に想像ができる展開だ。
私も、辺境伯や、騎士団長の立場であれば、きっと同じことを提案する。
ただ、そうなった場合の、この先に待ち受けることについて。
私は、思い悩んでしまう。
そんな風に日々が過ぎていくと、王都に出向いていたグランドラ辺境伯が帰ってきた。
そして……私を個人的に呼び出したのだった。




