24 リシャールの実力
正直に言って『やった!』と思った。
人が死んでしまったとは思うのだけど、彼らのリーダー格らしき男を倒したのだ。
だから、彼らも逃げていくのでは、と。
……けど、考えが甘かった。
「かしらぁああ!」
「てめぇらぁあああ!」
ビクッとその声に震える。
仲間の一人を殺された彼らが激昂して、私の刷り込んだ偽情報を無視して突撃してきたのだ。
護衛の3人が、それに対処する。
けど、後方に居た彼らは、それで気付いてしまった。
『落とし穴なんてない』と。
「はっ……! てめぇ、ふざけんじゃねぇえええッ!!」
当然、彼らの怒りは、ハッタリで彼らを騙した私に向けられた。
殺意の込められた怒声に、私は明確に恐怖を感じる。
落とし穴という脅威がないなら、毒の刃という脅威もない。
それが見破られた。あるのは、身内を殺された怒りのみ。
少数の戦力と、いつまで続くか分からない治療魔法だけが、こちらに残されて……。
「あの女を引き摺りおろせぇ!」
旗もどきを掲げている私に、山賊たちは怒りを向けてくる。
明確な終わりが見えた、その時──
ドガッ!
「ぎゃうっ!」
「!?」
私たちとは別の方角から、飛んできた何かが山賊の頭にぶつかって、倒した。
「なんだ……!?」
私はその何か……大きめの石、岩? が飛んできた方向へ視線を向ける。
そこには全速力で駆けてくるリシャール卿の姿が見えた。
「ああ……! リシャール卿!」
間に合った! 私が思っていたよりも、ずっと早く。彼は事態に気付いてくれたらしい。
私は、恐怖で震えている身体を振るい立たせ、治療魔法に意識を傾ける。
リシャール卿の実力をまだ完全には把握していない。
でも、実力者に私の治療魔法を掛け続ければ、数の利があちらにあろうと勝機はある!
「……なんだ、お前はっ」
山中から凄まじい速度で駆けてくる彼を、山賊たちも脅威に感じたのだろう。
こちらへの意識が逸れて、迎撃の構えに移る。
「速い!」
あっという間に山賊たちに迫る姿に、彼らは危機感を覚えたのが分かる。
「うおおおっ!」
だが、切り結ぶ距離に至る前に、リシャール卿は、なんと自らの剣を投げつけた。
「ぎゃっ」
凄まじい速度で、刃先をまっすぐに投げつけられた剣を防ぐことができず、男が一人、貫かれる。
だが、これで彼は武器を手元から失くして……。
「てめぇええ!」
その一撃の間に、あっという間に山賊に肉薄していたリシャール卿は、身を屈めながら足元から滑り込み、山賊の攻撃を避けた。
そして、片腕を男の足に引っ掛け、男を引き倒すとすぐさま体勢を変え、身体を半回転させながら武器を持った男の腕に膝を落とし、潰す。
「ぎゃあ!」
そして、男の武器を奪い取るとその武器で、近寄ってくる男への攻撃に転じた。
「ぎゃ」
「ぐぁ!」
山賊たちの武器を奪い、投げ捨て、果ては二刀流の構えになって。
リシャール卿は、見る間に山賊たちを葬りさっていく。
まさに鬼神、まさに無双。血の色をした小さな竜巻のように、山賊たちは次々と倒されていったのだ。
「……うわぁ」
私たちは、それを呆気に取られて見ているしか出来なかった。
先程まで、あれほど命懸けの緊張感に包まれていたというのに。
私たちは、確かに村防衛の主役だった。
だが、リシャール卿が駆けつけた途端、私たちは、ただの『観客』と成り果てていた。
援護する暇も、必要もなかった。彼は一人で、私たちの脅威を退けたのだ。
一応、私は彼に治療魔法を掛け続けていたのだけど。
その意味も、あまりなかったと言っていいだろう。
やがて、彼が山賊全員を打ち倒した後、商会の皆さんは一斉に歓声を上げた。
私は気が抜けて、というよりも治療魔法の常時展開で、フラフラになって、その場にへたり込む。
「エレン! 大丈夫!?」
「……はい。少し疲れただけです、アナベル様」
「よくやってくれた。リシャール卿が解決してくれたけど……それまでは、貴方が頑張ってくれたからよ」
「そんなことは……」
いや、あるのかな? でも、あの場での最適解は、ああすることだったと思う。
我ながら、どんな度胸だと言いたくなるけれど。
……別にこの件での予知夢は見てない。
仮に回帰していたとしても、私の命は激流に流されて終わっていたはずで。
こういった状況の耐性はないと思う。でも動けた。
過去の経験を照らし合わせてみても、流石にここまで命懸けの暴力沙汰に直面したことはない。
こういった経験は、私にはなかったのだ。
でも、私は怖さよりも、その場の最善を優先することができた。
それは勇気というよりは、恐怖の麻痺……という感覚だ。
「はぁ……」
今更ながら、何がどうなっているのだろうと思う。
とりあえず商会の皆が助かって良かった。
私は、皆が無事に生きている姿を見た後、気が抜けたのか……そのまま意識が遠のいていく。
最後に見たのは慌てたように駆け寄ってくるリシャール卿の姿だった。




