23 防衛
リブロー商会のメンバーと、護衛を中心に構築した簡易バリケードを挟んで山賊と相対する。
光と音と雄叫び、そして私の宣言で相手を威嚇し、こちらからの反撃の意志を示した。
続いて商会の男性が、目眩ましで怯んでいた男の一人に投石を命中させる。
「よし!」
ああ、あれが私のやりたかったことだ。全然、私の腕力では石が届かなかったのだけど。
「ぐっ……!」
しかし、当たったとはいえ致命傷とはいかない。
人数比的に言うと、どうやらこちらが、かなり不利らしい。
相手は、武装も充実している様子だ。
ただ、幸いなことに弓兵の類は見受けられない。皆、近接の武器を持っているだけに見えた。
私は、鍋を鳴らして威嚇しつつ、村人たちに音で緊急性を伝えていたのだけど。
時間稼ぎのためにも、ここは私が『口先だけ』で相手を翻弄するべきだと判断した。
さっきからやっていることだ。
如何にも、こちらは準備してきた、と。
とにかく反撃し、どころか彼らを仕留めるつもりでいるのだと示し、行動を鈍らせる。
槍代わりに、バリケードを作るために用意していた木材を手に取り、そしてささっと布を巻き付けて『旗』にする。
そして、資材の上に登り、私は旗を掲げながら、声を張り上げた。
「前衛! あの魔獣たちは3人で一匹を確実に葬れ! お前たちの剣には、毒が塗ってある!」
もちろん、出任せ、ハッタリだ。
そして、あえて山賊たちに聞かせている。
「自分たちを傷付けないように注意して、毒の刃を振るえ! 確実にヤツらを一匹ずつ殺すんだ!」
「……了解!」
「承知しやした、姉御!」
姉御って。
まぁ、そういう感じで持ち上げて貰った方が相手への威嚇になると思うけど。
「落とし穴地帯を通ってくるヤツは無視していい! 突出してきたウェアウルフだけに狙いを定めろ!」
当然、落とし穴なんて仕掛けていない。
相手が、直前までこちらの動向を調べていたならハッタリと気付かれるだろう。
でも、先程から私が発している言葉に、山賊たちは翻弄され、その足を止めていた。
落とし穴。毒の刃。騎士団の応援が来る。
そういった、ありもしない情報を的確に彼らに刷り込んでいく。
そして、確実に一匹ずつ殺す、という目的を双方に伝えて、彼らに突撃を躊躇させ、味方には狙いを集中させた。
少しだけ高い場所に立って、旗を振って大声で指示を飛ばす私の存在に、彼らは躊躇している。
さっきから畳み掛けられ続けている情報に、謎の光による目眩まし。
彼らの混乱と戸惑いは、見て取れた。確実に出鼻を挫いたと言っていいだろう。
全部、何もかもハッタリではあるのだけど。
味方の投石が、彼らに届き、致命傷でなくとも攻撃が叶ったことも大きい。
こちらには戦意があると、彼らに突きつけられた。
この襲撃が簡単なことでは済まないと、とにかく彼らに思わせるのだ。
騎士団の到着を匂わせて、タイムリミットもあるように感じさせて。
山賊たちが互いに顔を見合わせている。どうするべきかと悩み、足を止めているのが分かった。
その中で一人、集団のリーダーらしき男が前に出て来る。
足元を警戒しているのは私の『落とし穴』発言を警戒しているからか。
すべて信じたワケではないはずだ。だが、まったくのデタラメとは断じていない様子。
「誤解だ! 俺たちは魔獣じゃねぇ! そのウェアウルフでもねぇぜ! 聞いてくれ!」
……と。
山賊は、なんと対話を求めてきたのである。
視界の端で、商会の面々が顔を見合わせているのも感じた。
私の近くにはアナベル様が控えてくれている。
「俺たちは……!」
「耳を貸すなッ!! ウェアウルフは人語を喋り、人間の警戒を解く魔獣だ! 投石用意! ヤツが近付いてきたら一斉に石を投げつける準備をしろッ!!」
私は、男の言葉に遮るようにそう声を張り上げて、味方陣営に石を構えさせた。
実際に投げつけるのはまだ早い。
だけど、石を投げつける姿勢を取ることで、山賊がただで近付いてくる状況を防いだ。
……分かるわ。
だって、こちらとしては対話が叶う相手であれば、どんなにいいことか。
だからこそ、ああして言えば私たちが話に乗ってくると思っているのでしょう。
それは恐怖から。『そうであればいい』と思う、こちらの願望につけ込んだ卑劣な行為。
対話を求めている相手が、武器を構えてニヤつきながら近付いてくるはずがないのに。
「だから! 俺たちは魔獣じゃねぇって言ってんだろうが!」
男は激昂しつつも、足を止めている。
味方の投石体勢が、功を奏した様子だ。
「なぁ? 話を聞いてくれよ、俺たち、こう見えて困っているんだ。世の中、話し合い、ギブアンドテイクってもんだろ?」
うさんくさい笑顔をしながら、こちらの様子を窺う男。
どうにか近付こうとしているのは明らかだ。
後ろに控えている山賊の仲間たちは、前に出てきた男に任せているらしい。
味方の戦力は、主に護衛の3人だけ。商会の男性陣は、私よりは動けるかもしれないけど、戦闘に長けているワケではない。
彼らは私の言葉を受けて、投石の姿勢を取っている。
それが威嚇になると理解してくれているのだ。
問題なのは、投石用の石が、そこまで用意できていないこと。
この威嚇による、防衛は長続きするものじゃない。
村に走らせた伝令により、伏兵が居なければ、村人の逃亡はできるかもしれない。
そのためにも時間稼ぎは必須だ。
可能であれば、村の自警団には合流して欲しい。人数が居れば、私たちもどうにか生き延びられる目がある。
やはり、この場面での頼みの綱は、リシャール卿の帰還しかない。
どうやって、山中に入ってしまった彼にこの事態を伝えるか。
「けして剣を下すな! ヤツが大きく動いたら容赦なく、投石を開始! こちらに近付こうとしたならば、落とし穴に追い込みつつ、毒塗りの剣を突き立てろ!」
「「「はい!!」」」
私の聞えよがしの指示に大きく返事をする護衛たち。
理解力があって、ノリがよくて助かる。
「……おい! だから話し合いをしろって言ってんだろうが!!」
ビリビリと震えるような大声。
正直言って私だって物凄く怖いのだけど、今は少し興奮し過ぎて、自分で自分が何をしているか実感していない。
あの現実感のある予知夢で『死』を体験したせいなのか。
少しテンションがおかしい状態だ。
けど、ここで声掛けを行っている私が怯えていると悟られるのは不味い。
こちらは如何にも作戦を立て、準備をして、迎撃をしています、というハッタリが大事なのだ。
最初にハッタリを言い出した私が、このまま如何にも『将』の立場を貫くしかない。
アナベル様も、それが分かっていて、私のそばに控えてフォローに回ってくれている。
敵の言葉には応じず、対話を拒否。
ただ、攻撃姿勢によって威嚇し、膠着状態を維持する。
「……おい、近付くぞ! 俺は人間だ、魔獣じゃねぇ! 俺は、お前らの味方だ! いいな!? 攻撃してくるんじゃねぇぞ!」
私は、男の言葉に応えない。
『止まれ』とも言わない。それは対話だ。
山賊の目的は、こちらと対話をすると見せかけながら近付き、一撃を加えて混乱させることにある。
それを皮切りに後衛が突撃してくるだろう。
最初は警戒するかもしれないが、実際には落とし穴なんてないし、毒の刃もない。
騎士団の援軍も来ない。
彼らが突撃してきたら、こちらは終わりなのだ。
だけど、ハッタリでの時間稼ぎにも限界がある。
リシャール卿が、こちらに戻ってくるのが、いつかも分からない
今の私の持ち札で、出来ることは他にあるのか……。
「リブロー商会の皆さん、そして護衛の皆さん。私を信じてくれますか……?」
「…………?」
私は、味方にだけ届く声量で話し掛けた。
視線は落とさず、山賊たちを睨み付けたまま。
私に出来ることは、ただ一つだけだ。
「……私は、人よりも治療魔法が得意です。それを皆様に見せる機会が今までなかったですけど。先程の黄金の光は、私の治療魔法の光です」
理論上は、できるはず。
魔力の出力の問題ならば、おそらく私の才能と魔力なら。
「私は、離れた場所に居る人にも、治療魔法を掛けることが可能です」
だから。
「……貴方たちが致命傷を負ったとしても、必ず『すぐに』回復させて見せます! リシャール卿の、一生治らないはずの腕を治したみたいに!」
つまり。
「私を信じて、命懸けで……戦ってくれますか?」
死なばもろともで、戦ってくれ、と。
私は、彼らに言っているのだ。
すぐに治すから。致命傷を覚悟で、突撃せよ、と。
「……!」
視線を完全には向けられないけれど、彼らが青い顔をしているのが伝わる。
でも、この状況では前衛の護衛たちを主軸に戦って貰うしかない。
数の不利があると分かっていても、だ。
活路は、私の治療魔法しかない……と思う。
「────!」
私は、先程のように治療魔法を前衛3人に向けて掛けた。
少し距離の空いた場所に居る彼らに、だ。
光の奔流が発生し、山賊たちを警戒させて、怯ませて。
治療魔法を受ける側は、ほんのり温かさを感じる。
前衛に、私の魔法が届いていれば、それが感じられたはずだ。
「……どう?」
「……、……」
護衛の3人は互いに顔を見合わせている。
気休めかもしれないが、確かに私の魔法は彼らに届いたらしい。
「……分かりました!」
「俺たちの命、姉御に預けます!」
護衛たちは意を決して、私の案に頷いてくれた。
これで、前衛3人が突撃の意志を固め、反撃の手筈は整った。
あとは突撃指示のタイミングだろう。
山賊側の陣形は、後衛にまばらに集まった状態。
落とし穴を警戒してか、一定距離を空けて止まっている。
一人だけ突出して、交渉まがいのことをしてくるのは山賊のリーダーのような男。
じりじりと距離を詰めている。
こちらからは先に動けない状態だった。
「分かってくれたかぁ? 俺らは、魔獣じゃねぇ、人間だ。な? 物騒なもんを下ろせよ」
山賊は、ゆっくり、ゆっくりと近付いてくる。
後ろに居る彼らも、それに合わせてにじりよってきた。
冷や汗をかきながら、味方陣営は恐怖に耐えて、私の号令を待つ。
いよいよ限界の距離まで近寄られたところを見計らって、私はまた声を上げた。
「見よ! ヤツらが魔獣である証を!」
「おいおい、だから……、」
男が私の言葉にイラついているのが分かる。
どうせならば、もっとイラつかせた方が判断力が下がるだろう。
「あのようなブサイクな人間が居るか!? ヤツの歪んだ、ブサイクな顔こそが魔獣の証明! 見ろ、あの醜い顔を! ここまで漂ってくるような、臭い体臭を! あんなにブサイクで、くさい者が人間であるものか!!」
「なっ……!」
「後ろのヤツらもなんと醜い! ヤツらのブサイクさで人間を名乗れるはずがない!!」
私の言葉には、流石に敵味方問わず、虚を衝かれたらしい。
一瞬で、それまでの取り繕った態度を変え、沸点を越えて、激昂した。
「てめぇえええ!! ふざけんじゃねぇぞ、コラァ!!」
先頭の男が、大きな武器を振り上げて、突撃してくる。狙いは私だ。
「……投石、始めッ!!」
「「おおおおおッ!!」
商会の男性たちで、突撃してくる男に石を投げつけた。
同時に後ろの男たちも、動き始める。
「前衛、進んで! そいつにだけ集中!」
「「「はい!!!」」」
私も意識を集中し、彼らに治療魔法を掛け続けるつもりで、魔法を行使した。
命懸けの無限治療アタック。あまりにも無謀な賭けだが、これ以外に打つ手がない。
「おらああああ!!」
「ぐぁ!」
山賊のリーダーが、護衛3人を蹴散らすように暴れる。
実力差があるらしい。だからこそ、後ろの彼らは、あの男になりゆきを任せていたのだろう。
「ぎゃっ……!」
護衛の一人が山賊に切りつけられ、血飛沫が舞う。
ニヤリと笑う山賊のリーダー。
「怯むなッ!!」
私は、彼の戦意を失わせないように鼓舞しつつ、全力の治療魔法を行使した。
すると怪我を負った彼の身体が、黄金の光に包まれ……。
「う……おおおおお!!!」
「なっ!?」
たった今、切り捨て、致命傷を負わせたはずの相手がすぐに回復して動き始めたことに、山賊のリーダーが驚愕する。
「うぉおおおおおおッ!!」
私の言葉が嘘ではないと、確信を得た他の二人が勢いづき、さらに追撃に飛び掛かった。
「なっ……、この、ぎゃっ……!」
如何に実力者と言えど、一人で3人の相手は厳しいのだろう。
いや、致命傷をすぐに治して突撃してくるなど異常事態だ。
それが山賊のリーダーに混乱を生んだ。
「「「ぉおおおおお!!!」」」
そうして、3人掛かりで攻撃し、反撃しても、すぐさま治る身体を、目の当たりにして。
山賊のリーダーは対処の術を失って……落ちた。
「が……は……」
「な……!」
落とし穴を警戒しつつ、突撃の機会を見計らっていた山賊たちは、あっさりとやられてしまった男の姿に言葉を失うのだった。




