22 山賊襲来
結局、色々と話し合った結果、リシャール卿が単独で偵察へ向かうことになった。
「……心配です」
「はは、無理はしませんから。怪我を負ったとしても、どうにか貴方の下まで帰ってきますよ、エレンさん」
「怪我はしないようにして欲しいです」
私たちが行く先の道には最近、山賊が出るようになったという。
その道が塞がれると先へ行くのに、かなりの遠回りを要求される。
商人としてはとても迷惑な話で、さらにそのせいで孤立してしまった村まであるらしい。
近隣の騎士団の対応は遅れる見込みで、色々とそういった条件だからこそ山賊も活動しているのかもしれない。
そんな状況下、リシャール卿は一人でその問題の山へ偵察をしに向かった。
残された私たちは彼の無事を祈るしかない。
「本当に大丈夫なのでしょうか」
「信じてやるしかないけど、私たちも出来る限りのことはしようか」
「出来る限りのこと?」
私は首を傾げてリブロー商会の女性会頭、アナベル様を見ました。
「山賊が根城にしている予想地点なんだけどさ、割とこっちの村に近いのよ」
あまり山奥ではないのね。ということは?
「私たちにも護衛が付いているけど、リシャール卿と入れ違いで村を襲ってくるとか、そういうこともあるかもしれないでしょう?」
「ええ……!?」
そういうことは、彼が居る時点で話し合って欲しい。
「では、どうするのですか?」
「簡易的なバリケードを作っておくの」
近隣の村と山賊の諍い、基本的に私たちは介入しなければならない立場ではない。
人並みに心配はしているし、自分たちの目的や利益のために解決はしたいのだが。
命懸けのリスクには見合わないと思う。
その中でリシャール卿単独の偵察は、彼の実力と自信があってこそギリギリ見合う案だったのだけど……。
「私にも手伝えますか?」
「もちろん!」
村は、木製の囲いの中にある。魔獣の恐怖があるので、その対策だ。
でも、他所の整備された街に比べるとその囲いは心許ないものだ。
本格的な対策をするならば、資材を運び、レンガで壁を作るだろう。
今から手を付けるのは、この場で戦いやすくする、迎撃し易くする程度のものらしい。
もちろん資材は、買い取ったり物資の交換をしたりでリブロー商会が手に入れた。
「こういうことには手慣れているのですか?」
「んー、魔獣騒ぎはグランドラ領が一番有名になったけど。被害自体は、どこでもあるものだもの。野営の時とかもね、ほら」
「なるほど」
今からするのは、野営時の魔獣や賊対策のようなものらしい。
商会の馬車を中心にした簡易バリケードの設置。
それを盾にして、襲ってきた敵と戦う、と。
ただ、村を襲うほどの規模の山賊なんているのか。
情報からすると、それなりの一団だとは思うのだけど。
常に同じ地域で商人を襲っているとなると、いずれは騎士団が出てくる。
流石にそうなれば壊滅させられるはずで実際、既に騎士団への声掛けは行われている。
そうなるのは山賊たちも分かっているはずだ。
だから、いずれは、ここが危ないと判断して、どこかへ逃げるなりすると思う。
「騎士団が来ないって分かったら、ここぞとばかりに村を襲って、そのままどこかへ逃げてってこともあるかもしれないよ」
アナベル様は、最悪な例を挙げた。
私はその懸念を聞いて、どこかピリピリとした嫌な空気を感じる。
「……投石用の石とかも、あるといいですね」
「お? やる気だねぇ、エレン嬢ちゃん」
投げつけるための石やら何やらをさらに確保していく。
気分は戦争ごっこのようでもあるが、どことなく作業には緊張感が漂った。
リシャール卿が無事であればいいのだけど、と。そう祈る。
……そして。
私の嫌な予感は当たってしまった。
「……連中」
どう見ても一般の人間ではない一団。それも武装した一団が、山側から現れたのだ。
唯一の救いは、彼らに負けたリシャール卿の死体を運んでいるとか、そういうことはなかったこと。
リシャール卿は、彼らとは入れ違いになったのか。
ということは時間稼ぎをすれば、いずれリシャール卿が戻ってくるはず。
ならば、ここですべきことは山賊たちの足止めだ。
「魔獣が現れました! 彼らは人の姿をしたウェアウルフ! 容赦する必要はありません! 全員、攻撃準備! 手筈通りに一匹残らずヤツらを殺します! 騎士団が、すぐに駆けつけてくるわ! それまで私たちで彼らを一匹でも多く殺しましょう!!」
可能な限りの大声を張り上げ、威嚇の姿勢を取る。
こちらを見くびっているならば、ニヤニヤと余裕を持たれるだけ。
きちんと私たちに反撃の意志があることを示さなければ、時間稼ぎは出来ない。
「攻撃ぃぃいい、開始ッ!!」
大声を張り上げながら、私は前に出る。そして魔法を行使した。
私の治療魔法が、他の治療魔法とは違うところが、全力で魔力を注ぎ込むと黄金の光の奔流が発生する点だ。
今回は誰を治療するでもなく、ただ魔法を行使して『光』を発生させた。
そう。要するに『目眩まし』だ。山賊たちに視覚的な脅威を与える。
「うっ……!?」
山賊の一団は、先程まで、こちらに恐怖を感じさせるように武器をチラつかせながら、ゆっくりと歩いて来ていた。
こちらの反応を楽しむような素振りだった。
そこで私の先程の号令だ。
意表を突いたのは、彼らの表情から間違いない。
そして予想外の光で、目を奪われた後は……。
「……石を! 投げますよ!」
味方陣営もまだ固まっていて、対応が遅れている状況。そんな彼らに向けての声掛け。
私は、手頃な石……それも投げやすい小さな石を取って、彼らに向けて投げた。
……残念だけど、届かなかった。
軽かったのに。
でも、私の気迫というか、その行動から、やりたい事は伝わったらしい。
アナベル様が、私の後を引き継いでくれた。
「目標! ウェアウルフの群れ! あいつらは人間じゃない、魔獣だ! 簡単にくたばると思うな! 一匹ずつ確実に殺せ! 腕を潰して、目を潰して、耳を潰して、首をかっ切れ! 心臓に矢を放て!!」
彼女の言葉に続けて護衛の人たちが、武器を掲げて雄叫びを上げる。
「「「うぉおおおおおおおッ!!!」」」
私は馬車にある商品の鍋を思いきり叩きつけて、カンカンカン! と大きな音を鳴らしまくった。
こうして騒ぎ立てることで村人たちにも緊急事態が伝わり易いし、彼らが逃げる時間を稼ぐことや、それに自警団の応援が来るかもしれない。
さらにアナベル様が商会員の一人に、村への伝令に走らせた。
これで状況は、村人たちにも伝わるだろう。
……騎士団の応援は、本当は期待できない。
山賊たちが私たちの抗戦に怯えて、諦めて逃げてくれるのが一番いい。
そうでなければ、事態に気付いてくれたリシャール卿が戻ってきて、そして彼の実力が一騎当千であること。
それだけが救いだ。
かくして、小さな商団による、小さな村の防衛戦が開始された。




