21 商会と馬車の旅
騎士であるリシャール卿と一緒に、グランドラ辺境へ向かうことになった私。
もちろん、あくまで教会の人間、シスターとしてだ。
貴族令嬢として振る舞わないと言っても、若い男性であるリシャール卿と二人きりの旅にはしない。
これは、私がそう願ったというより、リューズ神父とリシャール卿の気遣いね。
私たちは、辺境へ向かうという商会の馬車に一緒に乗せてもらうことになったの。
「ご同行させていただきまして、ありがとうございます。リブロー商会の皆様」
「いいの、いいの! シスターと騎士様なんて珍しい『荷』も、そうはないからね! しかも騎士様は護衛が出来る腕前ときた! 縁起も良ければ、実力もいいなんて、断る理由はないよ!」
そう言って笑ってくれたのは、リブロー商会の会頭。女性である。
「私は、アナベル。アナベル・リブロー。よろしくね、シスター・エレン。リシャール卿」
「はい、よろしくお願いします、アナベル様」
ピンク色の髪をした女会頭は、私とそう歳も変わらない年齢に見える。
商会を担当するには、かなり若い方と言っていいのではないだろうか。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ、お若いなぁ、と。その会頭をされるには、ということですが」
「あはは! 会頭とは名ばかりで、商会本家から分けた小さな一団を任されているだけだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、だからこそ自由に商売できるんだけどね」
まぁ、それは中々。数奇な運命を生きていそうな方だわ。
そうして、リブロー商会の一団と一緒に辺境へと向かう。
まっすぐに向かうのではなくて、各地にある村を経由しての旅だ。
私とリシャール卿は、急ぐ旅ではないし、これもいい経験だと商会の『仮会員』という扱いで受け入れて貰った。
ちなみに、お給料も少し出る。
リシャール卿はともかく、私は馬車の旅に貢献しているとは言い難いのだけど……。
「何言っているの。貴方は治療魔法が使えるでしょう? 何かあった時にはお願いするから。そういうのも含めてのお金だよ」
「それは……はい、そういうことなら」
確かに。私でも、それならお金を払うわね。
実際、それでお金をいただく側に立つとなると申し訳なさがあるのだけど。
「あんたの憂いが、そのままであれば無事に旅を終えられたってことだ。出番がないことを祈っておいてちょうだい」
「それも、確かに」
治療魔法の出番なんて無いに越したことはないものね。
商会が取り扱う品は、様々なものがあった。
街から街へ移動するにあたって、需要を見極め、仕入れをしているのだとか。
一つの商材に拘らないためか、管理が大変そうだ。
私は、そちらの管理の手伝いもすることになる。
これでも、元貴族夫人だ。こういう仕分けも出来なくはない。
ちょっと勝手が違うけどね。まぁ短い間だから。
グランドラ辺境伯領は、王国の西側に位置するのだけど。
私が居た教会からだと、それなりの距離がある。
西へ、西へと旅を続けていく傍ら、私はリブロー商会の皆さん、そしてリシャール卿と仲を深めていった。
「はぁ、公爵家の騎士たぁ、えらいところから来たな」
「それで動かせなくなった腕を治してくれたのが、エレン嬢ちゃんと」
「そうなのです。彼女は一生の恩人ですよ、足を向けて眠れません」
「いやぁ……その」
できちゃったヒーリングだからねぇ。感謝されると私も困ります。
「あんまり、そんなに凄い人には見えねぇけどなぁ」
「ふふ、実際、たまたま才能があっただけですから。偉くもないですし、ただ幸運の巡り合わせですよ」
お話をしながら、治療魔法の才能を活かすために辺境を目指しているはずなのに、商売方面の興味も湧いてきてしまった。
リブロー商会のような旅商人は、それなりに居るけれど。
こうして、彼らがどんな風に過ごしているのかを深くまで知る機会はそうはないわ。
そうして街を転々としながら移動を繰り返して、彼らと仲良くなって……。
そんなある日のこと。
「この先は、どうも危ないらしいぜ、アナベルさん」
「うーん」
「どうかされたのですか? アナベル様」
「ああ、シスター・エレン。いやねぇ、この先でさ。どうも『出る』らしいのよ」
「出る?」
オバケかな? それは、ちょっと怖い。
「いわゆる山賊ってヤツがねー」
「山賊! 本当ですか?」
「そうなんだ。どうも、こっち方面は治安が悪くなっているところがチラホラあるらしくてなぁ」
「ああ……」
2年間、グランドラ辺境伯領は魔獣との戦いが続いていた。
それなりに人も居て、防壁建造に人員や物資も持ち込まれて……。
ある意味で栄えはしたのだけれど。
戦力となる騎士たちの多くは、魔獣との戦いに掛かりきりだったのだ。
つまり、その分、『人間』に目を向けることが困難だった。
とはいえ、騎士たちが多く居た辺境伯領で暴れることはなかったのだろうけど……。
そこから外れた場所では、騎士に目を付けられることがなくなって、と。
「では、遠回りしますか」
「それが無難だろうね」
この一団は、主に商人でしかない。
リシャール卿と護衛は付いているものの、好き好んで山賊に襲われることもないだろう。
「でも、かなり遠回りになるんだよねぇ、この道を外れると。連中もそれが分かっているからこそ、そこを縄張りにしているのだと思うけどさ」
「そういう問題もあるのですね。ですが命あっての、それに物資あってこそ、ではないですか?」
「……うん。ただ……」
実は、さらに問題があるという。
そちらの問題は、私たちの問題というよりは……。
「山奥にも村があって、そこに物資を運べなくなっている? それは……」
通りたい街道を山賊に塞がれているせいで、以前まで交流のあった村と連絡が取れないらしい。
それは心配だ。心配だけど、でも。
「私たち、いえ、アナベルさんたちが解決すべき問題でもないような」
「まぁね。ただ、近隣の村々から食料を集めて運ぶことは出来るなぁ、とはね。それは商人の仕事でしょう?」
「……そうですね」
山賊のせいで孤立してしまった村が心配だ。
連絡が途絶えたのは最近らしいけれど。
山奥では、物資の運搬が滞れば死活問題だろう。
とはいえ、私の立場と能力で進言できる案がない。
山賊の規模も分からないため、対処するには騎士団の力を借りる他ないわ。
「近隣の騎士団への連絡は?」
「しているみたいだけど、すぐには来れなそうな見込みだとさ」
「そうですか……」
皆して、『うーん』と悩む。
どうにかしてあげたいという気持ちはあるのだけど、自分たちの安全を確保した上での案が思い浮かばないのだ。
「……あの。俺が一度、偵察に行ってきましょうか」
そこで手を挙げたのはリシャール卿だった。
「偵察?」
「現状、山賊がどの程度のものか分かりません。少なくとも無策で突っ込むのは、なしでしょう」
「それはそうだね」
「俺一人なら身軽ですし、危険と思えばすぐに引き返して逃げられます。それに……」
「それに?」
「ある程度の相手であれば、複数人相手でもどうにかなります」
リシャール卿の自信ある一言に、私やアナベル様は顔を見合わせるしか出来なかった。